二度目の感情(:白)
View.メアリー
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「強いて言うなら無理矢理起こせないからかな」
「どういう意味です?」
「だって彼はこの世界では核になってしまっているんだよ」
「核、ですか。その彼とやらは術者とは違うんですか?」
「かなりね。紅茶のティーバッグってあるでしょ? アレを水に浸せば紅茶となるよね」
「あくまでもその夢魔法の効果を世界に入れるキッカケを作ったのが術者、という事ですか」
「あははは、話が早くて助かるよ」
「ではティーバッグ……核を取り除くという事は、その、彼を……」
「殺せば良いという話じゃないよ。今は袋に覆われているから周囲に影響を出すだけで済んでいるけど、袋が破れたら茶葉は水に散らばってしまうからね」
「……つまり散らばって影響だけ残すので紅茶を水に戻すのが難しくなる、ですか」
「そゆこと。だから解決するとしたら、自分から水を出ないと駄目なの」
「でも、出るってどうやってですか?」
「彼が自分の影響に自分で気付いて、この夢から覚める事だよ。……今の自分は本物ではない。とね」
◆
この世界でマゼンタさんと始めて会った日に彼女が私にした説明は、早く戻りたいという私の思いを、内に秘めなければならないと自分に“言い聞かせ”なければならないものでした。
何故なら核である“彼”を殺した場合、元に戻すのが難しいだけで、不可能では無いとマゼンタさんは遠回しに言い、私の問いかけにも否定はしなかったからです。
もし私が早く戻りたいという思いで行動し、最速で解決しようとした際に私は、ライラックさんに対して抱き、そして二度と抱きたくないと思った感情を再び芽生えさせないと駄目だと分かってしまったからです。
だから私達は別の方法が無いかと探し、彼が目覚める兆しが無いかと観察をしながら過ごしていたのです。
……例え彼が“クロ・ハートフィールドという記憶と役割を押し付けられた、誰でも無い少年”だったとしても。彼が今を生きる、大切な人には変わりないのですから。
『さようなら。クロ・ハートフィールドの名を植え付けられた、愚かな役者よ』
だが男……カーマインは、躊躇せずに彼を殺そうとします。
お腹を抉り、潰し、抉り、倒し、踏みつけ、踏み躙り、潰し、折り、そして――
『■■■■■』
人の言葉を喋っているはずなのに、私の耳にはひしゃげた意味の分からない音の羅列に聞こえるような、言葉を吐いて彼を殺そうと――
―― ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
そうして私は、二度目の■■が、生まれたのです。
「――――――邪魔」
燃え上がるような感情は無く。粛々と事を成すような、楽しくないと思う沈んだ気持ち。
この世界で生を受けてから身体を自由に動かせるという感覚だけで、悲しい時でも何処かに楽しいという気持ちがある私が初めて感じた、暗い気持ち。
――魔力、暴走。
そして暗い気持ちから来る、相手を潰したい願いを叶えるための道筋も理解した。
禁止されていない暴走行為を自ら起こし、自傷する。それによって体内に巡っていた言霊魔法の魔力に関与して、命令された行動を強制的に消す。
――よし、動ける。
ただ、強化されている言霊魔法の力を消すために思い切り魔力を暴走させたので左腕が折れて骨が皮膚を突き破ったが――まぁ、別に痛くはないから問題無い。痛くは無いというよりは無視できるレベルの痛みというだけではあるが。
「――、――――!」
ああ、どうやら耳も上手く機能しなくなったようだ。恐らく一時的なものではあるだろうが、近くに居たシアンの声が上手く聞き取れない。先程までは彼に向かって叫んでいたけど、顔の向きと表情からして多分私を心配してくれているのだろう。ごめんね、上手く聞き取れなくて。後でなにを言ったか聞かせてね。
「【――、っ!!?」
まずはローシェンナが言霊魔法でなにかを私にしようとしたので、喉を潰して声を出せないようにする。耳が上手く聞き取れないので言霊魔法が効くかは分からないが、先程のように動けなくされると迷惑だし、私の距離からはこの男の方が近いので潰しておく。ついでに腹部も蹴ってしばらく動けなくしておこう。
――次。
次にこの男だ。
距離は5メートル13、この距離なら私は一歩で近付ける。近付いた。引き離し。止めろ。
容赦はするな、躊躇うな。油断をするな、慢心するな。全力を以ってこの男を――
「なるほど、お前はそう来るのか、メアリー・スーよ」
黒い靄越しでも分かるこの面を、笑えなくしてやる。……なんでよりにもよって耳が快復した最初に聞こえる声がコイツの声なんだ。
今の私の身体は先程までとは違い動けるんだ。動けるなら助ける事が出来る。
彼を助ければ後は一緒に脱出する方法を探すだけでいいんだ。そうすれば彼もこれ以上傷付かずに済む。
「不思議な事を言うな、メアリー・スー。この男が生きるという事はお前にとって不都合でしかないだろう」
黙れ。
「それにこの男にとってもそうだ。自分の記憶も存在も偽者などと、自覚を持って生きるという事の辛さは想像に難くないであろう」
喋るな。
「それとも生きていればいつかは幸せになれるとでも言う気か? お前の前世はその願いが叶ったか?」
口を閉じろ。
「多くの人間が幸福な生活を送るために、少数の犠牲が出るのは仕方がないだろう。そんな事も分からない程、お前は子供だとでも言うのか、メアリー・スーよ」
その理屈はよく知っている。だが。
「その言葉は少数の犠牲の立場になってから言え。お前が言ってもただの自分の無能を正当化するための言い訳だろう」
「良い返事だ、メアリー・スー。お前を好きになりそうだ」
ああ、この男は本当に大嫌いだ。




