ロックオン!
「ぜぇ、はぁ……怖かった、なんなのあの先輩、なんで腕が飛んで中から生身の腕が出て来るの……!」
前世で言う所のロボ兵みたいな先輩との戦いは怖かった。
ロケットパンチみたいに手を飛ばしてくると思ったら、何故か飛び出た後に生身の手があるし(後で知ったがあの義手は腕を覆っている義手らしい)、その生身の手で握った刀……というか鎌みたいな武器は命を刈り取る形をしているので、護身符があっても概念的に殺されそうで怖かった。
しかも「フゥーハハハ!」とか笑い声は上げるし、武器を振るった後は地形が抉れるし、武器に魔法付与すると炎が巻き起こるし(アプリコットが目を輝かせてた)で本当に戦うのが怖いし戦い辛かった。
なんとか自分の戦いに持ち込む事が出来たので勝つ事はできたものの、出来ればあの先輩とは戦いたくない。……戦った後にニッコリ笑顔で「負けたがお前は良い輝きだったぞ!」と握手を求められたので、多分今後の学園生活で関わりを持ちそうではあるが。
「だ、大丈夫ですか? ドリンク貰ってきましたけど、飲めますかハートフィールドさん?」
そんな戦いを終えて新入生代表側に戻って来た俺の様子を見て、唯一心配してくれたのは新入生代表で唯一の女性であるスカイ・シニストラさんであった。
――確か……あの乙女ゲームでも出て来たキャラの子だったよな。
スカイ・シニストラ。攻略対象であるシャトルーズ・カルヴィンの幼馴染にして第四王子護衛をやる事もある女騎士候補。ルートによっては彼女と遠い地で店を開く、なんてルートもあるような子。“あの子”が悪役令嬢なら、スカイさんは敵というより己を高め合うライバル令嬢と言った所の子だ。
「ありがとうございます、シニストラ卿。頂きますね」
「どういたしまして。ゆっくり飲んでくださいね?」
ふぅ、しかし他の連中は精々「運動能力に関しては流石は新入生代表に選ばれるだけはある」と見ているくらいであるのに、心配をしてくれるスカイさんは優しいな。怖がっている俺を「情けない」と思うよりは「気持ちは分かる」というように心配だけしてくれているし、他の連中が他の連中だけに優しさが身に染みる。
「戦いの最中も怖がり、今も震えるなど情けない男だな」
「シャル!」
……こんな風に喧嘩売ってんのかと言いたくなる様な事をわざわざ言って来るからな、他の連中は。喧嘩売るなら買うぞこの侍騎士め。幼馴染のスカイさん以外の女性の名前を呼ぶのは恥ずかしくて出来ないとか吹聴すんぞ。
「生憎と私はいつだって戦いが怖いもので。そんな中未知の相手をすれば怖くもなりますよ」
まぁ未知じゃ無くても怖いけどな、あの先輩。今にあの機械マスクから毒霧とか放ちそうだし。
「そのような優れた武道の才を持ちながら、精神が追い付いていないようだな」
「ああ、もうごめんなさい、この馬鹿は言葉が下手で。賞賛したいのに素直にならない奴で……」
「……適当な事を言うなスカイ。アゼリア学園の生徒として情けないこの男に叱責しているだけだ」
「シャル!」
「別に大丈夫ですよ、シニストラ卿。情けないのはその通りですから」
スカイさんは俺のために……というのもあるが、シャトルーズのやつがこのような話し方で孤立するのを心配している、という感じなんだろう。……なんか色々と苦労性っぽいな、スカイさんは。あの乙女ゲームでも実家が没落したり、幼馴染をフォローしたりとそんな感じだったしな。
「ふん、馬鹿にされてへらへらしているなど……そのような心構えでは武の道を極めきる事は出来ん。才も自覚せねば宝の持ち腐れになるぞ」
「シャ――」
「極めきるなんて出来ないですよ。どんな道も果てなんてないんですから」
「……なに?」
「極めきるとか極めたとか、そんな事出来ませんから。出来るのは精々昨日の自分より良い自分を目指すくらいですからね」
魔法はともかく体術では優れていると褒めてはくれているんだろうが、“そこ”は認めてはならない事だ。
どんな道も“極めた”なんてないし、そう思うのは単に自分の才能がそれ以上を認識出来ないから思うだけのただの勘違いだろう。
俺はそれを前世の才能を遺憾なく発揮する友人達で学んだ。アイツら止まる事を知らない暴走特急なんだもの。どんどん上を行きやがるし、俺が尊敬する巨匠ですら道半ばとか言うからなぁ。どんな道でも極めたとか極めきるとかある訳がない。
――そういえば、前世の妹にも似たような事を言ったな。
俺と違って才能の塊でなんでもすぐに上位をとる前世の妹である白。その才能ゆえに同世代に張り合う相手が居なくて「極めた!」とか冗談交じりに言うアイツにそう言ったっけか。懐かしいなぁ。……俺が死んだ後も元気にしてればいいんだけどな、白のやつ。
「ふん、昨日の自分よりも、か。具体的な目標も無い曖昧な感想で何処まで誤魔化せるか見物だな」
俺が前世の妹について思いを馳せていると、シャトルーズはそんな事を言って俺から離れて行った。……結局アイツは俺に発破をかけたくてわざわざ話に来たんだろうか。だとしたらまぁ……悪い奴ではないし、仲良くはなれそうである。
「本当にごめんなさい、ハートフィールドさん。アイツも悪い奴じゃないんで、嫌わないでやってください」
「はい、分かりました。同じ学園に通うんですから、シニストラ卿共々これからもよろしくお願いします」
「スカイで良いですよ。私も……クロ君と呼ぶので」
「ではスカイ卿で。敬称に関してはおいおいで」
スカイさんとそのような会話をすると、スカイさんは次の対戦メンバーとして呼ばれたので礼をしてから対戦の場へと向かって行った。……彼女とも仲良くなれれば良いのだが。あんないい子がシナリオ通りに家が没落、とか可哀想がすぎる。
下手にシナリオに関わらない方が良いんだろうが、回避が出来るのなら回避はしたいと思いもする。ルートによっては少しどうにか出来ないかと足掻くのも良いかもしれない。
――と、そういえば主人公は、と。
そういえば主人公を探すのを忘れてた。
観客席に居る主人公が見つかれば、戦いを見る表情から誰に好意を抱くかとか予想できるかもしれないし、早く見つけなくてはいけないな。
――ええと、金髪のフワッとした長い髪に小柄な白制服、と。
金色に近い髪に透明に近い目の色で、白の制服を身に纏った、何処か守ってあげたくなる子。あと、胸が小さくてセクシーというよりは可愛いという表現が似合うような彼女は、一体誰に興味を持っているのだろう――
「じーっ………………………………」
…………
――………めっちゃ、こっち見てる。
件の主人公はすぐに見つかった。なにせ少し離れた位置にいるものの、めっちゃ俺の方を見ているからだ。戦いなんてそっちのけでめっちゃこっち見てる。……なんで?
俺はその視線に気付かないふりをしつつ、戦いを観戦する事にした。何故気付かないふりをしたかというと、目が合ったらなんか変な事が起きるような気がしたからだ。ええと、つまり……
――俺、なんかやっちゃった……?
……もしかして俺、主人公とフラグを立てたとか……ないよな? ……ないよね?




