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自覚してしまうと恥ずかしい


 昔何度かお世話になったグリーネリー先生に診察を幾つか受けた。正直倒れたとは言え運んでもらっている最中にすぐに目が覚めたし、質問にも答え、特に問題なしとされている。……どう運んでもらったかはあまり思い出したくない。恥ずかしい。

 そして確認作業の際に俺を運んだメアリーさんが安静の為にと寝かせる用のベッドの傍にある椅子に座って居た。そして今は先生が外で騒いでいる相手を、


『外に居る奴らを黙らせたら、そのまま俺は行く。ハートフィールドは俺が戻るまで安静にしていろ』


 と言い鎮圧(静かにさせ)に行って居るため、医務室にはメアリーさんと俺だけなんだが……


「……メアリーさん。顔赤いですよ」

「……そういうクロさんこそ、顔が赤いですよ」

「はは、なにをなにを」

「はは、まさかまさか」


 俺とメアリーさんは顔に手を覆って俯いていた。

 理由はお互いに同じ理由で、外から聞こえて来た声が原因だ。

 落ち着こう、俺。リバーズを縛った時といい、初めて殿下と対面した後の時といい、ヴァイオレットさんはああやって好意を示してくれる相手であったではないか。今更照れてどうする。それに出発前だって俺もキスを提案――やめよう、アレ割と後から恥ずかしさがこみあげて来たんだった。

 というかなんでメアリーさんまで顔を赤くしているんだ。

 今までもああいった言葉程度ならば散々受けていただろうに。


「メアリーさん、今まで殿下達に好きだなんだと愛を囁かれたんでしょ? エクル先輩にとか相手だとお姫様抱っことかされていたんでしょうし、今更なんで照れてんですか」

「えっと……ここがゲームの世界じゃない、と分かり始めると……今まではゲームのイベントだったという認識があったので、その……現実の男性にあのように好意を抱かれるのが恥ずかしくて……前世では碌に外も出ない引きこもりだったので……」


 ……つまりゲームの世界だと思う事がメアリーさんにとっての一種の防衛装置で、ゲームだからとやって来た行為を思い返し、結果としてああやって美男子に愛を大声で叫ばれるのが恥ずかしくなって来たのか。顔とか声とかまさに魔性の男達だし。というか前世が引きこもりだったのか。


「――はっ! やはりこの世界はゲームの世界なのです! ですから恥ずかしくなどないのです!」

「戻ってきた方が良いですよ。現実逃避は後から感情が一気に来ますから」

「……ですよね」


 俺の言葉にメアリーさんはぐったりと項垂れた。

 ……しかしゲームだと思っていたとはいえ、それだけで上手くいくものなのだろうか。いくらあの乙女ゲー(カサス)と同じ行動や選択肢を取って、相手が同じ反応を示したとはいえどもその“ゲームの最善行動する”という事は非常に難しいだろう。

 それに先程の会話からしても、どうやらあの乙女ゲー(カサス)のサブキャラも含めて全員を善い道に導こうとしていたみたいだし。結果としては……多分上手くいっていた。関りの無い所で捕まったリバーズは別みたいだけど。

 学力も魔法も美貌もあらゆる面が優れている。……俺と違ってなにか転生特典的なものを貰ったのだろうか。


「あ、そうです」


 するとメアリーさんはなにかを思い出したかのように顔をあげ、周囲を確認し誰も聞いていない事を確認すると自身の手を合わせてこちらを見る。


「改めてこんにちは。前世では日本に住む引きこもりの彩瀬(アヤセ)(シロ)という名前であったメアリー・スーです。前世でも女で、享年は十七でした。現在はアゼリア学園に通っています」

「あ、どうも。前世では友人が設立した日本の会社で型紙師(パタンナー)をしてました、一色(イッシキ)(クロ)という名前であった現クロ・ハートフィールドです。前世では二十四位までは生きていたと思うんですが、正直曖昧です。前世でも男です」

「前世と同じ名前なんですね」

「ええ、その上治めている場所の名前がシキですからね。正直複雑な所があります」


 メアリーさんが前世での事を紹介に組み込んだので、俺もつい前世の事を答えて紹介してしまう。……多分こんな自己紹介をし合う者はそう居ないだろう。


「しかし前世でも男性でしたか……」

「どうされましたか?」

「いえ、クロさんもこの世界――この世界と似たゲームである“火輪(かりん)が差す頃に、朱に染まる”をされた事があるのですよね? 男性の方で乙女ゲーム、というのが意外でして……」


 一応俺も前世であの乙女ゲー(カサス)をプレイしたと思われてはいるらしい。まぁそうでなければ先程の会話が成り立たないから当然だけど。


「いえ、八つ下の妹とワンルームに二人暮らしだったので。家に居る時にプレイしているのを後ろから見ていただけですよ」

「妹さん、ですか。成程。…………」

「どうされました?」

「改めてになりますが、ありがとうございます、クロさん」


 俺の回答に対しメアリーさんは納得すると、少し間を作ってから立ち上がり深々と綺麗な礼をしながらお礼の言葉を言ってきた。


「……正直、まだ整理はついていません。この世界で産まれてから十六年近く生きておいて言うのもおかしいですが、ゲームの世界じゃないと言われて、私が今までしてきた事はなんだったのか、と」


