手加減不要
唐突に叫んだ予想外の告白。それは先程のメアリーさんが作ってくれた態勢を整える時間が無ければ、未だに押し寄せる欲望生徒達の数の波に押される程には、明確に俺達に隙を作るほどに衝撃的であった。
――え、アプリコットと付き合いたいって言ったか……!?
アプリコットは美少女がどうかと問われれば、間違いなく美少女と呼べるほどには容姿が整っている。
よく中二病発言で周囲を驚かせるモノの、気配りが出来て子供の面倒もキチンと見る。
料理が上手く、自分の家の整理は苦手ではあるが、整頓はこまめにして綺麗好き。
運動は苦手気味だが、魔法が得意で勉強も日々精進をしている努力家でもある。
……と、正直言えば良い子中の良い子。異性として付き合えるのなら、喜んでお願いしたい! と言えるほどの女の子ではある。学園でも想っている男子生徒は居るとバーガンティー殿下から聞いているし、付き合いたいと言いたくなるのは分かるかと問われれば分かりはする。
「ええいアプリコットと付き合いたかったのに、なんで、なんでなんだ……!!」
だが、こうもハッキリと言われると動揺もする。
これが知っている男子生徒……例えばエクル辺りが言ったらここまで動揺はしないと思う。
なにせ言っているのがネロだ。俺と似ている情報を持っているネロなんだ。俺もアプリコットに対し好意は持っているが、それはグレイに対しての親愛と、シアンに対しての友情が混じったような好意であり、異性として付き合いたいと思う類の好意は抱いた事は無い。
しかしネロがそれを持っているとなると――
――ああ、そうか。
一瞬悩み、そして結論を導いた。
驚きはしたものの、ネロが俺と似たような性格であり、聞いたような過去を持っているならばネロの発言はなにも不思議なものでは無かった。
「ちくしょう、でも祝うしかないだろうがよ。アプリコットは俺を覚えていなくて、そもそも近くに居てくれたアプリコットは、居ない――いや、だがあの学園で過ごした時間は、嘘では無くて――ああ、くそ、なんで覚えていないんだ……!」
「ネロ……」
単純に、ネロにとって一番傍に居てくれた女性が、アプリコットだったというだけだ。
血の繋がった家族とは違う。しかし、家族のように親しく過ごした女性。
偽物の記憶でも、夢世界の学園で過ごした記憶でも、素の自分を見せる事が出来て、気安く話す事が出来た存在。
……もしかしたらネロは、夢世界から出て来た後にその感情を自覚したのかもしれない。
「そうか、お前にとってアプリコットはそういう存在か」
可能性としての一つであるネロの感情を受けて、俺は今までよりも感情を鎮めた。
先程まではいたたまれなさと自己羞恥から感情を昂らせていたが、今は自分でも驚くほどに感情が凪いでいる。
「お前なら確かに、その感情を抱えても内に秘めているだろうな」
もし俺が学園に居た頃にヴァイオレットさんを好いていたとしたら、ヴァーミリオン殿下を想っている彼女を動揺させたくは無いと、気持ちを内に秘めて黙っていただろう。
なにせ俺は“好き”という感情をもって付き合っている、結婚している男女に憧れがある。それを邪魔したくないな、という気持ちがあるから、俺は自分の感情を封じて身を引いてしまうような、臆病な性格だ。
「だが、皆に聞かれたからには――」
しかし例え外部からの影響を受けたとはいえ、言ってしまったからには責任を取らせてやる。
なにせアプリコットは動揺して、グレイはなにかに気付いたかのような困惑の表情となっているんだ。その責任は取らせる。具体的には。
「――自分の言葉で、治めやがれこの臆病者が!」
外部からの影響などではない自分の言葉で、自分の意志で生産しやがれ。
そんなネロにとっては理不尽とも言えるであろう事をさせるために、俺は強化した右の拳をネロの腹部に入れ。
「ちくしょう……なんで俺の周囲は恋愛方面に傾倒している輩ばっかりなんだ……もうちょっと恋愛脳を緩めてくれよ……!」
まだもう少し縋りついてきそうであったので、もう一発入れておいた。
◆
「…………」
「…………」
「…………」
「……なにか言ってはどうだ、ネロ……さん」
「……俺が知らない間に、周囲を片付けてくれてありがとうな、アプリコット。そしてグレイ」
「はい、メアリー様達の御助力のお陰でなんとか生徒の皆様を抑える事が出来ました。ネロ様は……途中から記憶が無いようですね」
「ああ、メアリーさんが守護結界を発動させたところまでは覚えているんだがな。はは、不甲斐なくですまない」
「いえ、大丈夫ですよ。結果的には上手くいったのですから! ……しかし、ネロ君はそこまでしか覚えていらっしゃらないのですね」
「ああ、すまないな。本当に迷惑を――」
「グレイ、騙されるでないぞ。これは覚えているが、惚けようとしている表情だ」
「え、そうなのです?」
「うむ、そうなのだ」
「……それはクロと似たような反応をしたから、という所か?」
「それもあるが、貴方の場合は分かりやす過ぎだ。歓迎会の時も同じくらい、感情を誤魔化している、というのが分かりやすかったぞ?」
「そっかぁ。……分かりやすいかぁ、俺」
「うむ、分かりやすい。……で、ネロ」
「はいはい、ネロですよ。感情を爆発させた挙句、秘めてた想いをぶちまけて、勝ち目のないレースに参加した負けヒーローなネロですよ」
「そういう風にいう所は、我は嫌いだ」
「好かれようとは思っていないからな、別に良いだろう?」
「そうであるな。ネロが好きなのは、我ではなく、別の我であろうからな」
「どういう意味でしょうか、アプリコット様」
「ネロの中では、ネロの好いているアプリコットは死しているのだよ」
「夢世界とやらに居たアプリコット様とは違う……という事なのでしょうか」
「うむ。なにせ過去も記憶も違うからな。それはもはや別人である」
「…………」
「しかし我に対して面影を持っている、割り切れずにいた、という所であろう」
「つまり……付き合いたいというのは、アプリコット様であってアプリコット様ではない……?」
「そこはどうなのだ、ネロ。我に告白したのか、していないのか」
「俺は……」
「キチンと、こちらを見て答えてくれ」
「…………。俺の初恋は、報われる事は無い。それを答えとさせてくれ」
「……そうか」
「……そうだ」
「ネロ」
「なんだアプリコット」
「ネロ・ハートフィールド」
「え。な、なんだアプリコット?」
「ネロ・ハートフィールド」
「は、はい……?」
「我の名はアプリコット・ハートフィールドだ」
「う、うん?」
「よし、ではこれからもよろしく頼むぞ、ネロ。お主はメアリーさんに距離を詰められて健全男子故の欲求を持て余しているやもしれんが」
「それは忘れて欲しい」
「我とグレイは、そんなネロを逃がさないようにするからな。遠慮せずに。互いに目の前の相手を、な」
「……はは、酷い事するな、アプリコット・ハートフィールドは」
「それが我であるからな」
「そうかい。……ま、よろしく頼むよ」
「うむ、よろしく頼むぞ」
「(? ……? どういう意味なのでしょうか。分かりません。分かりませんが、一番分からないのは……なんでしょうか、私めの中に起こるこの気持ちは。先程のネロ君の告白からずっと……)」




