アングラーズ_裏方
「何処まで計算の内だったのかな、クチナシちゃん?」
「む、マゼンタさ――マゼンタ。なんの事でしょうか?」
「あははは、あくまでシラを切る気なのかな?」
「本当に計算もなにも無いですよ。馬車の不調など予想が出来ませんでしたし、義理の妹達があのようになっているのは……彼女らが釣りにハマった、というだけでしょう」
「ふーん、でものんびりとした時間を作ろうとしたのは事実でしょう? そのためにわざわざ皆に手を回しつつ釣りに誘ったんだからね」
「……まぁ、時間が空いたら誰かのために仕事をしている仕事中毒気味な義理の妹達のためになにかしたかったのは確かですよ」
「あははは、昨日も戦いの後とかにも、合間に出来る仕事をしていたくらいだからね」
「ええ、困ったものです」
「けど、そういうクチナシちゃんも仕事中毒気味じゃ無かった?」
「はい?」
「ライラック君やソルフェリノ君と違って夫婦共々行動力の権化のように動いていたでしょ。気が付けば現地に行って問題解決していたイメージがあるけど。休みなしに」
「ええと……確かに否定は出来ませんね」
「フェルメールブルーちゃんといい、なんなの。バレンタイン家は仕事中毒になる一家なの?」
「公爵家が遊び惚けているよりは良いと思われますし、それに……失礼ながら貴女様に言われたくはないです。私より遥かに仕事をやられていたでしょう?」
「あははは、まぁね。仕事をした分だけ皆が幸福になれるのならーって頑張ってたよ」
「ほとんど寝てない程ですよね」
「まぁ三日で一時間くらいかな」
「……それは三日間の睡眠平均時間が一時間なのでしょうか。あるいは三日で一時間なのでしょうか」
「後者だけど。偶にそれも無い時あったし」
「よく生きて来られましたね。体力自慢の私でも流石にそれは無理です」
「あははは、真似しちゃいけないよ! ……ところで、聞きたい事があるんだけど」
「なんでしょう」
「なんで釣りだったの? ゆっくりするには良いかもしれないけど、湖で泳ぐとか、温泉やサウナでゆっくりとかでも良かったんじゃない?」
「皆でするには丁度良いですし、なにより……」
「なにより?」
「私が好きなんですよ、釣りが」
「へぇ、こう言ってはなんだけど意外だね。もっと身体を動かすのが好きだと思ってた」
「もちろん好きですが、それとは別の楽しさがありますから。力では解決しない戦い……とでも言うのでしょうか」
「あははは、確かに試行錯誤とかもあるし、クロ君達も丁度良い感じに話し合う時間と楽しむ時間を作れたし、良い選択だったね!」
「そう言って貰えると嬉しいです。それに……」
「それに?」
「……家族三人で過ごした、最後の思い出でもありますから。ふとやりたくなったのですよ」
「……そっか。クチナシちゃんもそうだったんだっけ」
「……確かマゼンタ――様の方も……」
「うん。私の場合はそんな風な思い出はないけどね。そんな暇が無かったというか、作らなかったというか――当たり前ではないのに、当たり前だと思っていたんだよ。失ってそれを初めて気付いた」
「…………」
「……まったく、妻としても母としても失格だよ、私は」
「私も母として失格です。妻としても……」
「そっちはまだ遅くはないんじゃない?」
「……はい。既に妻として失格だとしても、再び這い上がろうと足掻いてみせますよ。もう私は逃げませんし、目を逸らしません。あと逃がしもしません」
「あははは、頑張ってね!」
「はい!」
「そしてそんな風に前向きにしてくれた義妹夫婦を、少しでも仲良く出来るように場を作ってあげたら思ったよりも良い方向に行っていた訳だね!」
「ええ、はい。本当にあの夫婦はあらゆる場面でイチャつきますね。若干腹立ちます」
「うん、分かるよ。本当にイチャイチャするよね、あの夫婦」
「……腹が立つの分かるんですね」
「うん、分かるよ。なにせ私は狙っている子がいるのに、その子と上手くいっていないもの。だからこそ上手くいっているのを見ると腹が立つの。自分にね!」
「自分にですか。……え、ところで狙っているというのは……」
「名前は彼のために伏せるけど、同じお勤め先の修道士の先輩だよ」
「それほとんど明言していますよね。……未成年淫行はお避け下さいね?」
「あははは。……ところで聞きたいんだけど」
「話を露骨に逸らしましたね!?」
「気にしない気にしない」
「まぁ良いですけど……なんでしょう、昨日お話した、私共が利用した夢魔法についてなにか気になる事でも?」
「うん、ちょっと気になる事があって――」
「――なるほど、ありがとねクチナシちゃん」
「いえ、お役に立てたのなら幸いです。これで少しでも贖罪になればよいのですが……」
「贖罪? ……ああ、私の夢魔法を勝手に使った事に関してなら別に構わないと言うか……むしろ私が使ったからこそそっちが使う事になったのだから、謝るとしたらこっちだよ。ごめんね」
「いえ、夫は夢魔法なしでも別の方法で同じ事をしたでしょうから、悪用した件について謝罪をするのはこちらです」
「うーん……じゃあお互い悪いと言う事で、この件についての良し悪しはもう無しという事で。おーけー?」
「お、OKです」
「まぁ私に謝るくらいなら学園の皆に謝った方が良いしね」
「それは……そうですね。彼らには謝罪をしなければ」
「謝罪するにしても、明るくね。さっきロボちゃんと一緒に釣りを楽しんでいたみたいにさ」
「はい、そうさせて頂きます。どんなにつらい事が有ろうとも、心の中では昨日と今日の事を忘れずにこれからは下を向かずに歩んでいきたいと思います」
「あははは、その調子! 今日がクチナシちゃんに良い思い出になったのなら、今日帰らずに済んで良かったね!」
「はい、怪我の功名……いえ、禍を転じて福と為す、ですかね」
「あははは、そうかもね! あ、じゃあ私はそろそろ戻るね。そろそろ釣りのブーストかけて先輩方をヌレスケにしてイチャつかせるんだ!」
「が、頑張ってくださいね。……ヌレスケ……?」
「それじゃ、またねークチナシちゃん。あ、それとシキに帰ったら馬車の右車輪はキチンと見ておくんだよ。大丈夫だとは思うけど、行く途中で壊れたら困るしね」
「はい、お気遣いありがとうございます」
「では今度こそサラバだクチナシちゃん。私はヴァイス先輩にちょっかいを出してから元の場所に戻るよ!」
「あまりやりすぎないようにしてくださいねー。……行ったか。しかし、見た目は年下の女の子にちゃん付けされるのは慣れんな……しかしヌレスケとは一体……? まぁ私はロボと再び釣りを――む? 馬車の右車輪……確か馬車の情報を教会の者に伝えたのは私で、その時に馬車は既に直すために宿屋の裏手に…………なるほど、そういう事か。……あのヒトも私を心配してくれたという事か。……まったく、助けられてばかりだな、私は」




