呼ばれる事でバレる事実
前世の記憶があるクロ・ハートフィールドこと俺がこの世界に生を受け15年と数ヵ月。晴れて二度目の学園に通う事になった。
これから起こるだろう学園生活に多くの期待があるのだが、大きな不安もある。
準男爵家の貴族として色んな派閥争いに巻き込まれるだろうという不安もある。
第三王子が同級生なので、粗相を働かないようにしなければと言う不安もある。
だが一番の不安は、
――まさか、妹がやっていたサスペンスのような乙女ゲームの舞台の学園に通う事になるとはな……
という事である。
前世の漫画や小説とかであった「ゲームの世界に異世界転生!」的な経験をまさか俺がする事になるとは思わなかった。
しかも俺はそのゲームの主人公や攻略対象達の同じ年代である。
しかも主人公の選択によっては学園や国が大変な事になるゲームへの転生だ。
しかも学園生なので下手したら復活モンスターとかその兆候に巻き込まれる可能性がある。
しかもなんでも屋の暗殺者とか湿度が高い殺意を向けて来る男とかが学園に来る可能性が高い。
――もうちょっとラブコメとかなにげない日常とかせぇや!
と、そんな前世の昔の火曜日にあったというサスペンスな劇場のような危ない場所へ俺は今日から通う訳である。
正直言うなら関わりたくない。
あのゲームとこの学園がどの程度似通っているかは分からないが、俺の記憶の限りの攻略対象達の事とか年表とかが同じと言わざるを得ない以上はほぼあの乙女ゲームの世界道理に進むと考えた方が良い。
……だとすると前世の記憶を持つ俺という存在が、あのゲームのシナリオにどう影響するかがさっぱり読めない。
俺がなにをしようと、変わらない……いわゆる強制力のようなものが働いて影響がないのならば良い。
しかし何気ない行動のせいで、シナリオでは解決できていたことが解決できなくなったりとか、救おうと行動した結果が返って被害を多くしてしまったとかは勘弁願いたい。……大局を見極められるほどに、俺は頭も目も良くないからな。
――グレイとアプリコットを連れて来たくはなかったんだがな……
実家から連れて来た少年のグレイと少女のアプリコット。少女と言ってもアプリコットの方は一つ下だが。
この二人は俺が昔両親に大分無理を言って専属の従者として雇った宿無し子である。そんな二人は学園の従者制度で学園まで連れてきている。
本当は実家の方で学園ストーリーに関与しない形で安全に過ごして欲しかったのだが……俺が居ない中であの屋敷にこの二人を置いておくと、なにが起こるか分からない。それこそ親父とか親父の威光を借りてる派閥の従者とかに、“次に学園から帰った頃にはハートフィールド家からいなくなっていた”という事をされないとも言い切れない。ので、本当は巻き込みたくなかったのだが学園に連れて来たのである。
「どうかなさいましたか、クロ様?」
「いや、なんでもないよアプリコット。入学式も終わったし、オリエンテーションに行こう」
……しかし、アプリコットの敬語慣れないなぁ。実家に居た頃は「フゥーハハハ!」とか高笑いが似合う系の中二病女子だったのだが、今は公私を分けて従者として接してくれる、何処か芝居がかったただの美少女である。今までが今までだっただけにめっちゃ違和感がある。
「オリエンテーション……というと、皆様で遊ぶのですか!?」
「いや、確か……交流会という名の己がプライドをかけた泥沼のろくでもねぇ戦いをあるはずだぞグレイ」
「なんと!?」
そしてこちらは相変わらず素直で可愛い少年のグレイ。グレイが尊敬しているアプリコットに倣って敬語を使って公私を分けようとはしているモノの、アプリコットほど素の少年らしさを隠しきれていない。本当に癒される。
――というか、周囲から色んな目で見られているな。
そんな二人を連れている俺ではあるが、周囲からチラチラと見られている。
……まぁ、通う学園生よりも明らかに年下で、美少年と美少女と言っても差し支えの無い二人を連れているのだ。見られるのも無理はないかもしれない。
「クロ様、何故交流会でプライドをかける必要があるのでしょうか?」
「それはな、アプリコット。その交流会で新入生代表と生徒会が戦うんだよ」
「ほう?」
オリエンテーションで行われる交流会。あの乙女ゲームでは最初のスチルが見る事が出来るオープニングイベントでもある。
新入生の中で戦い部門でトップクラスの数名(その時の生徒会メンバーの数によって数が変わる)が生徒会メンバーと1対1を繰り広げるイベントがある。これが俺らの世代では“色々あって”入学式後に行われる。
歴史的には新入生組が学園の精鋭を相手して勝ち越す事はほとんど無い。むしろ負けてしまっては負けた生徒会が学園内外でも評価を堕とす羽目となる。
