馬鹿
ライラック・バレンタイン。
ウィスタリア公爵の長子にして、俺の義理の兄でもある男性。
封印された過去の大罪人物。
正義で追われた研究者。
努力をした結果善性を失った、恋する青年。
……彼を愛する、愛しているはずの妻。
聞いた話では、ライラックはそんな彼らを唆し、利用した。
エクルも大怪我を負わせ、世界が滅びる可能性もあった中。そこまでして叶えたかった目的とは「輝く姿を見たい」というものであったという。
ヴァイオレットさんの血縁者をあまり悪くは言いたくないのだが、伝聞で聞く限りの彼の印象は「訳が分からない男」というものである。シキの連中も大概訳の分からない事をする事が多いが、彼の場合は本当に行動理由が話だけでは分からない人物であった。
「困るのだよクロ・ハートフィールド。お前にその鍵で夢魔法を解除されるのはな――」
だが相対した今になってわかる事がある。
こんな相手、相対した所でそう簡単に分かり合える相手ではない、と。
「【創造魔法】」
――笑いながら戦艦大和を上空に出現させたのを見て、俺はそう思うのである。
「【混合六種】」
「【妖蝶の鐘】」
突然の巨大質量を前にして、俺達の中でも性能が飛びぬけて優れている二人がした行動は早かった。
相手に問いかける訳でも、慌てる訳でもなく。一瞬で相手を敵と認識し、即座に出来る魔法を発動。戦艦を攻撃し――押し留めた。
もちろん純粋な質量と大きさを前にすれば、高位の魔法であれども押し留める事は出来ない。
「ありがと、これならいける」
だが、その留める時間さえあればトウメイさんが魔法をキャンセルする時間を稼ぐには充分だ。
トウメイさんは空中に留まった戦艦大和に向かい、近付くと、
「【解法】」
まるでシャボン玉に触れて消し飛ぶかのように、戦艦大和はパチンと音を立てて、光と共に消え去った。
「なるほど。未完全、薔薇の天幕、透明の女神の貴公らの前では俺の魔法など児戯に等しいか」
対し巨大な魔法……【創造魔法】が得意な神父様よりも遥か上の創造物を作り上げたライラック義兄さんは、まるで強き者と出会えた事に対して喜ぶかのように笑顔を作った。その笑いは先程まで自分がしてた事など気にも留めていないような……まるで反省はしているが、後悔は一切していないような、刹那的に生きているかのような、目の前の事に対する賞賛を含む笑いであった。
――何故、笑える?
……今ほどの攻撃で俺達を殺す可能性はあった。彼の妻であるクチナシさんはやや離れた位置に居たため落下地点の範囲外だったとしても、余波で怪我をする可能性だってあった。
問答無用で、交渉の余地なく殺しにかかり、それでも目論見があっさりと覆されてもなお何故この男は笑える? 何故――
――落ち着け。
今、ライラック義兄さんが、妹であるヴァイオレットさんを巻き込もうとした事が俺にとって腹立たしい行為である事は確かだ。今すぐ地上に引きずり降ろして問い詰めたいが、問い詰めるためにはまずライラック義兄さんの動きを止めなくてはならない。そのためにも、まずは状況を見ろ。視ろ。観ろ。
何故現れたのかを考え、なにをして来るかを考えるのを決してやめてはいけない。
「まったく、よく分からないけどまずは大人しくして貰う、よっ!」
例えトウメイさんが即座に、何故か浮いているライラック義兄さんの所へ行ったとしても油断するな。彼女の実力は確かだが、唐突な出来事である以上最悪を想定して、最善になる様に行動しなくてはいけない。例えば上を見上げるあまり、地上の敵を見逃す、というのも考えなくては――
「【創造魔法】」
しかし俺は一つ見誤っており。同時にかつて戦った事があるというメアリーさんも見誤っていた事がある。
ライラック義兄さんは【創造魔法】に優れているという話はヴァイオレットさんから聞いている。そこに間違いは無いだろう。事実以前メアリーさんが戦った時は戦車や戦艦を一から仕組みを理解して作り上げて使えるようにしていた。
「よく分からないと言うなら答えるとしよう。俺はこの世界を壊されるのがとても困ると言う話だ」
【創造魔法】の特徴は、“仕組みを理解し、魔力で仕組みに準じた構成を練る”事でその真価を発揮する。というよりは、創造する元をの仕組みを理解しなければただのガラクタになり下がる。
だからいくら夢魔法の残滓を得た際に日本の知識と繋がったとはいえ、戦車や戦艦を一から創造し使えるように出来るなど、並大抵の事ではない。だからライラック義兄さんは物の理解と把握が異様に優れたのであると思ってはいた。
「この世界には俺にとって大切な存在が生きていて、愛する家族と共に過ごす事が出来る世界だ」
事実その認識に間違いは無いと思う。ライラック義兄さんは理解する能力がとても優れているのであろう。……けれど、これは反則ではなかろうか。
「ならば、その世界を壊そうとする者を止めるのはおかしなことではあるまい。……例え結果的に神を殺す事になってもな」
神話を理解し、神殺しの武器を創造する。
まるでトウメイさんに特攻かのように創り出した武器が、傷一つない綺麗な肌を切り裂いるのを見て、俺はライラック義兄さんに対する一つの感想を抱く。
――この男は馬鹿だ。
……そんな事をする奴は、馬鹿という他に評しようがない。
「――さて、世界を壊す悪者達よ。次に向かってくるのは誰かな?」
どうやら俺達は、世界を壊す前にそんな馬鹿を倒さなくてはいけないようである。




