何故こうも変なヤツが多いのか_2
現れた女性に、周囲は誰も気付いていなかった。
アプリコットのような派手な帽子では無いが、黒を基調としたいわゆる魔女服的な服装はこの世界においても少し目立つ部類に入るのだが、まるで女性を見ようともしない。
だが他者は女性に当たりそうであれば避けて歩いているし、認識されていないという事ではないようだ。
「ああ、挨拶が遅れたね。はじめましてクロ・ハートフィールド君。私は手紙の送り主であるヴェール・Cだ」
「はじめまして、レディ・ヴェール。ご子息には大変お世話になっております」
世話になったことは精々オーク殿下の時くらいで、どちらかと言えば迷惑を掛けられている事が多い気がするが、一応深く礼をして挨拶をする。
「おや、私の事は知っているのか。それと、レディは要らぬし、わざわざ“私”と変えなくて良いよ。公共の場ではともかく、ここでは私用だからね」
「……承知いたしました。ヴェールさん」
面を上げ、改めてヴェールさんの方へと向き直る。
黄緑色の髪に、緑の目。年齢の割には二十代と言っても通じる程若々しく、メアリーさんが言っていたように美女と言える。……まぁこの世界は男女問わず、前世より若々しい方が多いが。
どことなく目元などがシャトルーズと似ているが、シャトルーズのような(見た目は)冷静な雰囲気というよりは、魔女の服がハマっているような不思議な雰囲気がある。いわゆる妖艶、というような感じか。
「まったく、告白の手紙を他者に、それも女性に見せるとはマナーがなっていないのではないのかな」
ヴェールさんはやれやれと肩をすくめながら、“告白の手紙”などと臆面もなく言う。子爵夫人がこのような場所で言う事に焦りを覚え周囲を見るが、やはり何故か周囲は俺達を注目所か見てすらいない。
「ああ、安心しなさい。【空間保持】の応用さ。他にも【視線誘導】なども使っているが、私達の存在は路傍の石くらいにしか認識していないだろうね」
「……そうですか」
「だから私の服を脱がせても問題は無いだろうね。……そういうのに興奮するのならば、努力するが」
「脱がせませんし、しなくて結構です!」
くそ、シアンめ。後で覚えていろよ。
ともかく詳細は分からないが、ようは気にしなくて良いという事なのだろうか。
あまり信用しても良くないが、今も俺達を周囲が避ける上にヴェールさんという目立つ存在と一緒に立ち止まっていても見すらしないのだから、認識が阻害されているのは確かのようだ。
「失礼。俺はあまりこういった手紙を貰う経験と立場では無いものでして。疑いをかけてしまい申し訳ございません」
「すまない、冗談だ。会った事も無い相手に手紙を貰ったら警戒もするだろう。いくら渡したのが知り合いだとしてもね」
クリームヒルトさんに手紙を渡すように言ったのもこの方か。
知り合いなのか、あるいはただ渡すように伝えただけか。クリームヒルトさんがこれを渡した後にぐっ! とかやっていたし、「ラブレターを渡したい」と言われて素直に渡しただけかもしれないが。彼女だと「クロさんを信じているからね!」みたいな感じで受けそうだし。
「失礼ですが、あの手紙の内容ですが」
「ああ、本気だとも。私は君に興味を抱いている。好きと言っても過言では無いほどにね」
「……ヴェールさんは夫とご子息が存命と記憶していますが」
名前は忘れたけど、現騎士団長の夫がヴェールさんにはいるはずだ。
亡くなったという話は聞いていないし、息子は今も元気にメアリーさんを応援するために闘技場で狂喜乱舞(冷静)しているはずだろう。
「勿論、夫であるクレールも愛している。だが、君には別の意味で二つ、興味を抱いているんだ」
「二つ?」
クレールさんか。そういえばそんな名前だったような気がする。
だが二つ興味を抱いているとはなんだろうか。生憎と俺は魔法に関してはからっきしだし、大魔導士のヴェールさんが魔法系の才能を見出すとは思えない。
となると、身体能力系だろうか。俺の身体能力は前世とそう変わりはしないが普通よりは高いようであるし、先程の乱戦の戦闘でなにか思う所があったのだろうか。……まさか身体が丈夫そうだから、人体実験に耐えられそうだとか言わないだろうな。そういう噂もあるようだし。
「クロ君……いや、クロ君とメアリー・スー君。君達は何者だ?」
「――――」
その言葉に、俺は虚を突かれ言葉と呼吸が一瞬詰まる。
先程までの妖しい雰囲気ではなく、こちらを見通すかのような視線は嘘を許さないかというような鋭さがある。
これは――どちらの意味での問いだ?
