身に覚えがないが何故か
「んじゃ、ちょっと前に出て来るから、主人の権力に負ける姿を目に焼き付けておけ」
「それは目に焼き付けるべきではないのではないだろうか、クロさん。というか相手は貴族である事が確定した訳でもあるまい」
「どっちかというと新入生代表だよ。……そいつらのご機嫌を伺わ無いと駄目なんだ」
「?」
新入生代表側、その中の戦闘能力トップクラスの四名である攻略対象達。彼らはとても面倒な性格……というか拗らせている所がある。
ヴァーミリオン・ランドルフ第三王子は実は王妃の子ではない不義の子(多分国王の妹との子)という家庭事情から幼馴染と第二王女以外に心を開かない孤高な王子。
アッシュ・オースティン公爵子息はそんなヴァーミリオン殿下の補助をするために私刑とのような形で生かさず殺さずな粛清まがいをする、いつでも“自分”が切られても良いような行為をする腹黒。
シャトルーズ・カルヴィン子爵子息は騎士としての道を邁進するために、遊びが少なく、自他共に厳しく、強くなり切れない自分に腹を立てており、余暇や遊びを見下す様な気真面目。
シルバ・セイフライドは自分の中の特別な魔力を疎み、他者を一切信じないように擦れている。貴族が話しかけただけでも睨み返す様な、周囲全てを敵と思っているような切れたナイフのような少年である。
――うん、面倒だ!
あの乙女ゲームでは彼ら(+上級生攻略対象一名_比較的穏やか)に対し主人公が触れ合う事で悩みとか性格が改善する訳なのであるが、本編開始前の今はそれはもう面倒なことこの上ない相手なのである!
はは、変に目を付けられないようにしないとな! ……今ここに呼ばれた時点でもう遅いかもしれないが。
「ま、頑張って来るよ。お前達は闘技場上の観客席で雄姿を眺めるか、慰め用の言葉でも探しておいてくれ」
「そこは前者だけに留めて欲しかったが……コホン、ともかく頑張ってくださいクロ様」
「おう、ありがとうなアプリコット。じゃあグレイも応援よろしく」
「はい、頑張ってくださいねクロ様!」
ああ、本当に癒されるなぁグレイは。昔と比べると性格も明るくなったし、素直で良い子であり流石は俺の■■だ。この子の前では頑張らないとな、と思わずにはいられない。
――さて、頑張るとしますかね……と、その前に主人公が居ないか探しておくか。
新入生とその従者集団は闘技場の観客席へと移動し、呼ばれた俺達代表はこの場に残って戦う準備をする。そしてあの乙女ゲームだとこの時点で主人公は新入生代表としては呼ばれてはいないので、観客席へと移動する訳である。
名前はデフォルトネームが無いので分からないが、姿形は覚えているのでここで見つける事が出来れば、戦いの最中で特に誰を注視して見るかが分かればどのルートに行くかの検討をつける事が可能かも――
「クロさん!!」
「うおっと!?」
そして観客席へと移動する集団からちょっと離れて主人公を探そうとすると、急に背後から腕を引っ張られつつ名前を呼ばれた。
な、何事だ!? 声からして女子生徒のようだが、貴族友達のマルーンや平民友達のテラコッタでもないし、聞き覚えの無い声だ。一体誰が俺の名を呼んだと思いつつ、声の方向を見ると……
「ええっと、急になんの御用でしょうか? はじめまして……ですよね?」
そこに居たのは、とても綺麗な女性であった。
平民用の白い制服に身を包み、身長は女性としては高めの170程度。前世で言う所のモデルのような、全体的に引き締まっていて出る所はほどよく出ている美しい体型。
金色の長い髪は、絵に描いたように輝いてサラサラとしている。赤い瞳は宝石の如く澄んでいて深くて惹きこまれるような瞳だ。
また、肌もキメ細やかで白く、顔も見た人のほとんどが整っていると評する事が出来る顔だ。
……ようするにスペックが高い、一度見たら忘れる事が無いような絶世の美少女な訳だが、生憎と俺は彼女に見覚えがない。
そんな彼女に名前を呼ばれて腕まで掴まれている訳だが……何故だろう。名前は先程呼ばれたから分かったとしても、名前を呼ばれただけだから、俺がクロ・ハートフィールドというのは知っていないと分からないと思うんだが……?
