夢を叶えるために
「トウメイさん!」
普段は【解法】と呼ばれる、自身に向かうあらゆる害を拒絶する力を自動発動で発動しているため、傷どころか日焼けもしないようなトウメイさん。そんな彼女が、ライラック義兄さんの手にした光の剣により、白い肌に赤色を滴らせていた。
「っ、大丈夫。重症ではないよ」
ただ、白い肌を切り裂きはしたものの、直前に光剣の危険性を感じ取ったのか、振るわれる寸前に回避行動に移したため深手ではなさそうだ。とはいえ、血は流れ出ているあたり浅い傷という訳でもなさそうだが。
「……ったく、これが裂傷か。痛いと思ったのは久しぶりだよ」
「それはそれは。貴女にそのような感情を抱かせるとは、この神殺しの剣を創造したかいがあったものだ」
「神殺し、ね。まぁ誇って良いんじゃない。私という美麗な女の肌に傷をつけた事はね」
しかし問題は深さに関係無く、トウメイさんに傷を負わせたという事実だ。例え上級魔法で攻撃をし続けても、押し留める事は出来ても、傷をつける事はまず出来ないような力……バリアのようなものをトウメイさんは有している。それを突破するなど、それこそ本人の言うように神殺しの剣のような、あらゆる存在を殺す事が出来る代物だけだろう。
「ライ!」
トウメイさんがライラック義兄さんの持つ武器を警戒して動けない中、地上で二人の居る空中を見上げる形で呼びかける声が地下の空間に響き渡る。
「……クチナシか」
先程まで現状を面白そうに笑みを浮かべていたライラック義兄さんは、その笑みを抑えて地上へと目を向ける。
向けた先に居るのは、彼の妻でもあるクチナシ義姉さんだ。何故此処に居るのかという疑問と、俺達を攻撃してきた事に対する困惑。そしてトウメイさんに傷をつける事が出来た攻撃を初めて見たかのような戸惑いという、あらゆる感情が混じった表情をしたクチナシさんは、軍人然とした様子ではない、何処か弱々しい大きな声で問いかけた。
「この世界で記憶を有するためには、夢魔法をかつて一度使う必要がある。という条件をマゼンタ様に聞いた時からもしやとは思っていた。だから貴方は記憶を有しているんだろう」
「引き継いだ。という方が正しいかもしれんがな。して、なにを聞きたい妻よ」
「……何故だ。何故貴方は私達を攻撃――邪魔をする!」
それは当然の疑問ではあるのだが、クチナシさんは何処か理由が分かっているような表情でもあった。
しかしそれは自分が目を逸らしていた事でもあり、否定して欲しいと言う気持ちも入り混じったかのような、淡い希望に縋る懇願のようでもある。
「むしろお前がそちら側に居るのが理解出来んな。……この世界にはあの子も居ると言うのに、何故お前はこの世界を壊し、あの子の居ない世界へと戻ろうとしている?」
「あの子は本物じゃない。夢の産物で、本物のあの子じゃ……!」
クチナシさんはさらに弱々しく、今まで無視してきた感情を必死に抑えるかのような、震えた声で否定しようとして、完全に否定しきれずにいた。
――あの子。
……話には聞いている。
ライラック義兄さんとクチナシさんの子。俺にとって甥にあたるその子は、不慮の事故により亡くなった。まだ一般的には公表されておらず、話が広がる前にライラック義兄さんがあの事件を起こしたため、その情報が国に知られるのはもう少し先の話になるだろう。
――……そしてその子は、この世界では生きている、という事なんだろう。
先程この地下空間に来る前に「細かな違いはあっても、時が戻って一年前の状況になっている」という話を聞いた時からもしやとは思いはした。メアリーさんの殿下への態度がおかしく見えたり、マゼンタさんがこの世界に何処か名残を感じているような様子であったので予想はしていた事ではある。
「不思議な事を言うのだな、クチナシ。今を生きているあの子は、この世界において本物だ。……間違いなく、俺とお前――愛する妻であるクチナシとの子であるのだぞ?」
「違う! あの子は……あの子は、もう……!」
……クチナシさんは恐らくその子と会ったか、喋ったか。あるいは予想は出来ても考えずにいようとしたのかもしれない。
どちらにしろ「本物ではない」と自分に言い聞かせ、目を逸らし続けていた。
「マゼンタ・モリアーティも何故この世界を壊そうとする? 貴女の夫と子はこの世界にはいるだろうに」
「…………そうだね。私が混乱の中で仕事から帰ってきたら、二度と見れない笑顔と、二度と聞けないと思っていた声で、いつもより早く帰って来てくれた事を喜びながら出迎えてくれたよ」
そしてマゼンタさんも似たような状況にあったはずだ。
失ってから気付いた、気付いてしまった大切な人との触れ合い。二度とないと思った触れ合いを、この世界で触れてしまった。それはこの世界に留まりたいと思うのに、充分な理由である。
「けど、本物じゃない。私の中であの人達はもう死んだ人達なの。……この世界が夢であると気付いた以上は、このままにしておくのは私が許せない」
「……そう。私もマゼンタ様と同じ気持ち。あの子に誇れる私で居るためにも、なにより罪を背負った私は、罰を受けるために夢から覚めなくてはいけない」
しかし二人は気持ちに蓋をし、現実から目を逸らさずに、夢から目を逸らすという選択をした。
……本来なら俺達にとって都合の良い現実に戻るという行為を邪魔してもおかしくないのだが、彼女達が味方で助かったと言えよう。
「そうか。だが俺は夢を叶えたいと思う」
しかし空中に浮かぶ、魔王のような男は違う。
「愛する妻が生きて、愛する息子が生きていて。大事な妹は成長した記憶を取り戻して愛する夫と過ごす事ができ、これから起きるであろう災厄にも対処する事が出来るこの世界は俺にとっては楽園だ」
「ライ……」
「例えここが偶然の産物の夢の世界だとしても――俺はこの世界を守らせて貰う」
ライラック義兄さんは再び笑みを作り、手にしていた剣を消すと手で印のような物を結ぶ。
「殺す気で行ってようやくお前達を押し留められるか、というほどの実力差がある事は理解しているからな。だからお前らも殺す気で来い」
ライラック義兄さんはそして多数の武器を――
「【創造魔法】」
……ん? 今、触手って言ったか?
「夢魔法により俺の創造魔法は強化され、魔力で出来た生物も創造できるようになった。――さぁ、死に物狂いで時間を稼ぐ俺に勝てるかな、お前ら!」
召喚された 触手 が 俺 を 目掛けて 襲い掛かって来た !
『もっと別な生物作り出せ!!』
そして男性陣は大声をあげた!
備考 この世界の触手生物
基本はメス。他生物のオスの遺伝子を搾り取って子を産む生物。
かつて(※442話)クロは襲われそうになって、若干トラウマになっている。
ちなみに今話の触手も同じ特徴は持つが、基本は魔力で形成されているため厳密には生物ではない。ただし遺伝子を求めてオスに襲い掛かるのは確かなので男性陣にとっては貞操の危険はある。




