知らぬは本人達ばかり
「ククク……クロ君、聞きたい事があるのだが」
「どうしたオーキッド。まさかなんか最近学園生活を送った記憶があるとかか?」
「ほう……!? よく分かったね。もしかして似たような状況の報告が上がっているのかな?」
「そんな感じだ。……ちなみにどんな風に覚えている?」
「ウツブシと共に学園の敷地内に工房を作り……夜な夜な学園を見回る警備員の仕事さ。偶に悪さをする生徒に注意をしたりしていたよ」
「うん……オーキッドは学園の七不思議扱いだったな……」
「え」
「うむ、確か影から現れて、影に消える……見たら不幸が訪れるが、黒猫と共に見ると幸福になるという七不思議の九つ目だな」
「ニャー?(意訳:七不思議なのに九つ目……?)」
「――と、言っているが」
「よくある事だよ。四天王なのに五人いたりするのは何処の世界でもよくある事さ」
「そうだな。……思い返すとあの世界の七不思議十個目はアイボリーで、十一個目はエメラルドだな」
「なにやってんだアイツら」
「ニャー?(意訳:ねぇ、オーキッド。この子達暑さで疲れているか、領主の仕事でおかしくあったんじゃ……)」
「ククク……今度栄養のあるモノを作ってあげよう」
◆
「ねぇクロー、ヴァイオレットちゃんー。ちょっと聞きたい事があるんだけどー」
「カナリア。もしかしてだが、なんか今の自分とは違う環境で過ごしていた記憶がある……とかじゃないだろうな」
「? なんのこと?」
「あ、いや。なんでもない。(確かカナリアって……)」
「(あの世界では何処に居るかも不明だな。ネロは記憶にすらなかったはずだ)」
「どうしたの、二人共?」
「なんでもない。分からないなら良いんだ。聞きたい事とはなんだ?」
「うん、実は最近なんだけど――キノコの領域に一歩踏み出せた気がするんだ」
「はい?」
「キノコは菌だからね。つまりは自然の生物なんだよ、二人共。だけど面白いのが生物であっても生きてはいないとも言えるんだ」
「カ、カナリア?」
「私はエルフで、森と共に生きるとされているエルフだけど、共に生きるだけで一体化する訳では無いんだ。森との一体化が近付く状況というのは生よりも死に近い状態とされているし、死して一体化すると言うのはよくある表現として使われていると思う。ならば似た様に自然の生物であるキノコについて理解し一体化するためには死する必要があると言えるけど、実際にして理解した所で死んだんじゃ意味が無い。だから真に理解するのは無理な訳だけど、ここ最近不思議と掴めた感じが――」
「戻って来い、カナリア! お願いだから戻ってくれぇ!!」
「ク、クロ殿、落ち着いてくれ!」
◆
「なぁクロ領主さん凝っているだろう? 筋肉凝っているよな、そうなんだろう!? なぁ筋肉凝っていて楽になりたいだろうお前!! なにせ変なマスクとかで身体が封印されていたもんなぁ!」
「ヤベェですヴァイオレットさん。夢魔法世界云々の色々を諸々無視して俺に来ようとしています」
「ヴァイオレット領主さんも凝っているだろう!? いつも凝りそうなものぶら下げているし、学園生活で身体が強張っていたもんなぁ!!」
「いや、クロ殿。アレは見境なしに私達をマッサージしようとしている。もう夢とか関係無いぞ!」
◆
本来なら夢魔法世界については、その世界で記憶を取り戻すか最初から有していない限り覚えている事が無い。
そして記憶を取り戻す条件は、夢魔法を使用した事があるか、強化された言霊魔法によって思い出すなど特殊な条件を満たさない限り満たされる事は無いはずなのである。
「なんなのですかねアイツら」
「なんなのだろうな」
……だが、シキの連中は結構覚えている人が居た。というか、違和感を持っていた。
違和感を持っていたのは変態……自分の欲望に素直な者達だ。一応はシキの領民の半数以上はそういった領民達ではないし、素直な者達でも違和感を抱いていない者達も多いので全体を見ればそこまでの数ではないのだが……本当になんなのだろう、アイツらは。
「報告も兼ねてメアリーさんに手紙を送って確認してみるとしましょうか」
これが実は首都でも似たような状況ならば話は別なのだが、なんとなく違う気がするのは気のせいでは――い、いや、本当は首都や世界の皆も似たような状況に陥っているのかもしれない。メアリーさんへの確認は必要だな、うん。
「もしそのような事無いと言われたらクロ殿はどうするんだ?」
「……時に諦めって必要だと思うんです」
「……そうだな」
……もしシキだけで見られる現象だった場合は……うん、気にしない事にするとしよう。
「まぁそういった特徴を持つ者がシキに多かったと言う事にしておきましょう。そうに違いない」
「だな。しかしこの状況を言えば向こうであの世界についての解明に繋がるかもしれぬし、詳細をまとめてはおかないとな」
「ですね。……しかし、ですがもし自力で思い出しているとすれば凄いですよね」
「うむ、記憶になくとも違う所で覚えている。……ふふ、シキの領民らしいとも言えるな」
「確かにそうですね」
なんなのだろう、とは言いたいが、この状況はこの状況でシキらしい状況とも言えるな、と思う。
世界を覆うほどの大魔法による消された記憶を、記憶は違う、自身の譲れない好きな事の影響で違和感を持つ。
……上手く言葉に言い表す事は出来ないが、シキの領民らしくて、個人的には良いなと思う事でもある。説明に疲れはするが。
「さて、説明をしていたらもうこんな時間ですし、そろそろ屋敷に戻りますか」
「説明だけで終わってしまったデートだったな」
「仕事ですって。デートならもう少しロマンティックかイチャイチャしたいです」
手を繋いだり、ご飯食べたり、買い物をしたり……仕事と書いてデートと読ませるよりは、そんなデートと書いてデートをしたいものである。
……まぁシキの領主という立場上、それが難しいのは分かるので、こういった一緒の時間を楽しむ事が大事なのだろうけど。
「残念だが、ロマンティックもイチャイチャも、その両方はクロ殿と一緒に居るだけで満たされるからな。私にとって今日はデートをし続けた一日になるんだよ」
……それを言われると、上手く言葉に言い表す事は出来ないが、嬉しさが心の底から湧いて来る。不意打ちで言われてしまったため、うまく感情が処理しきれないので照れが表情に出てしまう。ヴァイオレットさんも俺が照れるのを分かって言っているだろうから、俺の反応を見て楽しんでいるようだが。
「それは、えっと……うぅ……」
けどここで「揶揄わないでください」と言ったら、「揶揄ってはいるが、本音だからこそ言えた言葉だぞ」とかさらに責めて来るだろうから、俺はただ言われるがままになってしまうのだが。
「それでは屋敷に戻ろうか。帰るまでがデート……ではなく、帰った後もデートをしような、クロ殿?」
……ああ、もう。本当にこの人はズルいなぁ。
そんな事を言われたら、さらに好きになってしまうじゃないか。
「帰りましょう、ヴァイオレットさん。今日はずっとデートです」
「うむ、そのように言われては、私も応えないとな」
そのように言いながら微笑むヴァイオレットさんの手を取り、俺達は手をつないだまま、デートをする場所を変えるのであった。
「ククク……ウツブシ」
「言わなくても分かるって。……夢の世界から出た後の私達が思い出すより、夢の世界で目があっただけで思い出したとかいうあの夫婦の方がおかしいって言いたいんでしょ?」
「その通りだね。……知らぬは本人達ばかり、のようだがね」
「そうね」




