念のため消毒・解呪はしました
「……疲れた」
宿泊所に戻り、着替え終わった後にコートを着て俺はぐったりと座りながら部屋で休んでいた。
あの後ヴェールさんを説得し、前腕を触らせるだけしてどうにか落ち着かせた。恍惚とした表情で、無駄に色っぽく触り、触った後は若干の物足りなさを感じている様子もあったが、この後の事もあり、とりあえず満足気にして解放はしてもらった。
……いずれシキに来ると言っていたが……シャトルーズにどうにかしてもらった方が良いだろうか。騎士団長さんは面識無いし。いや、尊敬しているみたいだし「貴方の母の変態行動を止めてくれ」と言った所で信じて貰えそうにないか。逆に変に誤解をされて、その誤解を解いてほしくば……とかヴェールさんに脅しをかけられそうだ。
「クロ様、お疲れの声ですがなにがあったのでしょうか?」
俺が部屋でぐったりしていると、グレイの服装の着付けを行っていたバーントさんが話しかけてくる。
……触らせろとか舐めさせろとか言わないだけ声フェチが大分マシに思える。いや、普段の生活音に興奮したりするのもするでそう変わらないのだろうか。
「なんでもありません。連日のちょっと疲れが出たようです」
九割精神的だけど。
ともかく疲れを見せていては心配だけではなく、ただでさえアプリコットの迎えに行けなくて不審がられているのに、変な疑いをかけられてしまう。
「お気を付けください。先程お倒れになったのですから、脳震盪の疑いもあります。体調が優れないのならば欠席でもよろしいかと」
「気遣いありがとうございます。脳震盪の心配は無いので大丈夫です。本当に疲れただけですから」
メアリーさんだったり、殿下達だったり、ヴェールさんだったりと色々あったが、もうひと頑張りしなくてはならない。……というか、この後彼らに会わないといけないのか。ヴェールさんとか俺に会うなり走り周れない事を良い事になにか仕出かさないと良いけど。
「左様ですか。緊急の際にはご用命ください」
「はい、頼りにしていますよ」
……まぁバーントさんやアンバーさんだって趣味嗜好を発揮しなければ十分に頼りにできる程には優秀だし、ヴェールさんも普段は優秀と聞く(らしい)し、俺達はとりあえず周囲の評判から身を守る事に専念しよう。
「しかし、ヴァイオレットさん遅いですね?」
「……そうですね。ですが女性の準備は時間がかかりますから」
「そうですけど」
俺は腕を上にあげ背筋を伸ばしながら、ヴァイオレットさんを持つ。
別に時間はまだ余裕があるので時間がかかっても問題ないのだが、少し時間がかかっているような気がする。
とは言えこういう場面では男には分からない色々があるらしいし、大人しく待っておくか。……妙にバーントさんの間が開いたのは気のせいだろうか?
「――っと、来た? どうぞー」
暇なので部屋の隅で暇つぶしのチェスをしているシアン(逃げ切れた)とアプリコット(強者と出会えて満足気)の対戦の様子でも眺めようかと思っていると、部屋の扉がノックされた。
俺が返事をすると扉が開き、まず見えたのは扉を開いたアンバーさん。となるとヴァイオレットさんの準備が出来たのだろうか。
そしてアンバーさんの後ろにいた誰かも見えて――
「待たせて済まない、クロ殿。色々と準備に手間取ってしまってな」
「いえ、構いません……よ」
後ろに居たのはやはりヴァイオレットさんで、服装はこの後に開かれる学園祭総括パーティー用のドレスを着ていた。
カーマインの嫌がらせに近い形で呼ばれてはいるが、外部招待者はドレスやスーツといった正装が基本なのでと用意した服装。
黒を基調としており、装飾をあまり付けないエンパイアドレスのような、落ち着いたシルエットになるようにと作った作品。それを着た状態で、ヴァイオレットさんが現れた。
――うん、綺麗だ。
「……クロ殿? どうかしたのだろうか。……何処か変だろうか?」
「お嬢様お嬢様、クロ様は見惚れているのですよ。香りで分かります」
「そ、そうなのか。それならば――香り?」
見惚れたのは事実だが、見惚れた香りってなんだ。ヴァイオレットさんも混乱しているじゃないか。
ヴァイオレットさんの登場に、服装を整えていたグレイや、シアンとアプリコットもゲームを止めドレス姿のヴァイオレットさんに近付きそれぞれが褒め始める。うん、女性陣にも好評なようで良かった。
「しっかし、本当にクロってば服作るの上手いよねー。本職かって思うくらいは」
「そうか、ありがとよ」
まぁ前世では本職だったし。
デザインに関しては今まで作った作品で似合うと思ったヤツを引っ張って来て、こっちの風潮に合うようにアレンジはしたのだが、改めて今日着ているのを見て似合っていると再確認出来てよかった。
「でも、いっそなら派手なドレスにして“あの美しい女性は誰だ!?”みたいな感じに登場させて、学園関係者連中見返してやればよかったのに」
「いや、今回見返すのが目的では無いからな」
ヴァイオレットさんの魅力なら可能だと思うけど、見返すのが目的ではない。
下手に目立っても反感を買うだけだろうし。だからと言って下手なモノを作ってはヴァイオレットさんに恥をかかせるし、服作りに関しては手は抜きたくないので出来る限りはやったが。
「分かってるって…………でも、良い服だけど動き辛そうだねイオちゃん」
「破かないからな?」
ヴァイオレットさんにスリット入りの服装か。…………見てみたい。
「……あの、失礼ですが。こちらのドレスはクロ様がお作りになられたので?」
「はい、そうですが……そういえば言ってませんでしたね。今日グレイや俺が着ているのも含め全部俺の手製です」
「仕立てが良いので特注だと、思っていたのですが……クロ様は裁縫をなさるのですね……」
「はい、私もそう思っていました」
「ありがとうございます。そのように思って貰えたのならば嬉しい限りですよ」
意外に思うのも無理ないか。普通貴族が服を作るモノでもないし。
久々の大物だったので心配であったが、事情を知らなかったバーントさんとアンバーさんにそう思えて貰えたのならば上々だ。
さて、服装もよい評判を貰えた所で、ヴァイオレットさんを褒め称えるというタイミングを逃してしまったが、一応これだけはしておこう。
「さて、行きましょうかヴァイオレットさん。生憎と馬車も迎えもありませんが、俺も出来うる限り今宵貴女を守らせて頂きます」
俺は手を差し出し、エスコートする形をとる。
周囲に大勢いる中で雰囲気もなにも無いが、ドレスに着替えてこれからパーティーに参加するのだから、その始まりくらいは格好だけはつけておこう。
後でシアン辺りに揶揄われるだろうが別に良い。
「ふふ、ありがとうクロ殿。頼りにさせてもらうぞ」
ヴァイオレットさんは一瞬戸惑っていたがすぐに微笑み、俺の手を取ってくれる。
うん、相変わらず芯が通った綺麗な指と手だ。彼女の手を守る為にも、俺は――
『ああ、やはり素晴らしい……! 前腕だけでこの密度と感触ならば身体は一体どうなっているんだ……! そして触れた時に私はどうなってしまうんだ……!』
『触らせませんよ?』
『腕を舐めるのは?』
『やった瞬間この譲歩した時間は終了です』
『よし、分かった。………………………』
『……そんなに良いですか。一心不乱に恍惚となるくらいには』
『当然だ』
ああ、くそ。手を取ってもらった事によって先程のヴェールさんの一連を思いだしてしまった。
……落ち着かせるためにとはいえ、安易に触らせるんじゃなかった。




