周囲と自分の恋_4(:灰)
View.グレイ
「う゛ー……」
「大丈夫……ネロ君……?」
「あ、申し訳ございません、フューシャ殿下。大丈夫ですよ」
「……グレイ君を……わざとらしく煽りすぎたかな……って……思ってる……?」
「うぐっ。……分かりやすいですかね、俺」
「うん……とてもね……」
「嫌われなきゃ良いんですけど……でも今追い駆ける訳にもいかないし……」
「大丈夫だよ……グレイ君は……そういう事で……嫌う子じゃ無いし……でも……」
「でも?」
「ネロ君は……随分と……グレイ君に……肩入れするというか……親身になっているよね……?」
「……色々ありまして。先程好きだった女性にフラれたと言ったでしょう? その子と同じくらい、グレイも好きなんですよ」
「グレイ君が……クロさんの所に居た……時からの……知り合いとか……?」
「そんな感じです。……だからこそ、諦めて、告白もしないでおこうと思ったんだよなぁ」
「……やっぱり……ネロ君の好きな相手は……」
「そういう事です。……頑張れよ、グレイ」
◆
ネロ君にとある事を言われて、居ても立っても居られずテラス席を飛び出した私は、アプリコット様を探していた。
「アプリコットなら中庭に居るぞ」
「いやいや、一年の月組教室に居るぞ。なお、この中に正直者は二人いる」
「最初に言った奴は嘘を吐いているぞ。アプリコットは女子寮だ」
「この中に嘘吐きは一人だ」
「情報ありがとうございます!」
と、仲良くなったご学友にアプリコット様が何処にいるかを聞き、アプリコット様の元へと急ぐ。
廊下は走ってはいけないけど、出来るだけ早く歩く。その様子を見たすれ違う生徒達が不思議そうにこちらを見るが、それを気にせずアプリコット様を探す。
「アプリコットですか? 先程闘技場で魔法実験をすると――」
「ありがとうございます、ティー君!」
「あ、ちょっとグレイ!?」
探している先で有力な情報を聞き、私は急いで闘技場に行く。
向かっている途中でどの闘技場だったか聞き忘れたと気付いたが、全ての闘技場を周れば良いと開き直り、一つ目の闘技場に辿り着いた時に「こうして周っている内に移動しなければ良いですけど……」と、気付いた時に引き返してティー君に聞けばよかったと後悔した。
だが、今更引き返す訳にもいかない。全て周っていなかったら別の所に行けば良いと気持ちを固め、闘技場内へと踏み入れる。
「む、どうしたグレイ。そのように慌てて?」
ドクン、と。心臓の鼓動が強くなった気がした。
走り回った事による動悸などではない、別のなにか。
学園を全て周ってでも見つけ出して見せる、と決意を決めた矢先にあっさりと見つけた事による、不意打ちの緊張から来るものだと、心の何処かで理解していた。
「我になにか急ぎの用であろうか?」
これがただの不意打ちならばすぐに鼓動は治まる。ただそのお姿――メアリー様と共にやられていた魔法の実験を中断し、こちらに寄って来る姿を見ると、先程のネロ君の言葉を思い出してしまい、治まるものも治まらないのだ。
――「アプリコットの事を女の子として見ていないんじゃないか?」
そんなはずはない。私はアプリコット様をずっと女性として意識している。
――「アプリコットという尊敬する人、としか見ていない」
その通りだ。私はアプリコット様が男性でも変わらず好きであったと断言できる。何故なら私はアプリコット様という存在を尊敬し、好いているのだから。
――ですがそれは、女性を一つの要素としてしか見ていないのではないのだろうか。
いわゆる私がよくやっているような、ただ“そういうものならそういうものなんだろう”という、ただ受け入れている“情報”。そう思っているだけに過ぎないのではないか。……そのように思う私が、家族、夫婦になりたいなどと言うのはおかしくないか。
その事に気付いた時、私は何故か居ても立っても居られなくなったのだ。
確認をしたい。私は女性として、アプリコット様という御方を好いているのだと。
確認をしたい。私はアプリコット様を性別など関係無い、素晴しい御方であると尊敬している事を。
――グレイ・ハートフィールドは、アプリコット・ハートフィールドに対し、尊敬だけをして異性というのを言葉でしか理解していないような事は無いのだと、確認をしたかった。
「おーい、どうしたのだグレイ?」
アプリコット様は女性であると、当たり前すぎる事を意識しようとする。
そして今、何故かこちらを覗き込んでくるアプリコット様を見る、と今までとは違う感情が湧いて来るのを感じていた。
これはもしや――■の領主■が他■■隷■向け■いた感■と同■、■いもので――
「い、いえ、アプリコット様が魔法の研究をされていると聞きまして。なにか手伝える事が無いかと思い、着た次第です」
――よし、私は大丈夫。
「なるほど、良い心掛けである。今はメアリー先輩と合わせ魔法をしている所でな。手伝える事というと、外から見てなにか気付く事をアドバイスして欲しい。出来るであろうか?」
「はい、大丈夫です。頑張ってください!」
「? うむ」
私は笑顔を作り、アプリコット様を応援する。
アプリコット様は私の反応を少々訝しんでいたようだが、すぐに戻ってメアリー様と合わせ魔法をし始めた。お二人の高威力魔法をぶつける事で、相殺ではなく相乗できないかという試みのようだ。結構シビアなタイミングと属性魔法の含有量割合が重要らしく、色々と言い合っては試し打ちをし、外から見ている私の意見を聞いて来る。
――アプリコット様は、綺麗な御方だ。
外見もそうだが、生き方がとても綺麗だ。
今も魔法に自信をもってもなお魔法の研究に余念がなく、新しい事を見つけては目を輝かせ、己の糧にし、経験という形で自分という自信に結び付ける。
その魔法に対する真っ直ぐさはとても綺麗で、格好良く、そして憧れだ。
――けど、私はそんなアプリコット様を……
……以前の主様と同じ目で見ようとしている。
私は対象にはならなかったが、他の女の子奴隷に向けていた者と同じ目、視線。私は先程それと同じ物をアプリコット様に向けようとした。実際は違うかもしれないが、それに準ずるものであると、心のなにかが拒絶をした。
それはあってはならない事だ。あの視線を受けたあの子はどうなっていたかを、私は知っている。貧民街で打ち捨てられていた女性と似たような、生きているだけの状態であった事を私は知っている。
「ふぅ、結構な時間が経ったな。今日の所は研究は終わりである。グレイよ、これからメアリーさんと共に夕食を摂りに行くから、付いて来るが良い!」
ならばこの、私が一緒に夕食を食べる事を疑っていない彼女に対し、そのような物を向けてはいけない。
この素晴らしき女性に対し、私の感情は封じるべきである。
「アプリコット様」
「む、どうしたのだグレイ。今日はお礼に奢っても――」
「好きです」
「――良、い?」
あ、しまった。




