グレイの生徒会執事記_6(:灰)
View.グレイ
クリームヒルトちゃんとティー君の恋の駆け引きを、以前と比べるとクリームヒルトちゃんの表情が豊かになって嬉しいという感想を抱きながら微笑ましく見守っていた。
なにせ今の状況を事細かく父上に報告すれば、父上は泣いて喜ぶだろうと確信できる表情をしている。会ってから一年程度の私ですら“今までとは違う良い表情”と思うほどなのだ。これを微笑ましく見ずしてなんと言おうか。
「失礼、こちらにティー殿下はおられま――ああ、良かった。おられたのですね」
「おや、スカイ。私を探していたという事は、王城への登城準備が出来たって事ですか?」
「はい。……ですがどうやらお取込み中の御様子。友人の恋の応援も含めて、フューシャ殿下やグレイを連れて三十分ほど時間を潰してきましょうか」
「そ、そう言われてはいお願いしますとは言わないですからね!?」
「言わずして恋に勝てるとお思いですか!」
「スカイは何処の立場に居るのですか!?」
と、微笑ましく思っていた私ではあるのだが、スカイ様が生徒会室に来られ、ティー様を連れて登城されるとの事なので、微笑ましい時間は終わりを告げてしまった。残念ではあるが、普段の仕事をやってこその微笑ましい時間だ。しっかりと見送るとしよう。
「あ、その前にスカイ様。こちらの本が御実家より届いていましたが、如何いたしましょう」
「本ですか? 一体どんな……」
「ええと、コン子爵様名義での手紙と……“年下の子相手でも大丈夫。大人の余裕で篭絡せよ!”という本です」
「あの馬鹿親父! ……こほん、失礼。とりあえず生徒会室に置いておいてください」
「え、読むのスカイちゃん。おねーさんヂカラでスマルト君って子にオネショタやっほいするの?」
「言葉の意味はよく分かりませんが、違いますよ! あとで送り返すという意味です!」
「そこはすると言いましょうよスカイ。それで年の差の恋――おねしょたを成就できるとお思いですか!」
「ティー殿下、意味が分からず使えばそれは意趣返しになってませんからね!?」
「そうだよティー君。スカイちゃんは潜在的ショタオネ希望だから意趣返しにはならないんだよ」
「なんだかそれについては徹底的に反論をしなければならない気がします!」
と、見送る際に少々トラブルらしきものはあり、内容はよく分からなかったが……まぁ、クリームヒルトちゃんとティー君が笑って見送り出来ていたので良しとしよう。
あ、それとこの本は……よし、言われた通りスカイ様の普段使う机の上に置いておくとしよう。スカイ様の本だと分かるように、手紙とタイトルも分かりやすいように置いておくとしよう。……これでよし、と。
「おっと、私も行かなくちゃ」
「あれ……もう行くの……?」
「服を着替える時間も考えたらそろそろ行かないとね」
「別に……そのままでも……良いんじゃ……」
「フューシャちゃん。恐らくクリームヒルトちゃんは“カレシャツ”状態の現状で、ティー君の香りに包まれるのがドギマギしているというやつです。ソデダボでモエソデというやつで、体格差を感じてソワソワするのです」
「なるほど……言葉の意味は……ところどころ……分からないけど……あっていると思う……!」
「ですよね!」
「あはは、まさか自分が与えた知識に首を絞められるとは思わなかったよ」
と、クリームヒルトちゃんは私が言ったことに対して特に否定する事無く、飲み干した紅茶のカップを洗った後に、フューシャちゃんと共に笑顔で手を振りながら生徒会室を去っていった。どうやらこの後にする仕事は二人でするべき事との事だ。
「さて、次こそ掃除をしますか」
再び生徒会室に独りなったところで、次こそ掃除をするとしよう。
とはいえ今回の掃除は先程しようとしていた掃除とは違って、椅子の残骸をごみ捨て場に捨てたりといった――
「失礼します――グレイ君。すみませんが資料室にある六十年前から五十五年前程度の学園の記録関連の資料を一通り抜き出して貰えますか?」
「議事録も含めた資料でよろしかったでしょうか」
「はい。私は奥の方にある資料を探しますので、見つけた資料はこちらの部屋側にまとめておいてください」
