とある少年の失恋_5(:銀)
View.シルバ
「まーったく。最近疲れていると聞いたから来てみれば、揉む気力も無いほど沈んでいるとはね」
「その僕が常日頃から揉んでいるみたいな言い方やめろ。というかなんでそんな格好で学園に居る」
「似合うでしょ? 学園の制服の白は私に合うってもんよ」
「そりゃ、まぁ似合うけど……」
何故か学園の屋上に現れた学園の平民用の制服に身を包んだハクは、僕に制服を見せつけるようにくるりと周る。その姿は新しい気に入った服を自慢するかのような無邪気な物であり、とても自称で良く名乗る母のような、大人びたモノではない子供じみた仕草であった。
「で、なんで学園に来たんだ」
「息子に会いに来たからだけど。ちなみにこの姿は目立たないようにするために着た。あ、安心して。許可は得ているから!」
「許可得なかったらただの脱走だもんな。あと息子呼びやめろ」
「照れない照れない。こんな綺麗な私に息子呼びで嬉しいでしょう? なにせここに来るまで学園生の子達が見惚れてナンパされてたくらいだからね!」
「なにやってんだお前」
「ちなみにそれをクリームヒルトに見られたんだけど、めっちゃ複雑そうな表情だったよ」
「そりゃまぁ……そうだろうな」
ハクの姿は前世のクリームヒルトの姿であると聞いている。そしてアイツは享年二十五で会ったと聞いている。今の姿が幾つくらいの年齢かは分からないが、自分の前世と同じ年齢の外見の他人が、ノリノリで学園制服を着ながら男共にモテていたらそれはもう複雑だろう。
「学園に来たのはもう着てしまったからなにも言うまいが、僕になんの用だよ」
僕は機嫌が悪いという事を隠さずに、上半身だけ起こす。その際にハクの方は見ずに、反対側にある適当な建物をの方に視線をやった。
……なお、起き上がったのはコイツの話を聞いてあげようという気になったとかではなく、あのまま寝転がっている状態だったら、見えてはいけないスカートの中が見えそうだからである。見たい訳ではないのだが、どうしても気になってしまいそうだし、ハクの場合はあのままだったら多分中を見せて来ようとして来るからね。
「つれないなー。折角サプライズをしてあげたというのに」
「…………」
「言っておくけど嘘じゃないよ。まぁ話を聞きに来たという感じなのには変わりないかな。隣、失礼するね」
僕の返事を待たずに、ハクは隣に座る。座る際にチラリと見ると、座る際にスカートを気にせずに座ってスカートが広がるあたり、あまり慣れていないように思える。
――疲れていると聞いた、か。
先程ハクはそのように言っていた。誰から聞いたかは言っていないが、僕の様子がおかしい事に気付いた誰かが、励ますには自分よりはハクの方が適任だと思ってハクに話した、という所か。可能性としてはメアリーさんの様子から僕がフラれて落ち込んでいる事を推察したエクルか、気配りが出来るアプリコット辺りだろうか。ハクの立場を考えると、色々出来るエクルかもしれない。
「いやしかし、夕日は綺麗だねー。明日の命の危機を気にせずに落ち着いて夕日を見れるなんて、良い時代になったもんだ」
余計なお世話であるし、この能天気なハクが適任とは思えないが……
「……本当に綺麗だ。世界は本当に、美しく思えるよ」
……いや、コイツの場合は能天気、無邪気のように振舞っている、というのが正しいのか。
僕とハクのどちらが過酷な過去を持っているのか、という事を問うつもりはない。どちらの過去も自分にとっては辛く、戻りたくないものである事は共通している。
ハクと僕に共通している部分はあり、ハクが僕を気にかける理由が、「自分のせいで生まれた一族の末裔に対する気遣い」などという、自分のせいでない事を気遣っているのが理由なのも理解している。
息子扱いも鬱陶しくはある。だが、居心地は悪くない。
「……それで、話を聞きに来たと言うけど、なにを聞きたいんだよ。話す事なんてなにもないぞ」
「なにも?」
「なにも」
けれど話す事はない。……これは僕の問題であり、誰にも渡したくも無い、僕だけの感情だ。これを他者と共有したり、押し付ける事はしたくない。それをしてしまえば、相手の気分を害してしまう事が分かっているから。
「シルバ」
「なんだよ――わぷっ」
僕が変わらずハクとは反対の方向を向いていると、急に片に手を回されたかと思うと引き寄せられ――そのまま、顔をハクの胸へと押し付けられた。
