愛は怖い
『クロ・ハートフィールド、ああ、クロ・ハートフィールド!!!』
攻撃を俺だけに絞っては居るものの、攻撃の範囲が広いため、余波で周囲の皆も巻き込みかねない迫りくる悪魔のようなソレは、俺の名を叫んでいた。
男の声だが、生憎とこのような男は知らない。まるで加工が入ったかのように聞き取り辛いため分からないだけかもしれないが……
『俺にお前の表情を愛させろ、クロ・ハートフィールド!!!』
「うるせぇ!」
……生憎と、こんな事を叫ぶ男に記憶はない。というかあっても困る。
――ちくしょうめ、これがモテ期ってやつか!
前世では異性の友人は多くとも、恋人がいた事は無い。女性経験がないまま一度目の生を終えたような男であり、モテるとは縁遠い人生だった。
今世でも同様だ。一応貴族であるためなにかとパーティーやお茶会にお邪魔しては異性と話す事は多かったが、モテた試しは一度もない。
だが最近の俺はどうだ。全裸女性に、姉を名乗るお姉さんに、そして今回の愛させてくれと叫ぶ謎の悪魔的男性。ははっ、一気に三人に迫られるなんてモテ期と言っても過言じゃ無いな! 持てる男は辛いというが、まさか俺がそれを味わうとはな!
『クロ・ハートフィールドォ!!!』
「うるさいって言っているだろうが!」
なんて、冗談で現実逃避をしている場合ではない。
この悪魔のような男は俺の名を叫び攻撃する程に、俺に執着している。ならばその執着を利用して立ち回り――
「【初級浄化魔法】!」
『■■■!!?』
周囲の皆が有効に立ち回れるように動けば良い。
浄化魔法の呪文を唱え終えたスカイさんは、攻撃の仕草で止まった瞬間を狙い浄化魔法を叩き込む。
初級とはいえ浄化魔法。もしこの男が呪われた力でこのような姿になっているのならば、浄化はしきれなくてもなんらかのアクションを起こすはずだ。怯むか、一瞬でも靄が晴れるか、苦しみだすか。反応を見逃すまいと俺は回避の準備をしつつ悪魔のような男を観察する。
『こんなものが俺のクロ・ハートフィールドへの愛に効くかぁ!』
効けや。
そう突っ込みたくなる衝動を抑え込み、この悪魔のような男は突然の魔法には驚きつつも効かず、すぐに攻撃を再開してきたので俺は再び回避行動に移行する。
「ごめんなさい、私の浄化魔法の腕前では浄化しきれないようです!」
「いや、あれは浄化魔法の腕前関係無しに効かない存在っぽいよ。クー君になんか叫んでいる声に苦悶の変化がないし!」
正しくは俺への愛は浄化されるような淀みがない、と叫んでいるような感じなんだが、そこは言わないでおこう。というか言う余裕がない。なにせ段々と俺への動きに対応しきって、嫌な攻撃をして来る。これが愛の賜物というやつか。怖いな、愛。
「では基本魔法での攻撃か捕縛を優先した方が良いようだ。あるいは――」
「分かってるってヴァイオレットちゃん、私に任せて!」
「任せたぞ!」
と、緊急時のためちゃん付けに対して突っ込まないヴァイオレット嬢とクリームヒルトの会話を聞き、クリームヒルトの動きを横目で見てなにをするかを把握する。
この悪魔のような男を魔法で攻撃するのと同時に、物理的にも攻撃を仕掛ける。そのための適任がクリームヒルトという話だ。先程事件の破片を繋げて岩塊にしたように、錬金魔法で作った物で奴を閉じ込めたり攻撃したりするという事だろう。
であれば俺がするべき行動は、クリームヒルトから意識を逸らして、罠にはめ込むための動きをすれば良い。
『クロ・ハートフィールド……クロ・ハートフィールド……!!』
「さっきからうるさいぞ悪魔のような男。そんなに俺――クロ・ハートフィールドが大好きか」
という訳でまずは煽るとしよう。
周囲には何故か言葉が理解できていないようではあるのだが、なんか叫んでいる存在が俺を狙っている、という事実は認識している。だからこの言葉もそこまでおかしくは無いだろう。
『な、に……お前を……?』
しかし予想外だったのは相手の反応だ。
攻撃の手は緩めない。しかし俺の発言に反応し、疑問符を浮かべている。
――会話が出来る?
先程から一方的に愛を叫ぶが俺の名を叫ぶだけであったのに、今は確実に俺の言葉に反応した。理由は分からない。だが、会話が出来る芽が出たのならば会話を試みるのも現状を打破できる手段だ。
会話を――
『俺が私が僕が我が拙がクロ・ハートフィールドが大好きかだと!? 巫山戯た事を抜かすな、愛しているに決まっているだろう!』
ちくしょう会話をしたくない。本当になんなんだコイツは。
見た目はザ・闇魔法関連の男、という感じなのに使ってくる技は地属性の技であるし、何処となく動きも洗練されている。この動きは実戦というよりは貴族が習うような武術の類だし、本当に良く分からない。
『オレがワタシがボクがワレがセツが愛するのはクロ・ハートフィールドの歪んだ表情! 最高に絶望した表情を、俺はなによりも愛しているんだ!』
というか分かりたくない。なんだよコイツ。愛しているのに苦しめたいとか倒錯し過ぎているぞ。
これは会話は出来ても意味が無いな。そう判断した俺は、動きだけで時間稼ぎをしようと思い。
『だからこそ――』
そう思った瞬間が、隙になるとは気づかずに。
『――■■■■■』
気が付けば悪魔のような男の手は、俺の腹部へと刺さっていた。




