ろくでもない記憶(:白)
View.メアリー
殿下の耳に届いた言霊。
そしてその内容が私にも聞き取れたという事は、私にも言霊魔法がかかった事を意味します。
出会った時に以前受けた言霊魔法の対策をしていたので、魔法を受けても効果を受ける可能性は低いです。
――っ、頭が……!?
しかし対策が不十分だったのか、あるいは言霊魔法の威力が強まっているのか。もしくはその両方かもしれませんが、私は唐突に攻撃を受けたかのように頭に違和感を覚えます。
「【忘れている事を、思い出せ】」
人は忘却をするものです。忘れている事など枚挙にいとまがなく、この対象の範囲が広すぎるその言霊は、私に一体どのような効果を――
◆
「はぁ、はぁ……これで良いです。良かろうなのですよエクルさん、そしてシルバ君!」
「お疲れ様ですメアリー様。これで学園長先生との交渉は大丈夫そうですね。私も参加出来れば良かったのですけど……」
「エクルさんはまだ入院中なのですから無理は禁物ですよ。こうして交渉の詰め方を見て貰っているだけで十二分に充分です」
「この世界での経験が充分に役に立って嬉しいですよ。……ところで、シルバくんは何故疲れているのかな」
「……メアリーさんと娼館街へ行って……めっちゃ女の人に話しかけられた……」
「可愛い可愛いとモテモテでしたものね、シルバ君」
「あ、なるほど。仕事かなにかで娼館街へ行ったヴァーミリオンくん達を揶揄いに行くのに、シルバくんが巻き込まれたんだね」
「なんで分かるんだよお前」
「メアリー様の事だからね。この通り重傷を負っても、メアリー様に可能な事は常に考えているから分かるのさ!」
「眼鏡キラーンとさせるなよ」
「あと多分だけど、シルバくんは、胸とか押し付けられて顔真っ赤にしてたんじゃないかな?」
「…………。それよりも交渉についてだけど」
「話を逸らしたね。事実だったのかな」
「話を逸らしましたね。事実でしたよ」
「メアリーさん。それ以上僕を揶揄うと、服選びで起きた事をここや皆が居る生徒会で話すよ?」
「ごめんなさい」
「おお、シルバくんがメアリー様を脅しているという珍しい光景だね……なにがあったんだ……ところでシルバくん、交渉でなにか気になる事でもあるのかな?」
「気になる事というか、違和感があるんだよね」
「違和感? もしかして“こういう風に誘導されている”といった感じかな」
「そうじゃないんだ。多分この交渉は上手くいくと思う。僕には考えつかない点を点いているし、相手の行動パターンを呼んだ対策を幾つも用意してある。誘導できるのはこっちの方だと思う」
「ではなにが気になるのかな?」
「……相手が隙を晒し過ぎじゃないかな。なんていうかこれは……」
「これは?」
「相手が僕達の行動に注意する程の、余裕が無いような気がする。まるで別の事に気を取られているような、そんな違和感が――」
◆
――そして私は再び戦闘の渦中に戻されました。時間にすれば刹那の時間。ですが私の中では何故か忘れていた十数分の出来事を思い出していたのです。
――そうです、交渉に行こうとして……
エクルさんのお見舞いをした後、シルバ君とも別れ、「明日交渉しますよ!」と意気込みながら眠り、次の日は実家の倉庫で目が覚めたのです。何故あの時の事を忘れていたのでしょう、これではまるであの時の事が……
「メアちゃん、気をしっかり!」
シアンの言葉でハッとし、私は集中が切れていた意識を戦闘に戻します。
そう、今はローシェンナ君との戦闘が重要なのです。それに殿下へ向けた言霊魔法も気になります。
私よりハッキリと聞き、対策もあまり上手くいっていないだろう殿下が、ローシェンナ君の言葉にどのような効果をもたらしたのかの確認をしないと――
「ぐ、ぅ……研究所に保管されていた俺の顔に改造されたオークの死体……喋るヴァイオレットの頭部……姉と母様に囲まれた風呂……教会の地下へ行ったらエスとエムな器具が勢ぞろい……長々と語られる、幽閉された兄さんのクロ子爵への愛の語り……! 一体なんだこの記憶は……!?」
どうしましょう、ピンポイントに妙な事を思い出しています。殿下がとても苦しんでいます。
「ヴァーミリオンの顔に改造されているオーク……シキに影響を受けて奇行に走る学園生……その対応に追われる私……スマルトに意気地なしと責められる私……くっ、私は情けない男ではない……!」
「ヴァーミリオンの顔に改造されているオークを斬る……長々と語られる、素晴しい刀に込められた少年への熱意……クロ達が騎士団の多くを制圧した日の物陰で父上と母上が……うぐ、唇だけで済んでいるが、やめろ、息子の前でその会話はやめろ……!」
どうしましょう、流れ弾がアッシュ君とシャル君にも効いています。あとヴァーミリオン君顔のオークの記憶強すぎませんか。仕様がない事とは思いますが。そしてシャル君は私の知らない所で親御さんになにがあったのでしょうね……なんとなく想像はつきますがね。
「ふふふ、そのように苦悶するヴァーミリオン殿下も良いですね。さぁ、もっと思い出して孤高なる殿下へと歩んでいくのでグブフォア!」
とりあえずなんかやかましいので、これ以上なにかされる前にローシェンナ君に攻撃しておきましょう。というか殿下の記憶に関しては思い出してもローシェンナ君の望みのヴァーミリオン君にはならない気がしますが……アレですかね。何処かの第二王子のように倒錯し始めたんですかね、この人は。




