馬鹿と馬鹿
地下空間。明かりは仄かな全体を見渡せる事が出来る程度の光。威圧感のある大きな扉、そして蠢く触手生物。
人は五感の一つを封じられると他で補おうとすると言うが、下手な制限を喰らうと返って制限を元に戻そうとその力に注視すると言う。
ようは今回の場合は、夜道で見えにくいからより注視して見ようとするような……普段より見えにくい視界を通常通りに見ようとするため、目に力を入れようとする、というような状態なのであるのだが。
「うねうねとした触手が薄暗い中男共に目掛けて突撃してくる!」
ハッキリ言うなら、中途半端に見えるとこの触手の海はとても怖い。いや、ハッキリ見えても怖いし、全く見えなくても音と感触のせいでめっちゃ怖いと思うがな!
「うわぁこの触手なんか俺目掛けて集まって来るんだけど!」
「若い遺伝子だ! この中で最も若いネロの遺伝子を求めて本能的に集まっているんだ――うぉうこっち来るな!」
「いや、これ数が数だから、近くにいる男目掛けて寄ってきているだけだ! その証拠にノワール学園長先生にも――」
「生徒は私が守るごぼごぼごぼごごぼごぼごぼ」
「先生ー!!」
「うわっ、なんかかかった! なんだ、なにがかかったんだ!?」
「気を付けろネロ、触手だから服を溶かす液体かエロ漫画媚薬を分泌しているかもしれん!」
「確かに。可能性は高いなクロ!」
「なにを言っているんだお前達!? というか先生を一緒に助けて――ん、なにか踏んで――薙ぎ払え、【河狩人の星】!!」
「王族魔法!? な、なにを踏んだんです殿下!」
「知らん、見えなかった! ああ、薄暗くて見えんとも!」
「うわぁあああああ眼鏡が! 眼鏡が凌辱される!」
「どういう状況ですエクル先輩!?」
ともかく阿鼻叫喚であった。本当になんなんだこの世界の触手生物は。こんなに嬉しくないハーレムは嫌だぞ。まぁ女性陣に向かって行かれるのもそれはそれで困るんだがな。
「くっ、マゼンタさん。そちら側をお願いします! 【水中級魔法】!」
「オッケーヴァイオレットちゃん。【最上級雷魔法!】」
「なんという広範囲の連携技! す、すごいですねお二人共!」
「ふふふ、当然だよフォーンちゃん――息子の貞操を狙うモンスターは許さない!」
「同じく夫の貞操を無理に狙う輩に慈悲はいらない!!」
「なんという広範囲の殺意……!」
ううむ、俺の妻とマゼンタさんの動きが凄い。
単独でも強いマゼンタさんであるが、共通の目的を持ったヴァイオレットさんとの連携ぶりは見事と言わざるを得ないな。
あとマゼンタさん。貞操狙ったりしているアンタがそれを言うな。
それとヴァイオレットさん。その言葉だと同意があれば良いみたいな言い方に聞こえますが、そこの所を問い質したいです。
「こんの――邪魔だこの触手風情が!」
そしてあちらは触手を引きちぎっているクチナシさん。
打撃をしようにもぬるっと滑って効果が薄いので、無理矢理掴んで引きちぎっている。怖い。
「ライ、巫山戯ているのか!」
「巫山戯ていないとも。核、器、鍵。誰が亡くなっても世界が壊れてしまい困るからな。モンスターを召喚するにしても、男であれば殺さない触手モンスターが最適解という話だ」
ああ、そういう意味で触手を召喚したんですね。てっきり別の意味があるかと思ったよ。
つまりこのまま俺達が押されてしまえば、誰かが犠牲になれば良いとか言っていられず、この夢世界の確定までずっと俺達男陣は触手に弄ばれ続ける訳だ。……地獄かな?
