慰安旅行_5(:金糸雀)
View.カナリア
「ふと外で深呼吸をしていると怪我の気配を感じたから来たのだが、そちらのキノコエルフが怪我をしたという事で良いか。なら診せろ」
「一応処置はしてあるけど、へい、どうぞ!」
「……流れるように診察が始まりましたが、これがシキの日常なのですね」
「馬鹿を言うなシロガネ。怪我が日常などそのような事が許されてたまるものか!」
「なんで私は怒られているんです」
「あはは、アイボリー君は怪我は嫌いで大好きだからねぇ」
という訳で、おんぶをされながらシキの住宅街近くまでに来ると、怪我の気配につられてやって来たアイボリー君に足を診せる事になった。シロガネ君の処置は素晴らしい物ではあったのだが、あくまでもその場の緊急治療における最高水準だ。もちろんそれで充分であり、パッと見はこれ以上は治りようがなさそうだが……
「なるほど、素晴しい処置だが少々甘い」
「む、そうなのですか? 後学のために何処が駄目であったかご教授願えればありがたいのですが……」
「ああ。消毒・治療を行ったようだが、それだけでなく空間保持をこのように部分展開させてから、少量の火魔法と水魔法、風魔法の後に手ごろな布で拭いて、治療すると――この通りだ」
「なんと、怪我が元々ないかのように……いえ、むしろ肌が生き生きと……!?」
四六時中怪我の事を考える彼の治療の前だと、さらなる治療の処置を施してくる。今も95で治っていたのが、120で治して来るのがアイボリー君という医者なのである。凄い。……あと、シロガネ君はあまり私の足を見ないで欲しい。いや、怪我があった所を見て感心しているのは分かるんだけどね。
「ただ気を付けなければならないのが、これが出来るのは特定の年代に限られている事と、体質によってはここまで上手くはいかんという事だ」
「なるほど、興味深いですね……失礼ながら、その事に関して、」
「わざわざ怪我をしていないお前に、商売道具である技術を俺が教える義理はない」
「そうですか……」
「知りたければ後日俺の診療所に来て、俺の知識を記述してある本でも読んで魔法で写本でもしてろ」
「え、良いのですか? 商売道具……なのですよね」
「知識も無い状態で教えをした所で時間がかかるし、売りつけた所で価値が分からないだろう。そんなやつに教えるほど暇ではないが、本を読み、学んだ相手なら価値を分かってくれるだろう」
「……口頭で教える気はないけれど、勝手に学ぶのは良い、と?」
「勝手ではない。俺の許可が必要だ。そしてもし本を読んだ上で分からなければ俺に聞け。そのくらいはしてやる」
「は、はい、ありがとうございます」
うーん、そして口は悪いけど相変わらず面倒見は良いというか、根は知識を求める者に教える事を是とするクリア教の教会関係者なだけはある。それでいて与えるばかりだけではなく自主性を重んじる所も教会関係者……いや、これは多分素の性格かな。単に怪我をしていない相手にそこまで興味を持てないだけなので、見込みが無ければなにもする気はない、という感じである。
「ともかく、治療は終わりだ」
「ありがとー、治療費はまた後で払うね!」
「ああ。趣味の治療だから安めにしておく」
「趣味の治療ってなんです……?」
「趣味の治療は趣味の治療だ」
「アイボリー君は別にヒトの命を救いたくてお医者さんになった訳では無いという事だよ」
「その通り。怪我を無くしたいのと、憎き怪我を治してなくすのがたまらなく好きなんだよ」
「その辺りは私のキノコ好きと同じだね!」
「その通りだ。ではな」
「ばいばーい!」
「あ、それではまた後日。……何故でしょう、彼は医者らしくないのに、医者だと分かってしまいます」
まぁ医者は別に立派な動機が無いとやってはいけない仕事という訳ではないからね。アイボリー君のように本来は別の仕事をやっていてそちらが本職でも、治すのが好きという思いさえあればそれだけでも医者だからね。
「それでは、よいしょ!」
「足のお加減は大丈夫ですか」