「……なんだよ。これをすれば機嫌が直るとでも思っているのか?」
急な行動に驚きはしたが、生憎とこの程度では動揺はしない。確かに異性の胸に顔を埋めると言うのは思う所もあるのだが、相手がハクというのもあり、機嫌がよろしくない今の僕ではこんな事をされた所で照れもしなければ動揺もしない。
「機嫌が良くなれば良いかな、とは思ったけど、これをしたのは私がしたかったから。単に見ていられなくなってね」
「……なにがだよ」
「今のシルバ、油断したら何処かへ行きそうだったから。何処かへ行ったら、貴方は独りになるでしょう? それが私には嫌だったんだ」
そのように言うハクは悲しそうに――なにかを恐れるように言う。
「独りで抱え込まなくても良いんだよ、シルバ」
柔らかさを感じる僕の頬に、ハクが喋るたび肺が震えを感じる。一定のリズムを刻む心音が聞こえる。
後者は不思議と安堵させる音であり、前者は僕を不安にさせる感触だ。そして不安にさせる理由は、僕を心配しているからだと分かっている。
「…………これは僕の問題だ」
「だとしても、だよ」
分かってはいても、話したくはない。
今この優しさに甘えれば、とめどなく悪い感情が溢れてくる。溢れてしまえば好きな相手を、そして決して分かり合えると思えなかった身分差にのある、心から友人だと言える相手を悪く言ってしまう。……それを僕はしたくない。
「吐き出せば昔の自分に戻ってしまうから?」
「生憎と昔の僕は、むしろ溜め込んで世界を呪うような男だよ」
「あはは、なるほど。じゃあむしろ今こそ昔の自分なんだ」
「そうなるのかな」
「じゃあ今でも世界は呪ってる?」
「世界を呪うほど暇じゃないよ」
「暇じゃない?」
「うん、世界を気にするほど暇じゃないんだよ。世界の危機や未来よりも、身近な事で精一杯なんだ、僕は」
「昔の自分はなにを呪えば良いか分からなかったからとりあえず世界を憎んだけど、自分の身にふりかかる危機以外はどうでも良い、と」
「極端に言えばね」
「でもそれは」
「僕が好きなメアリーさんとは、逆の考え方だ、かな」
「……そうだね」
「その通りだよ。世界を救うとか、悪い歴史の清算とか、身分とか、国がどうこうとか、百年後の未来とか。そういう物のために頑張るアイツらは好きだし応援したいと思うけど……僕には無理なんだよ」
「無理と来たか」
「諦めるとかそういうのじゃなくて……僕にはそういうのは向いていない。好きなヒトと、一緒に居たいだけなんだ」
「……そうかい」
「……僕は賢くないから、その分頑張って。アルバイトも生徒会も頑張って。失敗をしても少しずつアイツらよりも遅れている分を少しずつ積み上げていって。そして積み上げた先に欲しいものは、僕自身の幸福なんだ」
「うん、それで?」
「好きなヒトと一緒に居る事が出来る幸福。お金は多くなくとも、歴史に名を残すような偉業を成し遂げなくとも、困難も苦労も多くても……過去の積み重ねを支えに、ささやかな幸福を得たかった。……けどさ」
「けど?」
「……もしかしたらそれは、ささやかでもなんでもない、遠い夢だったのかな」
「…………」
「ああ、もうなんだろう。折角欲しいと思ったのに、贅沢は言わないと思ったのに、本当は贅沢で、なんで僕を見てくれなくて、もう少し頑張ればあそこにいたのは僕かもしれなくて、なんで上手くいかなくて、畜生、チクショウ、ちくしょう。結局あるものなければ、手に入れる事すら出来ないのかよ」
支離滅裂、繋がりなんてない、ただの感情の発露。
あるもの、つまり才能や出自の優秀さ。それがなければ、それがあるだけの奴らには勝てない。普段の僕であれば言う事なんてない言葉を吐いてしまう。
――これが結局僕という男なのか。
弱り、追い詰められた時に見せる本音。この本音はまさに僕という卑屈で呪われた本質を表したものなのだろう。嫌になる。
むしろこれならば僕は、このまま……
「シルバ」
気が付けば感情を吐き出しながら泣いていた僕に対し、ハクは名前を呼ぶ。
その呼び方は今までのどの呼び方よりも優しく、慈愛に満ちていて。なにもかもを受け入れてくれるような声色であり。
「ちょっと外に行って、スッキリしようかっ!」
「……は?」
そして続く言葉は、能天気で無邪気な言葉であり。
思わず、なにをいってんだというような間の抜けた返事をしてしまった。




