初期からあった設定_1
「そういえば、カナリアさんはクロ様の所で働いていた頃があるのですよね?」
「うん。というより今でもヘルプで掃除とかやってるよ。シロガネ君達が初めて来た時みたいに。まぁバーント君とアンバーちゃんが入ってからはほとんどないけど。それがどうしたの? あ、もしかして上達方法――ではないか。シロガネ君の方が上手だし……」
「私と同じ期間学べば、カナリアさんはすぐに追い越せますよ」
「あははー、ありがとう」
「私が聞きたい事は、その……クロ様がどのような食事を摂っていたのかな、と」
「あ、身体作りの料理を知って、真似したい感じ?」
「……そうです」
「うーん、でもクロのアレは子供の頃の天賦のものな気もするけど……とりあえず好き嫌いせずに大抵の料理は美味しく食べてたね。ドライフルーツ以外は」
「ほう、やはり色々と食べるのが良いのですかね」
「まぁクロはなんと言うか……本当に大抵の物は美味しく食べるんだよ。それこそ一部でしか食べない木の根っこみたいな野菜(※ゴボウのこと)でもね。あと……」
「あと?」
「……シキの皆が全員倒れたレベルの物も、平気で食べられるんだよ。あの姿は……ちょっと怖かった」
「カ、カナリアさん? 何故そんなに震えているんです!?」
◆
火鍋というものをご存じだろうか。
鍋を中央で仕切り、二つの種類のスープを楽しむ鍋である。
種類は多くあるが、基本と言うと魚介の旨みが染み出た白湯スープと、豆板醤や味噌を入れた辛めの赤いスープである事が多い(これは日本人に合わせた創作料理なのかもしれないが)。
そしてこの世界でも火鍋という料理は存在する。何故急にそんな話をするかと言うと、今夜の夕食のメインがその火鍋だからだ。しかもソルフェリノ義兄さん達一行(シロガネを除く)と一緒に、彼らの別荘で食べるのである。
前回は最初の方は色々ゴタゴタとしていたので、今回は改めて親睦を深めようとお呼ばれした訳である。
初めは向こうの従者さん達が戸惑っていたのだが、そこでソルフェリノ義兄さんが画策したのが、ムラサキ義姉さんの母国にあることわざの【同じ釜の飯を食う】というもの。生憎と釜はないので、鍋になった。
当然向こうの従者さん達は混乱していた。前回シキには来ていないメンバーなのである意味予定調和である。
「よし、お前達が食べないというのなら私も食べない。ずっとな」
だが、そんな脅しにも近い言葉により、従者さん達も観念したのか全員で鍋パーティーをする事になったのである。
そして話は戻るのだが、この鍋パーティーには色々な鍋がある。鍋料理と言ってもシチューだったり、カレーのようなものだったり、ポトフのような料理だったり。その中で俺にとってのメインと言える品が、火鍋なのである。
なにせ生憎と味噌や醤油はこの国では一般的ではない……というよりは知れ渡っていないレベルなので、味は俺の思い出の中にある火鍋とは大分違うものになっている。その事に残念な思いをしていたものだ。
――しかし、まさか今回手に入るなんて……!
だが、今回ムラサキ義姉さんの故郷から取り寄せていた味噌と醤油 (のようなもの)がその火鍋に使われると聞いたのである。
これはもう今日は火鍋以外を食べないと言っても過言ではないレベルの衝撃であった。その情報を聞いただけでずっとそわそわし、ヴァイオレットさんに「落ち着いた方が良いぞ」と微笑ましそうに見られながらも、わくわくを隠せなかったくらいだ。
しかも聞く所によると、この世界で火鍋発祥地の出身の従者の方がいるらしく、一つの火鍋はこの国に合わせたものだが、もう一つは本場の味を見せてくれるらしい。なんて素晴らしい事なのか。
あと、どうやらソルフェリノ義兄さん達も本場の味の方は食べた事無いらしく、「こちらに遠慮せずに母国の味を再現しろ」と言った。
そして従者の方(フェンスさんという桃色髪の女性)はその命を受け本気で行く事を決め、なにやら香辛料を買い求めにいき、戻って来て、早速作りだした訳である。
「ぐぁっ!?」「目が、めがぁ!!」「ど、どうした一体!?」「あの鍋の近くに行くだけで目が染みるんです!」「それはそうだろ、あの鍋の近くだけ明確に温度が違うぞ!」「さっき跳ねた汁が皮膚に当たっただけで痛みが走ったんだぞ!」「水……喉が、焼け――がはっ」「ヒヤシーンス!!」「食ったのか、あの料理ではないなにかを食ったのかヒヤシンス!?」「水――いや、牛乳だ。牛乳を飲ませろ!」
そして死屍累々な状況になった。