「うん、平気だよ! でもゴメンね、私が歩かなかったから、もうこんな時間になっちゃって……」
空は既に赤くなり、もう少しで暗くなる。日が長い時期であるので、既に夕食を摂っている家があっても不思議では無いような時間帯だ。いくら慰安旅行であるとはいえ、こんな時間まで時間を取らせては申し訳ない。
「構いませんよ。夕食を主の下で摂らないといけない訳でもないですし、夕食の準備だって少なくとも今日はする気が無いですから」
「そうなの?」
「ええ。仮に当てにしていたら“残念だったな!”とでも言ってやります」
おお、なんかシロガネ君が悪い顔をしている。なんというか「勝手な事をしといてそちらの勝手に付き合わせられると思うなよ」とでも言いたげだ。まぁ流石に本気でそう思っている訳ではなく、向こうは向こうでやっているだろうという確信があるようだが。
「それに、もし申し訳ないと思っているのなら、謝罪より感謝の言葉が欲しいです」
「あ、そうだね。ありがとう!!」
「うぐ。……ど、どういたしまして」
あれ、なんだろう。シロガネ君から「少し困らせようとイジワルで言ったのに、まさか素直にノータイムで言われるとは……」みたいな感情が見える。気のせいだろうか。気のせいだね。
「となるとお礼をしなきゃいけないね……なにが良い?」
「そこまでされる事をしては居ないのですが……」
「私がそうしたいの。なにが良いかな。なんでも言って?」
「そうですね……では、カナリアさんの手料理を頂けませんか?」
「え、それ……お礼になる?」
「なりますよ。――私にとって、カナリアさんの作る物を頂けるのは、この上ない喜びなのです」
「そうなんだ。良いよ!」
「そ、そうですか。ありがとうございます。(……結構勇気を出して格好つけた事言ったのに、あっさりと流された……でもこの笑顔の前だとなにも言えない……!)」
何故シロガネ君は複雑そうな表情をしているのだろう。この上手くいったはずなのに想定しない攻撃を受けたかのような表情はヴァイオレットちゃんがよくしているけれど……何故彼が今そのような表情になっているかは分からない。
「ようし、それじゃ、レッツクッキング! するために家に――の前に、買い物してから帰ろうか」
「なにを買われるのです?」
「うーん、お肉と野菜かな。良いのが残ってれば良いんだけど……それでハンブルクでも作ろうかな、って」
「え、キノコ料理を作るのではないのですか?」
「あははー、私がキノコばかりの女だと思ってる?」
「…………。いいえ、そんな事無いですよ?」
「その間が無ければ良かったんだけど……まぁ良いや。私だってキノコ料理以外はするよ。それを知ってもらいたくてね!」
「知ってもらいたい、ですか?」
「……うん、まぁね。色んな事を知ってもらいたいんだよ。互いにね」
私はまだ恋愛とかよく分からない。
私がその資格があるのか、あったとしても彼とするのは良い事なのかの判断も付かない。
けれど、こうも思うのである。
――分からなくても、歩み寄りくらいは、出来るよね。
そうしていく内に、私もなにかを知る事が出来るかもしれない。
例えば実は彼が細くても鍛えられた背中であって、安心感があるという事。
実は八本脚以上の虫が苦手で、可愛らしいと思った事。
なにやらクロに対抗心を抱いているらしく、クロに勝つ事を目標としていて、それを語る姿は少年っぽいなぁと微笑ましく思った事。
……あと、アイボリー君に足を診せるのは大丈夫だったけど、彼に診せるのは気恥ずかしかった事。……これは別問題かもしれないが。
ともかく、そんな風に、知っていく内に彼に興味が出て来た。
そして反対に、私も知ってもらいたいと思ってしまったのである。
「それじゃ、行こっか」
「はい」
この気持ちがなんなのかはまだ私には分からないが、分かるためにこれから彼と過ごしていきたい。そう思うのである。
◆
「という訳でこちらがキノコハンバーグだよ。お肉との割合は5対5だね」
「結局キノコになるのですね」
「全てはキノコに帰結するし、エルフだからだよ」
「なるほど、エルフですものね」




