突拍子は無いが、信じられる事
夢魔法。
それはとても簡単に言えば、夢を現実世界に持ってくる魔法との事だ。
俺からすれば魔法そのものが夢を現実に顕現させていると思うのだが、この夢魔法は他の魔法と毛色が違うらしい。
阿頼耶と呼ばれる人々の無意識が蓄積した深層心理空間と繋がり、そこから必要な情報を読み取って現実空間に心理という名の夢を侵食させていく魔法。
……実際はもう少し複雑怪奇な理屈があるそうなのだが、深くは解明されていないし、そもそも説明を受けても俺の頭では上手く理解出来なかった。
ともかく、使い方によっては相手に夢を見せ続けたり、自身の妄想を現実で満たしたり、あった事をなかった事に出来る様な、使い方次第で使い手による都合の良いあらゆる改変が可能な危険な魔法だそうだ。
「夢魔法が今この世界に使われている魔法である、と?」
「そうだ」
そんな危険な魔法が、クチナシ様曰く今の王国……どころか、世界全体を覆っているそうだ。
さらに言うなれば、「約一年時が遡っている」との事。この一年で起きた事が一部の者を除いて記憶を忘れた状態で、再び時が動き始めたそうである。身体や世界の地理状況なども戻っているので、世界の人々がタイムリープしたと言った方が正しいかもしれない。
「夢魔法の影響で、それぞれが一年前の……私達の学園の入学式辺りの状況に戻された訳ですか、クチナシ義姉様?」
「うむ、その通りだヴァイオレット。気が付けば私は去年の今頃に居た帝国の首都に居てな。混乱の最中情報収集をし、夢魔法と結論付けた私は夢魔法の反応が強い王国の首都に向かった訳だ」
なお、何故発生源が分かったのかは、かつてクチナシ様がこの魔法を使用した故に“分かってしまった”かららしい。細かな理屈は置いておき、それ以外に言いようがないとの事だ。
「トウメイ様は夢魔法の事を御存知だったのです? 知っていたからこそクロ様を頼りにここまで来られて……あ、だから私め達の事を何処かご存じのような感じだったのですか?」
「まぁね。あと、夢魔法については少しだけ。彼女ほど確信が無いから色々調べたかった訳。私は彼女と違っていきなり戦いの渦中に放り出されたからね」
「戦いの渦中ですか。モンスター討伐などをされていたのですか?」
「私は去年の今頃という時の概念は曖昧だったけど、まぁちょっと強敵に対し“うぉりゃー!”ってやってたんだよ」
うぉりゃー、は分からないが、俺と会った昨日がその戦いから脱出してようやく来れた、って感じだったもんな、トウメイさんは。しかし王都の近くでそんな大規模な戦いなどあっただろうか。それにこんな格好の女性が戦えば、嫌でも噂に……ん?
「あの、先程帝国の首都に居られたと仰いましたよね?」
「うむ、そうだな」
「戻ったのが俺達が入学式の頃という事は、おおよそ十五日程度です。……どのようにこの学園まで来られたので?」
王国の空間歪曲石でも使えば簡単に移動できるが、居たのは石の無い帝国であるし、王都で夢魔法の反応を感じたのならば下手に空間歪曲意志も使えまい。そうなると馬車などで来た事になるだろうが……国を跨ぐ手続きとか考えると、来るのが早くないだろうか?
「もちろん走ってだが」
「はい?」
「馬車は遅いからな。早馬も使ったが、基本はショートカットがしやすい己が脚だ。もちろん入国管理などの手続きは面倒だから、不法出国だ」
『…………』
「おお、クチナシ様は凄いのですね! 帝国の首都から王都まで軽く見積もっても4000kmはあるのに……凄まじい健脚です!」
「ふふ、そうだろうそうだろう。グレイは素直に褒めてくれて気持ちが良いな!」
ええと、4000kmを15日だから……大体一日270kmを走って……しかも不法に出るために人目を忍んで――よし、聞かなかった事にしよう!
