仕様がないよ、思春期だもの
「俺は――」
そう、俺は。
「……クロという名の準男爵家の三男で、今学園に通っているのは十五年程前に母がお腹を痛めて産んでくれたからですよ」
トウメイという名の女性の、俺の疑問に対する答えが分かるという問いに、俺はそれ以外に答えようがない。生憎と俺は気が付けばこの世界に前世の記憶を持った状態で生を受けていたし、同じ年齢だったのは俺の意志でどうにか出来るものでもない。
「……そっか。それが今の君の答えか」
そんな俺の答えに対し、トウメイさんは俺をなにか別のモノを見るように見ながら答えた。
「じゃあこれ以上は私も答えようがないかな」
「つまり俺の疑問には答えない、と」
「ははは、そうなっちゃうね。悪いけど私も今の状況を全て理解している訳でもないし、調査したてで偶然君を見つけただけだからねー。それで、どうするの?」
「どうする、とは」
「私は今なにかをしようものなら、する前に力で捻じ伏せられるような状況だ。私の生殺与奪は君に預けられている訳だけど、なにも答えないこの不審者をどうするのかな?」
「…………」
どうする、と言われてもどうするべきか。
トウメイさんに敵意が無いようには感じ取れるが、このまま解放するのも憚れる状況だ。かといって聞きたい事を聞こうにも、俺は尋問のスキルなんてないし、口も上手くない。一番は誰かを呼んで彼女を然るべき所に引き渡すのが良いのだろうけど……それをするのは良くないと、俺の彼女に対する勘が告げている。それをしてしまえば、俺は疑問の答えを得るチャンスを逃してしまうような感じがするのだ。
「あ、それともこのまま私の身体を堪能しちゃう? 今の私は解法の力が弱まっているから身体とか触れるし、美貌と美体の虜になった君は私に恋力をぶつけられちゃうんだぜ? きゃー、私は穢されちゃうし、君を穢しちゃうのかな!」
なんだろう、この人に対して真面目に対応するのが馬鹿らしくなってくる。
「……生憎と俺は無理矢理とか、お互いを知らないまま事に及ぶのは大嫌いなのでしませんよ」
というかなんとなくだけど、仮に彼女に対してそういう事をしようものなら、なんか俺が弾け飛びそうな気がする。物理的に。
「ははは、そっか。君はそういう子だもんね」
「…………」
トウメイさんは俺の言葉に対し、「君はそういう性格だからそう答えるに決まっているよね」と、こちらの性格を分かっているように無邪気に笑った。
その笑顔は暗闇でも分かるほどには幻想的であり、見惚れる様な美しさがあった。
――……というか、改めて思うがヤバいなこの状況。
その美しさにちょっとドキリとした後、俺は今の状況を思い返した。……思い返してしまった。
俺は現在トウメイさんを、俺のベッドの上でうつぶせ状態で抑えつけている。そして彼女の格好は全裸である。先程の彼女の言葉を信じるならば、彼女は服を着る事が出来ないが故の格好らしい。
また、抑えつける際には彼女の手首を掴んで、身体は体重を乗せて動けないようにして…………まぁ、ようするに、俺は全裸の女性をベッドの上で組み伏せて馬乗りになっている訳なのだ。
一応不審者である彼女の動きを封じている訳ではあるのだが、この状況は……
――え、どうしようこの状況。
俺は先程とは違う、これからどうしようかという思考をした。……してしまった。
俺は過ごした年齢で言えば四十年近く生きているが、肉体は十五歳の健康的な身体を持つ少年だ。
そして前世では妹とワンルームで過ごしていたり、女性の同級生や同僚が居たとはとはいえ、二十五年間誰と付き合う事無く生を終えたのだ。女性と遊ぶという事もしなかったので、当然と言うべきか俺は異性の身体に触れた事は無い。
仕事で触れた事はあるが、しっかりと触れたと言えば前世や今世の妹と風呂に入って身体を洗ったくらいだ。それも幼少期の頃なので、今のような……成人女性の身体を色々と密着させる機会なんてまずなかった。
……そんな俺が、今、裸の女性に馬乗りになっている。
…………どうしよう。なんだか今更になってこの状況に俺は――
「クロ様、起きておいででしょうか?」
「ア、アプリコット!?」
と、そんな時ノックの音と外からアプリコットの声が聞こえて来た。
この貴族が入寮している寮は、内外の防音はそれなりに機能するが、あくまでもそれなり程度だ。
例えば部屋で大声を出せば外にも聞こえるし、廊下から呼びかければ今のように声も聞こえてくる訳なのだが……な、なんでこの状況にアプリコットが!?
