とある少年の失恋_1(:茶青)
View.アッシュ
私はどうやら、フラれたようだ。
その事実を寮の自室で独り、反芻していた。
自分の容姿が整っているという自覚はある。
これは自惚れもあるだろうが、客観的に見て優れている……武器として使うレベルには達していると言える。少なからずこの外見を使って異性を沸かせたり出来ている辺り、そこに間違いは無いだろう。
能力も優れているという自負はある。
勉学、運動、魔法、交渉、立ち居振る舞い。いずれもこの国の同年代において高水準に達している。それに見合う努力もし、才能も磨いて来た。
容姿も能力も上には上がいるので精進は必要だが、この二つに侯爵家長子という立場を合わせれば、自分は男として充分に魅力的であろう。好きな相手が出来た時、相手を惚れさせる事も、幸せにする事も可能なはずだ。
そう思っていた。思い続けていた。
たゆまぬ努力を続けて、恋した女性に相応しくあろうとし続けて、アピールし続ければ。
いずれは結ばれるだろうと、信じて疑わなかった。
――いや、もしかしたら疑ってはいたかもしれないが。
私が恋した女性はとても魅力的で、多くの男を虜にした。
虜にした男の中には私と同等、あるいは私以上に魅力的であると言える男が居た。そいつらは昔から私と共に過ごしてきた幼馴染で、親友だ。一人は自分が主役とならずに陰から支え、この才能が輝く所を見たいと思えるような男だった。
もしかしたらこいつらの誰かに負けるかもしれない。その可能性はあるのだという思いはあった。それが全く無いと思えるほど、楽観視は出来なかった。
だから自分は絶対結ばれるという感情に疑いを持っていたのだと思う。
けれど負けない。負けてたまるものか。
疑うという事は相手を認めるという事。相手を認めた上で、自分を選んで貰えればどんなに嬉しいのだろうと、まだ見ぬ未来という名の夢想を信じて進んでいった。
――それに負けても、コイツらなら仕様が無いと思えた。
王となればさらなる繁栄に導くと思える才鬼。
剣を極めて歴史に名を刻める剣鬼。
管理能力と流行を創り出し、彼女に寄り添える彼女の長年の知己。
既に家族のように彼女の内側に潜り込む、生まれを飲み込む少年。
誰も彼も自分には無い武器を持つ存在だ。私が勝てる見込みが無いという事は無いが、相手も同様にいつ勝ってもおかしくない者達だ。
私が認める彼らなら、悔しいが負けてもおかしくはない。そう思い、競い合った。
貶め合うのではない。あくまでも競い合って勝たねばならないと、互いが互いを高め合って、最終的には彼女に選んで貰う。
私が好いた彼女に選んで貰ったその時は、例え選んで貰えなかったとしても、自身が認めた相手と全力を出し合ったのだから仕様がない――
「違う。――目を逸らして来ただけだろうが」
負けても仕様がない?
そんなわけが無い。なら何故私はこんなにも激情にかられている。何故なにもする気になれない無気力に覆われている。
彼女が親友を選んだからだろう。自分を選んでくれなかったからだろう。
ここ数日の記憶が朧げで怪しいのは何故だ。
食事をしても味がしないのは何故だ。
部屋に戻った後、明かりもつけずに、ただ椅子に座って項垂れているだけなのは何故だ。
悔しいからだろう。嫉妬しているからだろう。
それでも日常をなんとか送れているのは、強い苛立ちと憤りでどうにか身体を動かす事が出来て、激情が表に出ないような、それ以上の無気力に苛まれているからだろう。
「……負けた」
恋愛を勝ち負けで言うのは良くないかもしれない。
だが今の自分は、明確に負けたと言えるほどに負けてしまった。
持てる最大の力を持って、勝てないと分かってしまった。
ここまで大敗を決すると、自分の全てを否定されたように思えてしまう。
それを仕様がない――良しとするような事は、今の私には出来なかった。
「……スマルトのように、行動出来ていれば」
なにかが変わっただろうか。
少なくとも今のようにはなっていなかったのではないか。
あの時、あの瞬間に手を取れば違う結末が待っていたのではないか。
……彼女が親友に無意識に惹かれていたとしても、想いを自分に向ける事は充分に可能であったはずだ。
そんな、意味のない後悔と妄想を繰り返す。時間は戻る事が無いのに、何故そんな無駄な事をするのか。理由は単純だ。
「メアリー……」
私の中に占める彼女が、あまりにも大きすぎた。
彼女という恋を失い、自分という誇りを失った。
だからこそ今の私は、有りもしない妄想を抱き逃げる事でしか、自分を保てなかった。
「……情けない」
こんなにも失恋というの辛いのだと知ってしまった。
かつて私が事務的に行ってきた告白の拒否はどんなに残酷だったかを理解してしまった。
……今までして来た事までも全て悲観的になるほど、今の私は正当の見つからない思考の迷路へと嵌ってしまっていた。
……こんな姿は、メアリーには見せられない。見せたくない。今の私の状態を知ればメアリーは悲しんでしまう。好きな彼女に悲しませたくない。だからいつものように振舞って、彼女の笑顔を守るのが私に出来る最善の――
「……いや、傷になってくれるだろうか」
私の今の状態をメアリーが知れば悲しんでくれる。自分を忘れないでいてくれる。
そうすれば私はずっと彼女の心に刻まれるのではないか。そうだ、そうに違いな――
「なにをしようとしているんだこのド腐れロン毛野郎はーーー!!!!!!」
「ぐっふぁあああ!!!!?」
そして私は突然殴られた。
いや、蹴られたのかもしれないが、ともかく頭を叩かれた。割りと痛い。
「だ、誰だ!?」
ここは寮の自室であり、他に誰にも居ないはずだ。
にも関わらずの突然の叩き。一体なにが起きて――
「誰だとは失礼な。契約をしてあともう少しで一周年。ずっと傍に居たのに知らぬとは言わせんぞ!」
――そこに居たのは少年とも少女ともとれる外見をした、私の半分にも満たない体躯の空中に浮いた存在だった。
私は彼/彼女を知っている。初めて見た姿であるが、私はこの存在をよく知っている。そう、彼/彼女は――
「カーバンクル!!?」
「そうだ!」
私が契約した、精霊その者であるのだから。