――しかし、夢魔法、か。
……夢魔法など聞いた事が無いし、あまりにも突拍子もない話ではある。こんな説明を聞いて納得する者など、頭がおかしな人しかいないだろう。
「……なるほど、信じ難い話ですが、信じます」
「……ハートフィールド。貴殿は……」
「仰りたい事は分かります。ですが、クチナシ様の表情に、」
「クチナシ義姉さんだ」
「……クチナシ義姉さんの表情に嘘は感じられませんし、最近感じる違和感を考えると、どうしても納得してしまうんです」
思い出せそうで思い出せない。既視感や既知感とはちょっと違う、理解しているはずなのに見逃している感覚。……まるで夢の中に居るような感覚は、ここ最近の俺は何処となく感じられていたのである。突拍子もない事もこの感覚を思えば納得できてしまうのである。
「つまりハートフィールドは、忘れた一年間でこの格好のトウメイと知り合いになり、クチナシ義姉様を姉と呼び合うような関係性になる、と?」
「……未来ってよく分からない事が多いですし、さもありなんです」
……まぁその事については信じられないが、そういう事もあるだろう。あとその理屈で言うとヴァイオレット嬢もトウメイさんと仲良くなっている事になるんだけどな。
「というか、クチナシさ――義姉様を姉呼ばわりするって事は、もしかして俺ってクチナシ義姉様の妹君などと婚姻をするのです?」
というか、俺の忘れた記憶で気になるとすればそこである。
クチナシ様が嫁ぐ前の彼女の実家は、バレンタイン公爵家と結ぶような高貴な家であろう。とてもではないが俺のハートフィールド家とは家格が釣り合わない。そんな家と結ばれる未来が思い浮かばないのだが……
「まぁそうだな。夫婦仲睦まじく、幸せに暮らしていたよ。私は見てはいないが、グレイやアプリコットを家に迎え入れた状態でな」
む、それならば個人的にはとても嬉しい。どう結ばれたかは分からないが、結婚という物に良いイメージが無い俺が夫婦で仲良くやれているというのは本当に嬉しい事である。
「? クチナシ義姉様、妹君などおりましたか?」
「え」
あれ、どういう事だろう。ヴァイオレット嬢の言い方だと、クチナシ様に俺と結ばれるような女性は、彼女の実家には居ないという事だが……?
「居たんだよ。精神的に未熟ではあるが、お互いに支え合えるような私の妹がな」
「は、はぁ。そうですか」
「……まぁ、それはともかく。そんな義妹達の幸せな結婚生活のためにも、この狂った夢魔法を解きたい訳だ。協力してくれるか?」
「はい、もちろんです」
俺の未来の幸せな結婚生活はともかく、そんな魔法がこの世界に広がっていると言うならば解く協力はしたい。そうすれば俺のもどかしい違和感の解消にも一役――
“目が覚めるのは辛い事でも、早く覚まさないと大変な事になっちゃうからね”
……大丈夫だ。
あのマゼンタさんの言葉など、今は思いだす必要はない。……大丈夫なんだ。
「私めも協力いたします。クロ様の夫婦生活を見たい……いえ、思い出したいです!」
「……我に協力出来る事ならば、協力いたしましょう」
「……にわかには信じがたいですが、同じく私に協力出来る事ならば協力いたします、義姉様」
どうやらアプリコットとヴァイオレット嬢は、夢魔法の話をあまり信じ切れていないようである。
グレイは……とにかく俺が誰かと結ばれるという事実を素直に喜んでいるようである。可愛い。癒される。
「では早速夢魔法を解くために――」
信じる信じないは各々が判断するとして、なにを俺達に言うのかと身構えると、クチナシ様は俺達に告げた。
「……走って流石に凄く疲れたから、休む場所をくれないか」
……うん、そうだね。