「ど、どうしたんだ。帰ったんじゃなかったのか?」
「はい、そうでしたがクロ様が根を詰めて明日に影響が有ってはいけないと思い、様子を確認しに来ました」
「それは殊勝な事ですわね!」
「何故お嬢様口調なのです?」
なるほど、アプリコットが来た理由は理解した。なんとも主人想いの従者で俺は嬉しい。嬉しいが、この状況で来て欲しくは無かった。
いや、別に困った事ではないはずだ。むしろ丁度良いと言えよう。このままあアプリコットに中に入って貰い、状況を説明して彼女がなにかしないように魔法で拘束とかして貰えばいいんだ。
なにせアプリコットは魔法能力に関しては既にアゼリア学園でもトップクラスといえる子だ。彼女に任せれば、トウメイさんの対応も――
「おや、アプリコットが来たのか? だがどうやら君の従者をやっているんだね?」
「う、動くな!」
「え、あ、う、うん。分かったよ、ゴメンね。ちょっと声を聴こうと体勢を変えようとしただけで、逃げようとした訳では無いんだ」
それなら良い。いや、良くない。
抑えつけている状態で体勢を変えようとすれば当然抑えつけている俺にも動きが伝わり、そのせいで俺が乗っかっている彼女の臀部部分の柔らかさが伝わって来て――落ち着け俺、思春期か! 思春期だな、身体は! 女性免疫のない、な!
「え、あ、は、はい。我はここで動かなければ良いのでしょうか?」
「そうだ。いや、そうじゃないが、そんな事も無いからそのままでいてくれ」
「どっちです」
いかん、扉の前に居るアプリコットに動くなという言葉だけ伝わったようだ。そして俺もなにがどうすれば良いか分からなくなっているようである。
落ち着け俺。落ち着いて対処すればこの状況を乗り切ってトウメイさんに対して色々質問出来る訳で、柔らかさとかふにふにとかなめらかとかも解決する訳で、先程彼女が動いた事による潰れた胸部が形を変えて見える部分が――
「ふぐぅ!」
「え、し、舌を噛んだ? 何故……!?」
「自己鍛錬ですよ、トウメイさん」
「そんな鍛錬やめてしまいなさい」
落ち着け俺の煩悩。異性を不埒な目で見てしまったら右眼を抉り出さないと駄目になってしまうぞ。だから落ち着いて舌を噛んで冷静さを取り戻すんだ。
「あの、クロ様。入ってもよろしいでしょうか?」
いかん、このままでは変な感情を抱いている上に、場合によっては女性に乱暴をしていると見られるこの状況をアプリコットに見られてしまう。
いや、大丈夫だ。この部屋には鍵が付いているし、許可なく鍵を開けて入るような真似をする事は――
「あれ、開いてる? ……失礼しますね、クロ様?」
……そういえば廊下の様子を確認して、振り返ったらトウメイさんが居たんだっけ。鍵かけてなかったという訳だな、俺。
「あの、クロ様。何処かお身体でも――」
と、心配したアプリコットが部屋に入り、様子を確認しようと明かりを点けたところで。
「…………」
「…………」
「やっほー、アプリコット。従者の服が似合ってるね!」
アプリコットとバッチリ、目が合った。
互いの間には無言の時が流れ、トウメイさんは空気を読まないように知り合いに会ったかのような気軽さで挨拶をした。
「……うん、同意による行為ですね。おめでとうございます。では我はこれで」
「何処をどう見てそう判断した!? あ、待って、帰ろうとしないで!」
アプリコットが冷静に帰ろうとしたので、俺は取り押さえた体勢のまま呼び止めたのであった。