「了解いたしました」
――と、その前に突如現れたメアリー様のお手伝いをするとしよう。前置きを少なめに私に頼み事をするようなこの状況で何故かと聞くほど私は野暮ではない。
「メアリー様、こちら纏めておいた資料になります。必要ならばこちらの入れ物か袋をお使いください」
「ありがとうございます、グレイ君」
「お持ちになるの手伝いましょうか」
「いえ、それよりも私が今持ってきた資料と比較して貰えますか? 小さな言い回しの違いは良いのですが、なにか少しでも引っかかると思ったら私に言って下さい」
「了解いたしました」
メアリー様に言われた通り、二つの資料を比較する。
なにに気を付けるべきかとか、なにを知りたいのか、とは聞かない。それを聞かずに作業する事が良いのだと、説明をせずに私と同じように比較作業をされているメアリー様が判断されたのだ。私はそれを手伝うまでである。
――と、思いつつ作業をして一時間程度経ちましたね。
唐突な展開に私は理解は追い付かなかったが、無理して理解する事が理解への最短経路とは限らない。起きた出来事に真正面からぶつかって、その時その時の自分の最善を信じて行動し、余裕が出来たら反省点を考える。他の皆様と比べ知識も経験も劣っている私が出来る事などそれくらいなのだから、必死に目の前の状況に自分なりの知識を当てはめて食らいつくだけである。
「……ふぅ、ごめんなさいグレイ君。急にこんな事を頼んでしまって……」
と、一通り仕事を終えたメアリー様は目的を達したのか背筋を伸ばした後に私に労いの言葉をかけてくださった。その表情はメアリー様にしては珍しく何処となく疲れているように見える。
「いえ、それは大丈夫ですが……あ、紅茶を淹れましょうか?」
「お願いできますか? ええと、それまでに資料を纏めておいて……ああ、いえ。淹れるまで少し休みましょう……」
ううむ、本当に疲れておられるようだ。
時間が惜しいのですぐにでも“引っかかった資料”を何処かへ持っていけるように資料を纏めておきたいのだが、それをすると返って疲れからミスして仕事を増やしてしまうので休もうと思っている、という感じである。やはり皆様がそうであるように、メアリー様も忙しいようである。……よし、いつも以上に気合を入れて紅茶を淹れるとしよう。
「ああ、良い香りがします……グレイ君の淹れる紅茶は本当に茶葉が喜んでいるという表現が似合う淹れ方ですね……」
「お褒め頂き嬉しいですが……大丈夫ですか、メアリー様。なにかトラブルでも?」
「トラブル……というよりは、やれる事をやっていたらなんだか止まらなくなりまして……ふふ、これがハイになるってやつなんですね……!」
「エクル様が聞いたら“寝ていられません!”と言って療養をやめそうですね」
「うっ。……ですね、少し控えます」
「はい、そうした方がよろしいかと。ではこちら紅茶になります」
「ありがとうございます……ふぅ、美味しい……」
メアリー様がなにかのために頑張られているのは分かるし、補助もしてあげたいが応援する事だけが補助ではない。今のように癒しの時を提供したり、休むきっかけを与える言葉を言ってこそ補助と言えると私は思っている。
――……なにせ父上がそうでしたからね。
父上はなんというか……気が付けば仕事をされている所がある。それを止めるために昔から色々していたので、こういった事は慣れている私である。……正直言うとあまり慣れたくない慣れ方ではあったが、今も役に立っているので良しとしよう。
「……ところでスカイの所にあるあの本は、スカイが読もうとしていた本なのですか?」
「御実家から送られた本ですね。送り返すとは仰ってましたが」
「そうなんですね……まぁ、スカイは年上の包容力が好きなようですし、オネショタよりはショタオネを望んでいるのかもしれませんね。……ふぅ、美味しい」
何故かは分からないが、スカイ様がくしゃみをした気がした。
……メアリー様も同じ反応な辺り、スカイ様とスマルト様の関係性はショタオネなようだ。今度父上達に送る手紙にでも書いてみようと思う私であった。




