馬鹿が捕れたのは短い時間(:白)
View.メアリー
アゼリア学園の裏手には、木々が生い茂る鍛錬場があります。
鍛錬場という名は付いてはいますが、実質ただの山のような森です。一応管理はされていて外部の人は入れないようにされており、モンスターこそでないものの動物や虫は生息し、結構広くて人によっては迷うので不人気の鍛錬場でもあります。
「何故なのでしょうか。動物と虫と触れ合えて、広いなんて冒険感あって良いじゃないですか?」
しかし前の世界から私にはそれが納得できていません。
生い茂る木々! なんか生えているキノコ! 餌を取り合う修羅の如き鳥の巣! 夏場になると沢山湧いて出る虫達! こんな身近に自然を感じる事が出来るスポットだというのに、何故不人気なのでしょうね?
「どう思いますか、アッシュ君」
と、いう疑問を移動中に同じ班になったアッシュ君に聞いてみました。するとアッシュ君は少々困ったような表情で答えます。
「ええと……動物はモンスター程でないにしても場合によっては危害を加えますし、広くて迷うのは精神面的にも厳しいですし……あと、メアリーさんは虫は平気なのですか?」
「錬金魔法の材料にもなりますし、良いたんぱく源になりますし……それに冒険者をするなら切っても切れない存在ですからね。あと虫の種類によっては美味しいですし」
「そうですか、お強い――美味しい?」
毒の心配とか可食部が少なかったりしますが、種類によっては美味しいんですよね、虫。
もう少し知識をつけたら、虫からもう少し大きめの生物にランクアップして前世の知識であるマムシ酒のようなものを作りたいとは思っているんですよね。
「コホン。世の中には虫が苦手、土を触るのが苦手、といったヒトも居ますし、その逆もしかりです」
「むぅ、つまり大多数が私が良い点として挙げた点が、苦手とする人が多いという事なのですね……」
「そういう事ですね。……嫌ですか?」
「? いえ、仕様がない事だと思いますよ。万人に愛されるとか、反対意見を認めないとか、それは相手の個性を否定する事ですし。もちろん私が好きな点は一緒に好きと言って貰えた方が嬉しいですがね」
「……そうですか。ところでええと、ところでメアリーさんはもう既に冒険者稼業をされているので?」
「ええ、六歳から自分で稼ぐ必要があったので」
「それは……大変なご家庭だったのですね」
……なんだか勘違いされているような気もしますが、まぁいいでしょう。稼ぐ必要があったのは私が親に見捨てられたからと言いますか、「冒険者稼業でお金を稼いで皆に安心を!」みたいな感じで親の忠告を無視して働いていただけではあるのですが。
「スー、その頃からまさか戦場に身を置いていたというのか?」
と、会話をしていると同じ班のシャル君が興味深そうに聞いてきました。恐らくですが、私の強さの秘訣を探ろうとしているように見えます。
「ふふ、戦場という程のモノでは無いですよ。まぁそういった過去があるので、実戦の戦闘経験は私の方に一日の長はあるとは思いますが」
「……そうか」
ちょっと出身地の周辺に現れた危険なモンスターを片っ端から片付けていたくらいです。ワイバーンとかフェンリルとか。討伐するたびに段々と街の人達が私を見る目が変わっていったのを覚えています。そして流石に三ヶ月くらい家に帰らずにモンスターの隙を伺っていたり戦い続けていたりしたら、見捨てられたりもしましたがね。
「お前達、静かにしろ。そろそろ学園長先生が説明を始めるぞ」
と、私がシャル君に昔の事を話していると、目的地の場所についたので同じく班員の殿下に注意をされました。確かに気が付けば周囲も静かになり始めていますね。殿下に言われた通り、お口チャックです。
「さぁて、愛する私の生徒達。今回無理に場所と授業内容を変えた理由は簡単だ。次なる試験のための実験をしたいんだよ」
そして生徒達が静まった後、学園長先生は私達を此処に移動させた理由や、護身符の効果を持つ新しい実験の内容を説明し始めました。
……やはりこれはおかしな状況ですね。このような効果を持つ実験や試作品など、私の知る範囲では無いというのに……やはりなにか仕掛けて来ているようですね。
その護身符の新しい効果を持つ実験を、場合によっては解明、そして中止に追い込むのも一つの手段として考えておいた方が良いかもしれません。
そう思いつつ、私は開発されたという護身符の代わりの物を確認しようと、学園長先生に注目をします。そして彼が取り出したのは――
「それがこれ。【時空断絶装置】だ」
――何処となく、よく知っている人が作るセンスとよく似た扉でした。
…………い、いえ。まだ結論を出すのは早いです。
まだあの扉が黒幕的な存在が作りだした怪しい実験品の可能性もあるはずです。
「安心すると良い。見た目はこんなだが、この見た目に意味は無い。これはこの扉を作った者の趣味でね」
「趣味、ですか?」
「作ったのはゴルドという私の友なんだけど、“別にこんな風にしなくても効果は得られるけど、こっちの方が使う輩がビビるだろうからこうするぜ!”とか言ってこんな風になった」
『あの馬鹿師匠!』
道理であの師匠――馬鹿師匠が学園に居る訳ですよ! 絶対このろくでもない代物を置きに来たついでに、「お、弟子が二人も居るし、TSしちゃったから驚かせるZE!」的なノリで昨日来ていたんでしょう! 仕掛ける云々言っていたのは、この扉の事を知っていたからあんな意味深な言葉で言っていたんでしょう!
「あの馬鹿師匠……初恋拗らせた馬鹿師匠め……!」
「お、おーい。メアちゃん、落ち着いて。ね?」
「大丈夫ですよシアン。今度会った時にあの馬鹿師匠に全力の成長した私の魔法をぶつけるだけです」
「落ち着いてね」
ちなみに次に会ったのがこの世界から脱出した後の馬鹿師匠でも同じ事をします。八つ当たりですって? ええ、もちろんそうですとも。
ですが今は同じ班のシアンに言われたように落ち着きましょう。この怒りは一旦鎮めて、次会った時のためにとっておくのです。
――ですが、何故あのようなモノを作ったのでしょうね。
あの師匠であれば今学園長先生が説明しているような、護身符の効果を持つ範囲を作り出すとかは出来そうではあります。ですが、気まぐれで事をなすあの師匠が、友という学園長先生にあのような物を作って贈ったのかが、謎ですね。
「おっと、最初はヴァーミリオン君か。君が最初に行くのかな」
「そのつもりです」
と、私が悩んでいる内に殿下が最初にあの扉を潜ろうとしていました。
……本当は私が最初に潜るべきなのでしょうが、今から殿下を押しのけて潜る訳にも行きませんし、同じ班という理由で殿下に続いて潜る事にしましょう。そしてその際に扉や周囲になにか不審な目で私達を見る者がいないかを確認するとしましょうか。
「ところでさ、メアちゃん。聞きたい事があるんだけど」
「どうかしましたか、シアン?」
「……殿下がクロとシル君の事めっちゃ見てたけど、もしかして二人って恋慕のゴタゴタに巻き込まれた感じ?」
「多分クロさんの方だけだと思いますよ」
「え、なに。クロってなにか悪い事でもしたの?」
「してないから巻き込まれたんでしょうね……」