他の鍋の所では和やかに談笑をし、戸惑いながらも仲を深め合っていたソルフェリノ義兄さん親子と従者の方々だったのだが、「本場の方は最後にした方が良い」という配慮で最後に運ばれて来た火鍋の前に、皆さんが挑もうとして引き返し、挑んでは倒れ、「ソルフェリノ様万歳!」と恐らく母国語を叫んでは倒れていた。
なお、ソルフェリノ義兄さんは言い出した本人という事で最初に食べて、一口口に運んだところでピタリと動きが止まり、しばらくしてから毅然と振舞ってはいたが、それ以降は一切口にしてないし、近寄りもしていない。
ヴァイオレットさんは本場でない方の火鍋もちょっと危うかったので、大事を取ってたべていない。
そして俺とムラサキ義姉さんは……
「もぐ、もぐ……おお、流石は本場のお方ですね。辛さの中に深みがあります。これは俺が食べて来た火鍋の中でも一番美味しいと言えますね……!」
「そう言って頂けて恐悦至極でございますクロ様」
「もぐ……ええ、確かに美味しいです。素晴らしいですよフェンス」
「ありがとうございますムラサキ奥様!」
普通に食べていた。だって美味しいのだものこの火鍋。今までで一番美味しいという言葉にお世辞はないレベルである。辛い事は辛いが、食べられない事も無いし。
「美味しいです――が、まだいけるのではないのではないのでしょうか、フェンス」
「はい、実は材料が足りなかったのと、皆さんに遠慮しまして……五段階の二程度の辛さなんです」
その言葉を聞いていた周囲の皆さんが「!?」と声にならないリアクションをとっていた。
「ほう。では機会があれば五の辛さの火鍋を所望します」
「はい、お任せください。このフェンス、必ずその任を完遂いたしましょう! あ、クロ様、スープのお代わり要ります? まだ足せますので、遠路せずにどうぞ」
「では頂きます。……ありがとうございます。……ずず――ぷはっ。うん、本当に美味しいです」
「ありがとうございます!」
俺の舌はわりと雑なので美味しいとしか分からないのだが、とにかく美味しい。今度レシピを教えて貰い、個人的に作ってみよう。ちなみにバーントさんとアンバーさんに作らせないのは、現在二人は鼻と耳がやられかけて以降、火鍋に一切近付こうとしないからである。「主の命でも無理です」と言われるのが目に見えているからである。……ずず。うん、美味しい。これはハバネロみたいな感じの物を使っているのかな。
「クロ様が、クロ様が……あのスープを薄めずに飲んでいる……!?」
「ムラサキ奥様も顔色を変えずに食べています……!?」
「……ところで同じようにスープを飲んだヒヤシンスはどうなっている?」
「未だに“焼ける……灼ける……!”といって喉と胸を抑えていたから、念のため医者に連れて行った」
「……なんで二人は平気なのだろうな?」
「……ムラサキ様とか、どんな隠し味も見抜く繊細な舌なのに、辛みは大丈夫なのか……?」
へぇ、確かに繊細そうだもんな、ムラサキさんって。そんな彼女が刺激物とか大丈夫なのかと思うが……俺は汗を掻いているのに対して一切汗を掻かずに食べているので、余計なお世話なのかもしれない。
ああ、それにしても美味しい。味噌と醤油が利いているなぁ。
「……ヴァイオレット」
「内容は分かる気がしますが、一応聞きます。なんでしょうソルフェリノ兄様」
「クロは辛い物を常に好んで食べる……とかだろうか」
「いえ、クロ殿は好き嫌いをしないだけなんです」
「そういうレベルでは無いだろう」
「……聞いた所によると、昔他国から来た団体がシキに――というよりはこの国の料理に喧嘩を吹っかけ、あの火鍋の辛さレベルの物を酒場でどんどん作り出したらしいのですが……それを全て返り討ちにした事があったとか。むしろ“辛さが足りない”と言ったくらいで」
「その言葉は恐らく喧嘩に対する煽り文句だろうが……アレを見る限り、本音かもしれないな」
「そうですね。……しかしソルフェリノ義兄様」
「内容は分かる気がするが、一応聞こう。なんだヴァイオレット」
「ムラサキ義姉様は……何故汗もかかずに食べられるのです。義姉様は繊細な味を好む御方では……?」
「それも間違いではないのだが。……どうやら抑圧された生活を母国で送ってきた分、反動でああなる」
「……なるほど。……味覚とは奥が深いですね」
「……そうだな」
備考 クロの味覚
ドライフルーツ系以外の大抵の物は美味しく食べられる。ある意味では才能であり、今回のような辛い物も特に問題無い。