というか先程は俺達を殺す気戦艦を創り出したくせに、俺達の死を避けるとかどういう事なんだろうか。
「ああ、触手についてはそうだろうとも。そしてさっき下手をすれば死ぬかもしれなかった戦艦を創造したのも、どうせ“登場と同時に挨拶代わりの創造魔法を放とうとしたら、つい興が乗って戦艦を創造してしまった”とかそんなんだろうしな!」
「よく分かったな」
あってるのかよ。あの戦艦大和、ノリで作ったの? なにそれ怖い。
「私が問いたいのはこのモンスターの創造も、神話武器の創造もお前には出来なかった力だ。これは――」
「その通り、夢魔法の力だ。この世界ではモンスター召喚も、繋がった神話を再現できるから――【創造魔法】」
「くっ!?」
「――このように、彼女のような神として崇め奉られるような存在とも対峙できる」
クチナシさんとの会話中、唯一触手生物の攻撃を受けていない宙に浮いたトウメイさんが攻撃を仕掛けるが、先程彼女を傷付けた剣を創り出したように、トウメイさんの攻撃を弾く楯を創造して防いでいた。
トウメイさんに対して、“神”と関わるなにかを創り出して対応しているのは気にはなるが……
「故に俺はお前達と戦う事が出来ているんだよ。巫山戯ているような力かもしれないが、これは俺がこの世界を守るための――」
「違う! お前はこの創造にどれほどまでの“理解”を示している!」
「…………」
……それよりも重要なのは、ライラック義兄さんは神話を“理解して”、創造しているという事だ。
【創造魔法】で重要なのは、創造するモノを理解してどれだけ再現するかだ。
俺であれば服は多少の創造は出来るが、それでもちゃんとした服を作るとなれば“服の材質を構成している最小単位を一つ一つ再現する”という事が必要だ。
例えば毛糸で編んだマフラーとかでも、羊の毛で作った毛糸なら羊の毛の感触から強度まで意識して、それを一本一本再現して、どのように糸同士を潜らせて絡めさせて――というような工程を重ねていって、それを魔力で再現できるように想像して、創造していくという面倒な工程が必要だ。そんな事をするくらいなら素材を用意して作った方が早いし正確である。
なので神父様の剣とか武器を戦闘で使えるほど扱える、というのは実は物凄い事をやっていたりする。一々戦闘中に想像して創造しているんだ。本当に凄いと言わざるを得ない。
そのさらに上を行くライラック義兄さんはもはや変態の域であるし、さらに今回のようにモンスターの創造や、神話上の武器の再現となると……
「……少々頭痛はするが、それだけだ。それだけで彼女と戦えるのならば、重畳というものであろう?」
「アンタは……!」
……恐らく、夢魔法のせいで余計なものまで理解してしまい、そして精神的負荷がかかっているだろう。
人の身で神話もモンスターも想像するのだ。もしかしたら先程の光の剣も、絶対の楯も、常人であればそれで脳が壊れる負荷がかかっているのかもしれない。
「それだけでこの世界を守れるなら、いくらでも俺は戦い続けるさ」
「このっ馬鹿野郎……!」
……しかしそれを、ライラック義兄さんは世界を……愛する場所を守るために、その程度だと切って捨てている。
その姿は正に――
「マゼンタさん」
俺は相変わらず迫って来る触手と戦いつつ、近くでヴァイオレットさんと共に戦っているマゼンタさんに言葉をかけた。
「どうしたの、クロ君。襲われたくなったならクロ君の所だけ攻撃はしないけど」
「そのつもりは今の所ないのでご安心を」
だからヴァイオレットさんも「えっ、そういう趣味がやはり……!?」みたいな表情を向けないでください。やはりってなんですかやはりって。
「マゼンタさんが使われている、妖蝶の鐘、って槍ありますよね。俺と戦っていた時や先程使っていた」
「うん、あるけど……どうしたの?」
「アレをひたすらライラック義兄さんに放ってもらえます?」
「良いけど、さっきから放っているみたいに防がれちゃうよ?」
「良いんです。むしろ当てなくて良いんです」
「はい?」
確かアレは、俺がマゼンタさんと戦った時に、掴んでそのままマゼンタさんに投げ返した事があるはずだ。つまりあの妖蝶の鐘とやらは、掴む事が出来るという訳であり。
「ちょっとアレを掴んで俺が飛んで、あの人を殴りに行きたいだけなんで」
という事も出来るという事である。
「えっと……馬鹿なのクロ君?」
「馬鹿じゃなきゃシキの領主はやってられませんよ」




