初期からあった設定_3
鍋パーティーの宴もたけなわ。バレンタイン兄妹が色んな鍋を食べ歩こうという奇行をしようとはしたが、特に問題無く鍋パーティーも進み……あ、いや、一人辛さに倒れてグリーンさんの所に行きはしたものの、すぐに戻って来たので問題はない。ともかく、そろそろ区切りの良い所で主組の誰かが終わりの音頭をとれば、いつでも終わるだろうという雰囲気に包まれていた。
「――なるほど、そのような流通の作り方が……参考になります。ありがとうございます、ソルフェリノ義兄さん」
「いや、構わない。私も税金の抜け道について知らぬ方法を知れたからな」
そんな中、俺とソルフェリノ義兄さんは領主としての互いの豆知識を話していた。
ヴァイオレットさんとムラサキ義姉さんは、なにやら数名の女性従者と女性同士でなにやら楽しそうにしているし、他の従者陣はそれぞれのグループを作って楽しく話し合っていて、あふれた俺達はこうして話しているのである。最初はどうしたものかと思ったが、こうして話すと仕事に関わる事でも結構楽しいものである。
「……聞いておいてなんだが、あまりやりすぎるなよ」
「俺がやっている訳ではないのですよ。法には触れる気はありませんし、触れるのが嫌だから知っているだけです。あと騙されたくないんです」
「なるほどな。知っておけば対策も対応も出来る――ああ、いや、そちらの方面で進めても意味が無いと悟らせればいいのか」
「そういう事になりますかね」
その辺りは前世の会社経営の知識が活きている感じである。……いや、俺は本来ただの型紙師なので経営の知識があるのはなにかおかしい気もするのだが、こうして活きているから良しとしよう。
……今更だが、あいつら俺が死んだ後会社大丈夫だったのかな。白の身元を引き取ってもらい、大学も四年間通わせている間も会社は有名になっていたとクリームヒルトからは聞いた。しかし俺が亡くなった後はなにやら大変だったようだとも聞いた。白にはあくまで“会社の問題”として関わらせなかったらしいので、詳細は分からないが、あのデザイン馬鹿の友人があまりデザインをせずに経営に終始頑張っていたそうなので、大変だったであろうと言っていた。
「しかしクロよ。お前はムラサキの故郷の食事について詳しいようだが、かつて旅行でも行った事があるのだろうか。あるいはシキにそういった領民が?」
「昔似たような食文化の場所に住んでいた、に近いですね。その際に多くの食事を頂いたのですが……とはいえ、俺が食べたのは庶民的な物でしたがね。とても美味しくて、今でも偶に食べたくなるのです」
「……こう言ってはなんだが、あの毒の塊と言える魚や、豆が腐ったようなアレを……食べるのには勇気がいらないか?」
「エスカルゴとか虫の佃煮とかと比べれば、見た目が良いそれらは特に問題無いと言いますか」
前世の社長兼友人の思い付きで海外の珍味、しかもゲテモノに属するものを食べさせられたアレらと比べれば大分マシだと思う。まぁそれらを食べている国から見たら、フグとか納豆はソルフェリノ義兄さんと同じ反応を示してみるだろうけど。
「ともかく納豆は私にとってのソウルフード――魂が求める食事なのです」
「そこまでか」
「そこまでです」
なくしてから気付いた、あのネバネバを白米と一緒にかっ込む美味しさの大切さ。この世界に来てから思いを馳せたものである。
なお、この思いはクリームヒルトには同意してもらえたが、納豆が苦手だったというエクルには同意して貰えなかった。メアリーさんは「同意したい所ですが、味が分からなくて食に関しては前世の料理にそこまで執着が無くて……」と言われた。残念。メアリーさんであれば納豆を始めとした日本料理を再現できそうなものではあったのだが、前回作った時は色々あって納豆は無いけど〇郎系ラーメンとかを作って終わっただけなんだよなぁ。あれはあれで良かったが。
「しかし、ソウルフード、か」
「どうかされましたか?」
「……私の中での食事は、栄養補給と、歴史と調理の観点から“褒めるべき所を褒める作業”であったんだ」
どこかで聞いた事がある話である。具体的に言うと俺の妻がそんな感じだったはずである。おのれバレンタイン教育。
「だが、それを一度だけ破壊してくれた出来事が合ってな。その時食べた――」
「なんの変哲もない塩おにぎりが、ソルフェリノ義兄さんにとってのソウルフードですか?」
「……何故知ってる?」
「ムラサキ様に先程聞きましたので」
先程醤油焼きおにぎりを食べた時に思い出話兼惚気話として聞いたのである。なんでも普段は冷静沈着なソルフェリノ義兄さんががっついたほどであったとかなんとか。
「……まぁ、ムラサキに聞いたのなら良い」
「ですが何故そんなに勢いよく食べられたのです? こう言ってはなんですが、食に興味があまりなかったのですよね?」
「……留学中の俺がある時、五日ほどあの国の屋敷ではない場所に泊まったのだが……食事がスッポンと呼ばれる亀肉や、その生き血が入った飲み物。牡蠣という貝類など――」
「あ、はい。分かりました。なんとなく想像出来ましたので大丈夫です」
「……腹が減った中、ただの簡素な塩を振っただけの握り飯が、どんなに美味かった事か……!」
ようは何処かの誰かが、色んな意味で元気になって貰おうとしたわけであり、下手に食べられない中、栄養が偏って倒れかけた所を食べた……という所か。それも裏がある相手なら食べなかったが、ムラサキ義姉さんだから食べた、という感じかもしれない。
……意外なソルフェリノ義兄さんの微笑ましいちょっとした出会いの話を聞けたな。もしかしなくてもそれでムラサキ義姉さんに惚れたのかもしれないな。
「クロにはそういったものはあるのか?」
「勢いよく食べる料理という意味ならば、鍋の味噌スープに卵を溶かしてご飯を入れた雑炊が大好きですが……」
「そうではなく、ヴァイオレットの……妻の作る料理で好きな物や思い出の品はあるのか? 私と違って随分と料理上手になるほど、料理をして来たようだからな」
ヴァイオレットさんが作る料理で思い出の品か。俺にとっては色々とあるが、一番の思い出の品はやっぱり……
「ヴァイオレットさんが間違って作った、媚薬ですかね……」
「なにがあった」




