周囲と自分の恋_2(:灰)
View.グレイ
「申し訳ございません、フューシャ殿下。このような愚痴を殿下に聞かせるなど……」
「気にしなくて良いよ……それに……同学年なんだし……殿下呼びも……いらないから……」
「ええっと、そういう訳には……」
「今みたいに……ヒト前じゃ無ければ……別に良いから……ネロ君と……友達として……接したい……敬語も別に……」
「わ、分かりました。……が、生憎不器用なため、敬称、敬語になる事をご容赦――してくれると嬉しいです、はい」
何処となく父上を彷彿とさせる、学園の食堂のカフェテラスで行われるフューシャちゃん(紅茶派)とネロ君(珈琲派)のやり取りを見つつ、私は考える。
「ところで……ネロ君は……フラれた……というのは一体……?」
「具体的な相手は伏せますが、最近昔から淡い恋心を抱いていた相手に“これからは盟友でいよう”と円満にフラれたんですよ」
「なんだろう……その相手……知っている気がする……でも……円満なんだ……?」
「まぁ俺もフラれるのを分かっていたというか、俺自身が好きな相手の事を見ていなかったというか……むしろ友人として接する事が出来ている時点で僥倖ではあるのです」
「?? 複雑なんだね……?」
「はい。とはいえ、こうも周囲に“恋”のオーラを出されると、いくら円満破局でも、どうしても思う所があるといいますか……いや、別に破局してなくてもこの雰囲気は思うところあるな、うん」
「はは……気持ちは……分かるよ……」
ネロ君の言葉に同意するように苦笑いをするフューシャちゃん。事情を知らない彼女ではあるが、雰囲気からして笑い話にして良いというのは感じ取ったようである。事実、ネロ君は既に吹っ切れているだろうし、こうやって話す事で好きだった相手がフューシャちゃんにバレた時に変な雰囲気にならないように気を使っているのだろう。変な気遣いをされるよりは、笑い話として流して欲しいといった様子だ。
――ネロ君は、アプリコット様が、好き。
……ネロ君はアプリコット様が好きだったと言うのを私は知っている。告白した時も、フラれた時も私は近くにいた。
正確にはネロ様の好きなアプリコット様と、私の師匠でもあるアプリコット様は違うというのは分かっている。そこは複雑な所ではあるが、ネロ様は「まぁ複雑だけど良いんだよ! アプリコットは新しい友人だ!」と理解しても意味無い事であると開き直られてはいるようだ。その辺りも父上に似ておられる。
ともかくネロ君はアプリコット様に“報われない初恋”の告白のようなものをし、アプリコット様はソレに対し何処か悲しそうにされていた。そしてその後、“今ここにいるお互いが、今から相手を見て、思って、行動する”というような結論になっていた。
私はその様子を初めて見た時はよく分からず、今も何処か本質を理解しきれていない気もするが、あの時言いたかったのは「夢ではない今ここにいる貴方と話したい」という事なのだろう。アプリコット様はネロ君を通して父上、ネロ君はアプリコット様を通して夢のアプリコット様を見ていたので、それが払拭された形になったのだとは思う。思うのだが……
――やはり、あの時の事を思い出すと、心に針が刺さったような感覚があります。
痛くはないのだが、引っ掛かりを覚えるような感覚。あの時のネロ君の告白に対してそれを覚えているというのは分かるのだが、なにに対してかまでは分からない。そんな不透明な針が刺さっている感覚があるのである。
「気持ちは分かるんですね、フューシャ殿下――えっと、フューシャさん」
「うん……最近姉様達も……恋の雰囲気はあるし……カーマイン兄様はよく分からない……愛を叫ぶし……」
「ああ、あのクロ――兄さんを好きなカーマイン殿下か。……いや、あれは一種の愛なのか……?」
「会った事あるんだ……?」
「一応は――っと、グレイ、どうした。なにか気になる事でも?」
おっといけない。会話から引っ掛かりについて考えてしまい、今目の前の会話について心此処に在らずというようになってしまった。これはいけない、しっかりフォローをせねば。
「はい。ネロ君は健全男子故の欲求を持て余しているそうなので、そちらの方は解決出来たのかと気になりまして」
「よしグレイ。恐らくその欲求の意味を理解していないようだから、それを言わないようにしようか」
そういえばあの時もそうだが、よく分かっていなかった。確かに分かっていないのにいうのは良くなかった。反省せねば。健全男子故の欲求とやらは、あの時あの場で意味を理解していたアプリコット様に聞いてみるとしよう。多分運動で精一杯動きたいとかそんな感じだろう。
「……持て余してるの……?」
「その質問は、どう答えても不敬かつセクハラにしかならないのでノーコメントでお願いします。それでグレイ、その事について気になっていたのか?」
「そうですね。見るからに心の叫びだったので、それはもう気になっていました」
「そんなに……なんだ……?」
「あのフューシャさん? そこで俺を見られるの凄く困るんで止めて頂けると嬉しいです。……グレイ」
「なんでしょう?」
「その、相談があるなら乗るからな? そもそも今日のこの集まりだって、フューシャさんがグレイの様子が何処となく気になるからと、誘ったものだし……」
そういえば最近、フューシャちゃんに「何処か上の空な気がする」と言われていたのであった。それが理由で「相談に乗る」とこのテラス誘われたのだが、一対一では口下手なフューシャちゃんが「上手く聞き出せない……!」と悩んでいた所をネロ君が通りかかり、今のような形になっていたのであった。
私自身はフューシャちゃんが心配なさっているような自覚はなかったので、雑談をしていたのだが……今のように心此処にあらずといった事が起きている辺り、もしかしたら無自覚になにかあるのかもしれない。
「しかし相談したい事となると、あまり思い浮かびませんね」
「相談という程でなくても、気になる事とか、最近あった変わった事でも良い。なにかあるようだったら遠慮せず言ってみてくれ」
気になる事、変わった事……なんだろう。私にとっては毎日が新鮮な学園生活を送っているので、気になる事や変わった事だらけではあるが……ううむ、話すとなると難しい。楽しかったと出力するのは色々出来るのだが、それらを話すとなると、最近で一番変わった事は――あれくらいだろうか?
「そうですね、最近思う事があるのですが」
「お、なんだ。言ってみてくれ」
「はい。――アプリコット様に、愛の告白をしようかと思いまして」
『ごふっ』




