初期からあった設定_2
「あー、良いですよね納豆。ずっと食べてないから食べたいです……が、間違いなくこちらの国の人の口と鼻に合わないだろうから、まず食べられないというのがあるんですよね」
「そうなんですよね、白米と一緒に食べる納豆は素晴らしいのですが……間違いなく合わないのでお目にかかる事は無いんですよね」
「ですよね。後は……白子とか食べます?」
「……良いですよね、あれ。実家の位だとあまり食べないのですが、一度食べてとても美味しくて……」
「あまり食べない、ですか?」
「……採れる箇所か箇所なので、とある隠語になっていると言いますか」
「あ、なんとなく分かりました。すみません」
「いえ、ですが美味しいんですよね、白子。……クロさんは烏賊の塩でつけた物とか……食べます?」
「……イカの塩辛ですか?」
「!! そうです、食べますか!」
「量は食べられませんが、独特の味が癖になりますよね。あとはイクラとかフグとか……馬刺しとか?」
「良いですよね!」
と、言う感じにムラサキ義姉さんと大いに日本食について盛り上がった。正確にはこの世界のムラサキ義姉さんの母国の国の食文化であり、特殊過ぎてこの国ではあまり受け入れられない類の事について盛り上がった。ちなみにフェンスさんの母国もムラサキ義姉さんと同じで“東にある国”ではあるのだが、どうやら出身地域の影響で食文化は大分違うとかなんとか。なのであまり入っては来ない。
「御令室様、ムラサキ様が仰っているナトゥやシラコゥ、イキュウラとはなんなのでしょう?」
「……クロ殿の好物と分かっていたとしても、私が食べる以前に慣れるだけでも大変な食べ物とだけ今は言っておく」
「そ、そうなのですか……?」
「ソルフェリノ様。確かムラサキ奥様が仰られている食事って……」
「ああ。……かつて私が留学していた際に、最後まで理解出来なかった品々だ」
「……やはりあの……!」
……そして周囲の皆さんも俺達の会話には入って来ない。一応周囲の皆さんは火鍋以外の鍋を食べながら談笑はし、こちらの会話を聞いているヴァイオレットさん達もこちらに聞こえないように小声で話しているのだが……内容を理解できる人は、何故そんなにも“アレ”で盛り上がれる……? というような面持ちである。まぁそれも仕様が無いと思う。なにせこの国の文化では一切食べないようなものばかりだしなぁ。
「後は冷奴とか湯豆腐とか食べたいなぁ」
「良いですよね、お豆腐。ただ味が無い、と不評なのですよね……」
「あ、豆腐なら私の所でも食べてました。麻婆豆腐というもので、辛いものなのですが……確かに単品ではあまり食べませんね」
「良いですよね麻婆豆腐! ですが、確かに豆腐は豆板醤とかで麻婆豆腐にしたり、醤油とかかけて食べるもので――あ」
「どうしましたクロさん?」
「……いえ、ふと醤油があるのなら、米を握って醤油を塗って焼きたいな、と思いまして」
「! 食べましょう。是非食べましょう」
「構いませんが、まだ食べられますか、ムラサキ義姉さん?」
「大丈夫です。別腹ですから」
「ふ、そうですか」
「クロさんの方は大丈夫ですか?」
「俺も平気ですよ。折角の好物を食べる機会を――いえ、そうですね、別腹というやつです」
「ふふ、そうですか。息子もクロさんのように一杯食べて元気な子に育ってほしいものです」
「はは、今もすやすやと寝ていますし、俺以上に育つでしょう。では作ってみましょう」
ムラサキ義姉さんは結構食べられていたと思うのだが、見た目より食べる御方なのだろうか。一部を除いてとても細いし、家柄的にヴァイオレットさんと同じで多く食べるのを良しとしない感じに育てられたと思っていたのだが……まぁ良いや。美味しそうに一杯食べる人は見ていて楽しいし微笑ましいしな。
「…………」
「…………」
よし、そうと決まれば早速お米を握って醤油を塗ろう。既にお米はあるから、これを握って、後は火で炙って……俺の火魔法でいけるだろうか。魔法が出来なかいからこそ、案外丁度良い感じの火力で焼く事が出来るかもしれないしな。
「ここはお任せくださいクロ様。本場の火魔法――火力をお見せいたしましょう」
「火魔法に本場とかあるんですかフェンスさん」
「うちの地域に住む人々は、火魔法は料理で火力を出すためだけに鍛える事が多いのです」
それはある意味平和なのかもしれないな。そんな事を思いつつ、フェンスさんに任せるとした。
……とはいえ、流石にこの場で調理する訳にはいかないので、一旦キッチンで作ってくるようだが。そりゃそうである。という訳で焼き醤油おにぎりが出来るまで、火鍋を食べつつムラサキ義姉さんと食事の話を――
「クロ殿」
と、思っているとヴァイオレットさんが俺の隣に現れた。
「どうかされましたか、ヴァイオレットさん?」
「…………私も一緒に食べて、談笑したいと思ってな」
「え」
この火鍋をヴァイオレットさんが食べる……?
い、いかん。ムラサキ義姉さんは時期的に大丈夫だし、食べても問題ないようだから食べはしたが、この火鍋より辛くない火鍋ですらヴァイオレットさんは時期的に遠慮した方が良いと思った代物だ。それなのにこのような辛さあふれる物を食べたら、ヴァイオレットさんの身になにが起きるか……!
「大変美味なのだろう。何事も挑戦だ! この経験は今後のためにもなる!」
「し、しなくて良い挑戦もありますし、今後を破壊する経験もあるのです! というよりヴァイオレットさんはいつもより食べられてますし、その意味でも無理はされないでください!」
シキに来た当初よりも食べるようにはなっているが、まだまだ女性の平均と比べ小食と言えるヴァイオレットさんだ。今日は様々な鍋料理を食べ、いつもより多く食べていた。そういった意味でもあまり食べないで頂きたい。無理をするとまた吐いてしまうかもしれないし。それはできれば避けたいし。
「いいや平気だ。この火鍋も、ショーユニギリも食べる事は出来るぞ、クロ殿」
「そう言われてもヴァイオレットさん……」
「クロよ。あまり妻を困らせるものではないぞ。という訳で私も参加するが良いな。どんなに辛かろうと、次こそ私は飲み切る。例え胃が焼けようとな」
「あの、ソルフェリノ様。唐突に現れて妻を困らせる事を仰られないでください」
なんかソルフェリノ義兄さんまで来たよ。な、なんだ。何故急に二人は来たんだ。
もしかして自分の夫(妻)が仲良く話しているのを見て嫉妬したとかそんな感じだろうか。それなら俺とムラサキ義姉さんが互いに離れるだけで済むのだが。
「(大丈夫、大丈夫だ……私もあのように一杯食べる子が微笑ましいという目で見られたい……!)」
「(大丈夫、大丈夫だ……俺もあのように一杯食べる子が微笑ましいという目で見られたい……!)」
なんだかよく分からないが、この二人は離れた所で別の物を食べそうである。
「あの、ヴァイオレットさん。俺は食べ物を粗末にするのは嫌いですからね?」
「私もですよソルフェリノ様。そして苦手な物を無理に食べて嫌な思いをするのも嫌いです」
「好き嫌いはよくありませんが、だからといって嫌いを強制するのも駄目ですからね」
「はい、食事は楽しく、です」
『……はい』
と、俺とムラサキ義姉さんが二人を説得したのでなんとか落ち着いてくれた二人ではあった。……よく分からない行動ではあったが、この二人が兄妹なんだなーというのはよく分かった気がする。




