グレイの生徒会執事記_1(:灰)
「釣りは楽しかったなクロ殿」
「はい。次はグレイやアプリコットを誘って行きたいですね」
「そうだな。……その頃には釣れる魚も変わっているだろうか?」
「どうでしょうね。次帰って来るまでそんなにある訳でも――いや、待てよ……?」
「どうした、クロ殿?」
「今回の義姉さんの影響で、もしかしたら生徒会も忙しいんじゃないかな、と思いまして」
「そうなると次帰って来る予定の日に帰って来れないんじゃないかな、って思ったと?」
「はい。ほら、あの学園って“生徒にさせる事じゃないだろ、教師はもっと仕事しろ”という面がありますし」
「確かにあの学園はそういった面があるのは確かだが……流石に元々休みの日まで影響を及ぼすほどでは無いと思うし、それに……」
「それに?」
「自慢の息子も含め優秀な者達ばかりだからな、生徒会は。今回の事も上手くやっていけているだろう」
◆
View.グレイ
「…………王子か生徒会のどちらかをやめたい……」
放課後の生徒会室にて。
ヴァーミリオン様が珍しく弱気な発言をしていた。
「落ち着けヴァーミリオン。後者はともかく前者はそう簡単にやめられるモノではない。まずは一旦紅茶でも飲んで落ち着け。と、申し訳ありませんがグレイ。紅茶を淹れて頂けますか」
「はい、分かりました」
普段であればその発言を諫めるアッシュ様ではあるのだが、その表情と表情を作る原因になる理由を知っているためなのか、普段の丁寧語ではない幼馴染としての口調で同情的に慰めていた。あと、この場には私とヴァーミリオン様、アッシュ様とシャル様という私を除けば幼馴染に近い存在しか居ないのでその弱音を許しているのかもしれない。
それとシャル様も弱音に対して同情的――というよりは……
――皆様何処かお疲れの御様子ですね。
一番疲れているのはヴァーミリオン様ではあるが、アッシュ様やシャル様も何処かお疲れの御様子だ。先程頼まれた紅茶の数の指定はされていないが、皆様に淹れて差し上げた方が良いだろう。そう思うほどに彼らは疲れている。
――先日の一件が原因でしょうね……
私達は先日課外学習でトラブルに見舞われた。幸い死者や重傷者は出なかったモノの、怪我人は出たし多くのトラブルは発生していている。
その対応に生徒会も追われてはいるのだが、ヴァーミリオン様を始めとした彼らは特に方々への対応が忙しいであろう。疲れるのも無理はないかもしれない。
――それに、フォーン会長様もエクル様も居られませんからね……
フォーン会長様は現在シキにいっておりまだ戻っておらず、エクル様は怪我の療養で不在だ。管理という仕事においては生徒会どころか我が国でも指折りの能力を持つ二人の不在は、私達の仕事を増やす一因となっている。
――まぁ、メアリー様のお陰であくまでも増えてはいる、というだけではありますが。
……とはいえ、メアリー様などが頑張っておられるのでスケジュールの破綻もしていないし、スムーズに事は運んでいはいる。あくまでも「いたら楽だけどな」というようなちょっとしたワガママ程度であるし、今後お二人が居なくなる事を考えると弱音を吐くなど以ての外であろう。
にも関わらずヴァーミリオン様がここまで弱音を吐かれている理由は……
「もうなんなんだアイツ……なにが娼館街の女王になる、だ……俺の負担も考えろ……!」
「お、落ち着けヴァーミリオン。ナデシコも悪乗りが過ぎただろうから、俺もそれとなく――」
「いや、アイツは悪気はないんだ」
「は?」
「アイツにとって悪気はない。ただそういう思考を持つ生態というだけだからこそ、疲れるんだ……!」
「シャル。私はどうすれば良い?」
「……私に聞くな」
そう、先日の課外学習の一件以降、なにかとヴァーミリオン様の周囲をヒャッホウしておられる夢魔族の原種にして王族の先祖でもある女性、ナデシコ様が原因だろう。
あのシキの皆様を何処か彷彿とさせるあの女性は、護送中の馬車に居た時も含めてヴァーミリオン様を肉体的ではなく精神的に疲れさせているのである。あのヴァーミリオン様をここまで疲れさせるとは……ナデシコ様は一体なにをしたのか気になるのだが、アプリコット様に「グレイは近付かないように」と釘を刺されているのでよく分からないのである。ただ、ちょっとだけは知ってはいる。
――“栄養補給”をするために、多くの男性と“遊んで”、心を満たしたい、でしたか。
何故栄養補給をするために男性と遊ぶのかはよく分からないが……感情を食事をするような事を仰っていたので、多分楽しませる事で漏れ出た感情を食事に出来るような感じなのだろう。今度詳しい事を聞いて、可能ならばどのように食事をするのか私も体験したいと申し出る事にしよう。
――と、それよりも紅茶、紅茶、と。
お湯は元々淹れるつもりだったので既に湧いていたし、あとは蒸らして淹れるだけだ。それぞれの好みの時間蒸らした後は、ヴァーミリオン様とアッシュ様には砂糖スプーン一杯、シャル様には三杯分淹れるとお好みの味になる。
私ではナデシコ様の件についてはお手伝い出来ないので、この紅茶で少しでも皆様が癒されてくれれば良いのだが。そう思いつつ、私は皆様に淹れた紅茶を差し出した。
「――ふぅ。相変わらずグレイが淹れる紅茶は美味いな」
「ありがとうございます」
「……うん。紅茶を飲んだら少し落ち着いた。ありがとう、グレイ」
良かった、ヴァーミリオン様は紅茶のお陰で少し落ち着かれたようだ。弱音を吐いてくれると言うのも親しみを持てて良いのだが、ヴァーミリオン様はやはり今のような毅然とした態度の方がお似合いである。
「よし、落ち着いた所でお前ら。実は生徒会に俺が来たのは、とある目的があったからだ」
「どうした、私やアッシュ、グレイの力が必要な事か?」
「そうだ」
おや、それは珍しい。確かに来た時に私達しか居ない事に何処か安堵した御様子であったが、あれは油断できる相手しか居ないと思ったからではなく、目的の相手が居た事に対する安堵だったのかもしれない。
私達はなにを仰るのかとヴァーミリオン様の言葉に耳を傾け。
「お前達――これから娼館街に行かないか」
そんな言葉を言われてしばらくの間の後。
「グレイ、この精神が疲れ切った第三王子にもう一杯紅茶を頼む。目を覚ますくらい苦めでな」
「はぁ、よく分かりませんが了解しました?」
「もういっそお湯でも良いぞ。熱湯を飲ませる感じで」
「了解しました?」
「了解するなグレイ。あと俺は正常な判断をして言っている!」
「そっちの方が困るんだが」
「……そうだな」




