恋愛相談?_3
◆
「ふふふ、せーんぱい。ようし、ようし。良い子、良い子ー」
「え、あ、あの、マゼンタちゃん。急にどうしたのです?」
「普段頑張っている先輩にご褒美ですよー。はい、ぎゅー」
「マ、マゼンタちゃん!? その、僕も男だから胸に埋めるのは――ふにゅう」
「ふふ、良い子、良い子ー」
「あらあら、エメラルドちゃん。おはようー」
「む? ああ、マゼンタかおはよう。……“あらあら”?」
「うふふ、どうかしましたかー?」
「あ、いや……なんか口調と雰囲気がおかしくないか、マゼンタ」
「そのような事は無いとは思うけど? でもどういう所がそう思うのかな?」
「なんか、こう……あのミャリンス(※メアリー)のような、慈愛に満ちた表情というか……」
「あら、そんな風に想ってくれるなんて嬉しいな。お礼に抱きしめてあげる」
「待て、いや本当に待て。理屈も意味も分からんし、腕を広げて近寄って来るな、わ、ちょ、待て――ふにゅう」
「ふふ、良い子、良い子ー」
◆
「――というような感じで」
「気が付くと温もりの中に居る」
「……ツマリ?」
「マゼンタちゃんから感じる母性を波動のように浴びる事で」
「抗いがたい誘惑のように心を毒のように蝕み、子供扱いされる」
「……母性ッテ、ソンナモノデシタッケ?」
多分違うと思う。俺自身も母が母なので断言はできないけど……あの母たちよりは、まだヴァイオレットさんの方がそれらしい母性というものを感じるというものである。……いや、変な意味ではない。ともかく母性はそんな受けると毒のように侵食してものではないと思う。……だと、思う。
「僕はお母さんの記憶はないからなぁ」
「私のお袋はまぁ……タイプは違ったからよく分からん」
「ワタシモ、分カリマセンカラネ……」
「ぐぅ……僕のお母さんは……生まれと同時に僕を捨てたよ……ぐぅ……」
『うーん、母性とはそんなモノなのかもしれないな……』
アカン、エメラルドはともかく、俺も含めてマトモな母親が居ないから誰も母性を分かってない。このままでは母性電波を発信して相手を子供のように扱うマゼンタさんを、母性の象徴として扱われてしまう。いや、まぁなんか聞く限りマゼンタさんは、おっとりあらあらうふふ系女性になっているようだから、母性を感じてもおかしくは無いかもしれないのだが、ええと……ううん……どうしよう。これはヴァイス君よりも先にマゼンタさんに先に会って様子を確認した方が良いのかもしれない。
「ところでヴァイスお兄ちゃん。マゼンタお姉ちゃんの母性が溢れているのは分かったけど、それについてどうなの?」
「どうってなにかな、ブラウン君?」
「その母性で相談したいほど困っている事はなにかなーって。やめさせたいとかそういう感じなの? ……ぐぅ」
え、今の寝ながら言ってたのかブラウン。どういう状況なんだ。
でも聞いている内容は俺も気になる所だ。なにせ俺が神父様に御願いされている内容でもある。急な母性に戸惑っているから最近のヴァイス君の様子がおかしく、いつものマゼンタさんに戻って欲しいという相談なのか。あるいは……
「えっと、困るのは確かだし、出来ればいつものマゼンタちゃんに戻って欲しいのだけど……」
「けど、なんだ?」
「……内緒にしてくれる?」
「勿論デスヨ。ワタシ達ダケノ秘密デス」
「じゃあ言うけど……実は最近のマゼンタちゃんに」
「ハイ」
「……ドキドキしちゃって。どうしたら良いか分からなくなるんだ」
あるいは、今までとは違う魅力に、惹かれて好きになってしまったのか。
――ヴァイス君も年頃だしな。
こう言ってはなんだが、ヴァイス君の年頃だと異性を好きになるという事は、案外簡単になってしまったりする事もある。
前世で言えば、クラスメイトの女子にお菓子を一つ貰ったとか、軽めのボディタッチがあったとか。異性に興味を持ち始め、免疫が無ければ、そんな相手としてはなんの気なしのあっさりとした事で、気になって好きになってしまうような事なんてよくある事でもある。
「ドキドキというのは、つまり」
「マゼンタちゃんを見ていると、シアンお姉ちゃんに感じていたような締め付けが起きるというか……今までそんな事無かったのに……!」
ようするに好きになる事なんて特別な事はいらない。ちょっとしたキッカケで、今まで普通に見れた相手が見れなくなるなんてよくある事と言えよう。
「確かにマゼンタちゃんを夢中にさせるとは言ったけど、態度を変えられただけでこんな風にドキドキして見られなくなるなんて、僕は……うぅ、それにシアンお姉ちゃんと同じように感じるってなんだよぅ。修道士見習いなのに、煩悩に塗れてるじゃないか……うぅ……」
ただ、それをヴァイス君は良くない事であると思っているようだ。ある意味ではらしい反応とも言え、彼が誠実な子でもある証拠と言えよう。多分誠実、と言ったら「そんな事無いです」と、さらに思い悩んでしまうのだろうが。
「気にするな、今の所お前の上司である神父とシスターが一番の煩悩塗れだ」
「結婚前デ浮カレ放題デスカラネ」
「まぁ……そうだけどね」
……すまん、シアン、神父様。例えあの場に居ても俺は否定出来ない。
「そしてお前の尊敬する領主夫婦もアレだ」
「アレデスネ」
「まぁ確かに……そうだね」
おい待て今なにを納得したんだヴァイス君。そしてアレとはどういう意味だ! なんとなく流れで分かるけどさ!
「だから存分に煩悩に塗れろ。なんなら今まで母に甘えられなかった分、甘えてやっても良いんじゃないか? ……乳って子供が出来ればずっと出るんだったか?」
「確カズットハ出ナイハズデスヨ。体質ニモヨルデショウガ。モシカシタラデ試ス価値ハアリマスヨ」
「そうだな」
「待って二人共。僕になにをやらせる気?」
「迷っている暇が有ったら、変に躊躇わず一度やってみたい事をやれば、ドキドキも無くなるだろうという話だ。大丈夫、マゼンタはむしろ喜ぶ」
「デスデス。ムシロ甘エルベキデスヨ、赤ン坊ノ時ニデキナカッタ事ヲヤルノデス!」
「だから僕になにをやらせる気なの!? 絶対なにか変な事想定しているでしょう!?」
「安心シテクダサイ」
「理解は出来んが、男とはそういうものであるから寛容の心を持つべきだと、納得している。……存分に甘えて、埋もれろ」
「なにに!?」
いかん、これは止めるべきかもしれない。このままではヴァイス君が特殊な性癖に目覚めてしまうかもしれない。そして目覚めた暁には、シュバルツさんに恨みつらみの美攻撃を受けるはめになるかもしれん。
ヴァイス君はシキでも変態には慣れてもまだ自身が染まっていない純白な子。俺が守護ってみせる!
「あれ、みんな集まって仲良くお話し中かな?」
と、俺が出ようとする直前に、そんな声が聞こえて来て足を止める。
この声は、まさに件の――
『突然変異母性!』
「はいー?」
……なんか、新種の生物みたいだな。母性ってなんだっけ。