 認めようとして認めきれず吐きそうになっていたからな。……多分クリームヒルトさんだったら構わず吐いていたかもしれないな。クリームヒルトさんがああいう風に思い悩む姿は想像できないが。


「今まで接してきた方々も、私は何処かで“この世界の設定を当てはめるとこういう生活をして居るんだ”、という認識をしていたんだと思います。だからこそ、クロさんが同じ立場だと確認した時、初めて“この世界(ゲーム)について語れる!”と、喜んだんです」

「それは……」

「……でもクロさんは、この世界に生きる相手を見ていて、自己を確立して他者と接して大切にしていて……今までの私がひどく自分が無かったんだと思ったんです」


 要するに俺が設定の範囲外の存在だから、ゲームの設定であるはず存在を生物として扱った事に違和感を持った。多分今までも何処かで感じ取っていたのかもしれないが、小さな違和感だったため無視しており、今回の事で一気に()()しまったのかもしれない。

 ……親や友達ですら、この世界の設定を当てはめるための存在、と認識していたとすれば、ひどく悲しい事である。


「……仮面(ペルソナ)を無くし、匿名の自己を失った匿名の人にならぬ為には閉じ籠らず他者と理解し合い自己実存を決める、という事なんですね……」

「難しい言葉を使わないでください、俺そんなに頭強くないんです」

「堂々と言わないでください。えっと、つまりは他者との触れ合いが自己を作る、って考え方です。色々組み合わせていますけれど」


 そうか、それならなんとなく分かる。

 メアリーさん自身も他者と触れ合わない所か多くの相手と触れ合ったけれど、あくまでも“ゲームの中のキャラ”を相手している感じで他者との触れ合いとは若干ズレていただろうし。でも急にどうしたんだろう。


「この世界に来てからというもの、前世では経験したことが無かった初体験の事ばかりでして。出来なかった事が出来るようになって、夢心地だったんです」

「魔法とか普通にありますからね」

「ええ、それに味もあって身体に痛みは無いですし。だからこそ全能感を誤認してしまって、他者と接しても私は中身の成長が無かったんだと思います。……だから、この世界はゲームだと思う事に違和感が無かったんでしょう」


 ……ん? なんだろう、サラッと言ったけどなにか重要な事を言われた気がする。


「先程も言いましたが、例えゲームだと思っていたとしても、貴女の願い自体は正しいんですから。成長が無いなんて言わないでください。ゲーム感覚だったとしても努力をしなければ他者は惹かれませんし、貴女が多くの方々に好かれているのは確かですよ」

「うっ……それが事実だとしたら事実で、好意を抱かれるのが実感持ち辛いと言いますか、私で良いのかのと言いますか、恥ずかしいと言いますか……」

「殿下達に愛を大声で叫ばれましたもんね」

「言わないでください! クロさんだってヴァイオレットに愛を叫ばれているじゃないですか!」

「言わないでください!」


 くっ、揶揄うつもりが逆にこちらも言い返されてしまった。よく考えれば当然の反応ではあるけれど。

 お互いに恥ずかしさが込み上げてくる時間が過ぎると、改めて向き直る。


「ともかく今までは自己が空っぽだったんです。ですから、その……今後は自己を埋めるために、()と向き合おうかと思いまして」

「向き合う、ですか」

「はい。ゲームキャラ、という認識を少しでも壊して行くために向き合おうかと思うんです。相手は生きた他者であるのだと、当たり前の事を確認して行こうかと」


 まだ整理もついていない、つい先程認識が変わり始めたにも関わらずメアリーさんは前を向いて考えていた。

 ここまで切り替えが早いと別の意味で心配になるけれど。


「あまり急ぎ過ぎても良くありませんが、まずはどうするのです?」


 とはいえ、否定する事でもないので軽く注意をしつつ、どうするのか聞いておこう。

 するとメアリーさんはグッ! と拳を握り締め、決意するかのようにどうするかを宣言した。


「はい! まずは私が幸せになれないキャラとしか認識していなかったヴァイオレットと……」

「ヴァイオレットさんと?」

「己の全てを曝け出して付き合うという裸の付き合い――つまり、裸で殴り合おうかと思いまして! 己の全てを曝け出した上に痛みを伴えばより現実を認識できるかと思うんです!」

「落ち着け」


 この子、大丈夫だろうか。


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― 新着の感想 ―
[一言] ゲームを俯瞰して支配する『超常の女神』が『チートなだけのポンコツ』にジョブチェンジです。 それで良いでしょう。
[気になる点] おっふ、メアリー嬢前世だと闘病のせいで痛みがあったり、五感的なものが鈍化してたのか。…現実に向き合う彼女がかなりポンコツでも、今世は幸せになるといいな。
[一言] ジャンプ黄金世代を読んだ子か。
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