そうならないように生徒会メンバーは己が威信をかけたり、貴族ならば権力を使って相手に裏で圧力をかけたり、入試試験などの事前情報で自分の得意分野に持ち込んで勝とうとしたりするのである。
……うん、ろくでもねぇな。
「――とまぁ、そんな感じだ」
と、言う事をオリエンテーションの集団の後ろの方で、周囲に聞こえない声で乙女ゲーム云々は省いて教えてあげた。
「……クロさんに以前から聞いた通り、学園では派閥争いに気をつけねばならぬな」
そんな話を聞き、アプリコットは素の声で呟いた。
……まぁ学園には派閥争いも含め他にも悪しき文化があったりする。
なにせ学園長がわざと貴族と平民の対立を煽る制度を作ったりしていて、学園が“そういう場所”になっているのである。
――乙女ゲーム的には盛り上げるためなんだろうけど、実際その場所に立つとなるとろくでもねぇな。
対立煽りも悪しき文化も、“主人公が問題を解決する”ためにある感じもある。
身分差を超えて恋愛をする主人公に立ちふさがる問題。それを頑張って解決していく主人公……! みたいな感じだ。妹がしているのを後ろで見ている時はその解決方法とか心情とか見て面白いと思ってはいたのだが……この問題だらけの学園に通うとなると複雑である。しかも目の前でその問題の一つである交流会が始まろうとしているしな。
「――では新入生代表メンバーを発表する。月組、ヴァーミリオン・ランドルフ学生。次に同じく月組――」
ちなみにだが今呼ばれているように、あの乙女ゲームでもこの戦いの代表として攻略対象達が出るのだが、そこで全員が相手を圧倒する。「な、生徒会メンバー相手に圧倒だと!?」というようなモブ生徒のセリフと共に攻略対象達が全員映っているスチルが出て来るのである。
なお他の新入生代表は負けるので結果的に生徒会メンバーは面目は一応保つのだが、この攻略対象達の勝った相手が生徒会メンバーでも最優格なので、これがキッカケで生徒会に入るイベントが起きたりするのだが……
「――最後に火組、クロ・ハートフィールド学園生! 以上、呼ばれた生徒は前に出てくるように!」
……悲しいかな、運動面に自信があった結果、早速このイベントに巻き込まれたようだ。
「呼ばれちゃった……」
「? クロ様、何故そのような複雑そうな表情を?」
「そうですよ。ここでクロ様の強さを知らしめてテッペンを取る足がかりとするのですよね!」
「だからする気はないって。というか、本当に嫌だなぁ……」
「何故そこまで嫌がるのです?」
正直このイベントに巻き込まれるのはまだ良い。このイベントは巻き込まれたとしても、目立つのは攻略対象達が圧倒的実力を示したことによるもの(あとイケメンということ)であり、なにか重要なフラグがある訳でもない序盤の共通イベントだ。俺が勝とうが負けようがそこまで大局には影響しないと思う。
けど影響云々以前に俺はこの戦いで名前を呼ばれたくなかった。その理由は……
「え、今月組じゃなくって火組って言った?」
「ええ、“同じく”って言わなかったし……」
「新入生代表として呼ばれる程の成績を示した火組……」
……この学園は一学年で五つのクラスに分けられ、貴族平民関係無く成績の優劣によって所属クラスが決まる。
月組。
文武共に優秀な者達が集められた、いわゆる特進クラス。
主人公や攻略対象達はこのクラスだ。
火組。
次に優秀な者達が集められたクラス。
貴族は「最低でもこのクラスに入れ。入らないと馬鹿にされる」というようなクラスである。
そして水組、木組、金組は上二つに入らなかったような生徒学ぶクラスだ(もちろんこのクラスの彼らも優秀ではあるのだが)。
当然ではあるが、この交流会で呼ばれるような生徒は基本的に最も優秀な月組の生徒である事が多い。
そして俺は「新入生代表になるほどの戦闘能力を示した、火組」の生徒な訳ではある。これがなにを意味するかと言うと。
「クロ・ハートフィールドという生徒は、勉強が出来ないんだなぁ……」
「運動面が上位になるほど優秀なら、少し勉強できない程度じゃ火組にならないもんね……」
「そっか……クロという生徒は、勉強は不得意な生徒かぁ……」
と、いう事がバレるのである。
……というかうるせぇ、小さな声で言っているけど聞こえてんぞお前ら!
「クロさん、気を堕とすな。我達にはない優秀な身体があるという証拠であると胸を張ると良いぞ」
「ですです。クロ様は素晴らしい肉体の持ち主なのですから! それに勉強は私め達と一緒に頑張りましょう。私めも教えますから!」
「はは、ありがとうな、二人共……」
……まぁ年下のこの二人に、学力で既に負けている時点でとやかくは言えんのだけどな! 学園生二周目でも勉強は難しいんだぜ!
「え、クロ・ハートフィールド……?」