「あ、えっと……私に覚えは……ない、でしょうか?」
俺に声をかけた時は何処か驚きと期待に満ちた表情だった彼女は、俺の反応にみるみる消沈していきそんな事を問いかけて来た。
え、なにこれ。何故かは分からないけど凄く悪い事を言ってしまった気がする。
まさか幼少期に遊んでなにか約束をしたんだけどそれを俺が忘れてしまっていた、とかいう乙女ゲームならぬギャルゲー的な要素を俺は持っていたのか!?
……と、いう冗談はともかく俺は本当に彼女に覚えはない。
こんな美少女に、こんな所で腕を掴まれて声をかけられてまで行動までして貰っておいて失礼だが……俺は準男爵家とはいえ一応貴族なので、それを狙った美人局という選択肢が最初に浮かぶくらいである。
「申し訳ないですが、覚えがなくて……本当に申し訳ないです。何処でお会いしたかを教えて頂けると嬉しいです」
とはいえ、流石にその選択肢は違った場合に失礼なので、そうでない事を祈りつつ思い出そうと何処であったのかを聞いてみた。
「……昨年の年末、二十五日のクロさんの誕生日近くに、お会いしたんですが……覚えておいででないでしょうか?」
む、俺の誕生日を知っているという事は本当にあった事があるのか?
それも美人局のための事前情報かもしれないが、昨年という覚えている可能性が高い時期をわざわざ出した辺り、本当にあった事があるのかもしれない。……ヤバい、思い出せ。ここで思い出せないとかかなり失礼だぞクロ・ハートフィールド!
「……ごめんなさい。私の勘違いだったようです」
と、俺が思い出そうとしていると彼女は先程よりも意気消沈した様子で俺の腕を離した。
……どうしよう、こんな表情をされるとか本当に申し訳ない。例え本当に勘違いだとしても、俺が凄く悪い事をしている気がする。
「そ、そうです。お名前をお聞きしてもよろしいでしょうか」
「名前……ですか」
あれ、なんだろう。少しでも思い出そうと名前を聞いたのだが、さらに落ち込まれた気がする。「ああ、そこでそれを聞くとは本当に分からないんだな」っていう表情をされている気がする。……あの乙女ゲームが始まる前に俺の学園生活の選択肢を間違えたかもしれない。
「私の名前は……メアリー・スーです」
……うん、名前を聞いたけど覚えがない。
白い制服って事は貴族では無いだろうし、何処か街に降りた時に知り合った女性とかかもしれないが、やはりこれは――
「あ、交流戦頑張ってくださいね。クロさん……クロ卿の拳での戦いぶりを期待していますよ」
「は、はぁ……ありがとうございます。頑張りますね」
「……第二王子のように、やりすぎないようにしてくださいね」
――第二王子?
「カーマイン――殿下が今回の戦いとなにが関係しているので?」
……なんだろう。第二王子とは会った事ないはずなのだが、何故かカーマイン殿下を殿下呼びする事が物凄く嫌な感じがした。
「いえ、なんでもないですよ。……相変わらず私のような身分が相手でも、敬語を使って優しいクロさんで安心しました。それでは応援してますね」
メアリー・スーさんはそう言うと、無理に作ったような笑顔で他の移動する皆と共に観客席へと向かって行った。
……本当になんだったのだろうか。
「あ、主人公探せなかったな」
そんな事に気付いたのは、既に皆が観客席へと移動した後だった。




