とある少年の失恋_2(:茶青)
View.アッシュ
カーバンクル。私と契約している風の精霊の名だ。
普段は姿を消しており、姿を現す時も基本私にしか見えないため、契約して最初の頃はあらぬ方向に話しているように見られてシルバに「……大丈夫?」と心配されもした。
そしてその時に見える姿は小動物――リスと犬を合わせたような姿とでも言えば良いのだろうか。ともかくそのような姿であり、今のようなヒト型に近い姿では無かったはずだ。
「こうして姿を現すのは初めてだなアッシュ! 契約する時もこの姿になる事は無かったし、さぞ驚いただろう!」
しかもこんな風に流暢には喋らない。いや、喋る気もするのだが、“こんな風に話している”というニュアンスが伝わってくる感じだった。しかし今私の前に居る存在は、明確にこの空間に出現して、他の者にも通じるというのが分かる感じに話している。この存在は一体……
――いや、私に来る情報が、カーバンクルだと告げている。
彼、あるいは彼女からパスのような物がある。正確には魔力が相手との間で循環している……とでもいうのだろうか。それはカーバンクルと契約を始めてから感じている事でもあり、私と彼/彼女との間にも感じている事でもあった。
――妖精のような……小人という感じか?
カーバンクルは小柄というよりは、全体的に小さなヒトのような存在であった。
色合いは自然の若葉を象徴するかのように黄緑色。身体は肌なのか服なのか分からないものに覆われており、裸のようにも思えるが、肌かというよりは“そのような形の身体”という印象が見受けられる。
性別は不明。胸は膨らんでいるようにも見えるし、単にそういう形の身体のようにも見える。少女のような可愛らしさもあれば、少年のようなあどけなさもある。
声は声変わり前の声、という感じで、高くはあるがどちらとも取れる声域である。どちらかというよ少年に近いだろうか。
無垢なる物語に出て来る精霊の使い。それが、私の抱く今のカーバンクルの姿である。
……しかし、そうなると何故急にカーバンクルは姿を顕現させたのだろうか。今までいざという時に力を貸して貰ったりはしたものの、こんな風にヒトの形になることなど無かったのに……?
「私と契約している主でありながら、ずっとうじうじしているだけでなく、思い出に残りたいからと女性の傷になろうとは情けないぞ!」
……なるほど、大体分かった。つまりカーバンクルは私が情けないから活を入れに来た訳だ。
余計なお世話……と言いたいが、確かにここ最近カーバンクルの声を聴いていなかったように思える。私の不調はカーバンクルにも伝わるので、ここ数日の事を思えばカーバンクルも嫌な気分にもなるだろう。
確かに申し訳ないが、私はその事に気を使えるほどの余裕は少ない。だが、契約している以上は責任をもってカーバンクルのために努力をする義務もあるだろう。なにせ相手は精霊。私と契約して貰えているだけでも奇跡だと言うのに、私の怠惰によって機嫌を損ねるのは良くない。なにせカーバンクルはメアリーと一緒に――そう、メアリーと一緒に契約を、して……
「カーバンクル、私との契約は……」
破棄、すべきだ。
今の私には契約をした時のような明るい未来への展望を示す意思も、不屈の闘志も無い。
第一アレは近くにメアリーが居たから示す事ができて、メアリーの知見があったからこそ示す機会を得る事が出来たのだ。
……何処まで行ってもメアリーが関わって来る。情けない話ではあるが、見るとメアリーを思い出すカーバンクルが近くにいるというのは精神的に厳しい。
そもそも今まで契約で来ていたのが奇跡なのだ。カサスとやらでは生涯のパートナーだったらしいが、今の私では、契約を続ける精神的余裕が――
「おう、アッシュや。右と左の玉、どっちが良い」
「待ておい、なにをする気だ」
だがカーバンクルに言われた内容に、今まで感じて来た物とは違う種類の危機感を覚え、身構えた。
「決まっているだろう。私と契約しておきながら、女にフラれて契約を破棄しようとするやつの玉なんぞ要らんだろう。私は同棲していた元カノが部屋に置いて行った私物ではないんだぞ」
なんだかよく分からないが、この精霊俗っぽくないだろうか。
「さぁ決めろ我が主、アッシュ・オースティン。右と左、どっちの玉を潰――粉々にされたい?」
「何故悪い方に言い直した」
「破棄をするのだろう? 精霊と契約してただで終われると思うなよ」
「ま、待て。落ち着けカーバンクル。冷静に、冷静に話し合おう。怒るのをやめよう、な?」
「怒ってなどいない」
嘘を吐くな。カーバンクルは明確に怒っている。
その怒りは急な契約破棄を望んだ事によるものでもある気がするが、別の理由が大部分を占めている気もする。それはカーバンクルから感じる魔力の流れから分かる事ではあるのだが、なにに対して怒っているのかは不明だ。
「何故私にそんなにも攻撃的になっている。確かに情けない姿を見せていたのは確かだが、そればかりはどうしようもないと言うしかない。そして情けない男とこれ以上居るのは、カーバンクル的にも――」
「ああ、確かにわたしは情けない事を腹立たしく思っている。だがな、一番腹立たしいのは別件だ」
「となると、急な契約破棄について……?」
「そうだ、お前は……」
カーバンクルはそこで何故か頬を赤く染め、言い淀んだ後。
「お前はわたしと初めて合体した男なんだ!」
とんでもない事を言いだした。
「お前はあんなにもわたしの中を荒々しく乱した癖に、一度合体した後、二度目は無い! わたしの身体を滅茶苦茶にしたくせに、責任を取らずに放り出すだと! 巫山戯た事を言わずに最後まで責任を取れ!」
待て、待ってくれ。
一体なんの事だ。確かに私はモテる方ではあるが、そういった事は慎重かつ避けるように生きて来て――あ。
――クチナシ様との戦闘での合体か……!
かつてショクでやった、クチナシ様と、魔力憑依シルバとの戦闘。
二人の戦闘能力、主に身体能力についていけなかった私はカーバンクルを見に宿す事によって対等に渡り合い、勝つ事が出来た。
確かにアレは今までなかった事ではあるし、それ以降はして来なかったが……
「私のはじめてを奪ったんだ――絶対に逃がさないぞ!」
「その言い方はやめてくれ! わ、分かったから一旦話し合おう、な?」
「分かったが……右と左、どっちが良い?」
「それも話合おう。出来ればどちらも潰さない方向で」