「お言葉ですが、ヴェールさんの質問には含意が多くて答えられません。禅問答……のようなものでしょうか」
そう、答えられない。
ヴェールさんが俺やメアリーさんと同じであの乙女ゲームを知っている転生者という立場だからの質問なのか。
転生者ではないが、俺達の行動に疑問を持っての質問なのか。
それが分からなければ答えられない。
「いや、申し訳ない。困らせてしまったようだ。確かに今の質問も気になるが、どちらかというとついででね。本当に気になる所は別にある」
しかしヴェールさんはあっさりと引き下がる。
まるで今の質問はどうでも良いかというように、品がある笑みで場の雰囲気を緊迫から元に戻した。
「本当に気になる事、ですか」
「ああ、そうだ。先程の質問は馬鹿息子が熱をあげる子と、迷惑を掛けたご令嬢の夫が気になるという意味の質問だ。私が私的に聞きたい……いや、興味を抱いている事はもう一つの方なんだ」
どういう事なのだろうか。ヴェールさんはシュバルツさんのような飄々とした感じはあるが、妖しさに関してはヴェールさんの方が上だ。今の質問がついで、で済まされるような質問だとは思えない……が、本当にヴェールさんは気にしていなさそうに笑っている。
……警戒は怠れない。
「興味を抱いている、というと」
「そう、好意を抱いている部分さ。年甲斐もなく恋文を書くほどに、ね」
つまり惚れたのだの雄姿が離れないだのいう手紙の内容はもう一つの興味を抱いている所にある、という事か。
先程の質問で警戒心が高まったのもあるが、生憎と略奪愛も浮気も興味は無い。大嫌いな母を思い出してしまう。
確かにヴェールさんは美女であるから今でも引く手数多だろうし、色情魔辺りであればホイホイと好意を受けるだろうが、俺はその気持ちには答える気はない。
「申し訳ありませんが、好意を受けることは――」
「分かっている。この想いが通じないかもしれない事は初めから分かっているんだ。だが、好きという感情はそう簡単に抑えられるものではないだろう」
……まぁその気持ちは分かる。
好き嫌いがどうしようにもなる感情だったら苦労はしないだろう。好きという感情を暴走させた奴らが大量に居るシキの領主のお陰でそれはよく分かってしまう。
「だから告白させて欲しいんだ、クロ・ハートフィールド君。私が君の好きな所について」
「…………」
満足するかは分からないが、聞くだけなら良しとしよう。
正直言うならば言わせるべきですらないだろう。子爵家の夫人が男爵家の子持ち妻帯者に告白なんて明らかに良くは無い。不思議な力で周囲に気付かれないとは言え、あまり良くは無い……が、こういう感情を貯め込み過ぎても駄目だし……立場的にも否定し辛いし……くそ、こういうのは本当に難しい。
「私は、君の戦う姿を見てからキミの姿が脳に焼き付いて仕方ないんだ。そう、対戦相手を己が肉体のみで戦った、キミの雄姿に」
それは男として嬉しい事ではあるが、だからと言って――
「本当に素晴らしいと思えたんだ。そう――鍛えられた肉体美に、私は惚れたんだ」
――ん、なんだろう。嫌な予感がする。
「ああ、本当に――素晴らしい肉体だ。そそるじゃないか、触らせてくれ、舐めさせてくれ、頬擦りさせてくれ! その肉体を身近に感じさせてくれ!!」
俺は脱兎の如く逃げ出した。
多分今までで一番早いスタートダッシュを決められたと思う。




