アングラーズ_2
発端はそう、朝にフォーンさんとクチナシ義姉さんがシキを去るための準備をしていた時だ。
夜遅くまで飲んではいたのだが、そんな理由で今日シキを出るという予定を遅らせる訳にはいかないので、全員がアルコールが残った身体で飲み会の後始末と身支度をしていた。
すると宿屋に宿泊していたフォーンさんが屋敷を尋ねて来て、
『馬車の調子がおかしくて出発が遅れそうみたいなんだ』
という報告をして来た。
確認するとフォーンさん達が乗って来た馬車の車輪が壊れており、修理に時間がかかるようだった。
安全上の理由ならば急がせる訳にもいかず、他に馬車も無いので大事を取って出発を一日遅らせる事になった。
そこまでは良いのだが、ならば今日はクチナシ義姉さん達はどのように過ごすかという話になり。
『昨日で一通り領主の仕事の区切りは付いていますので、俺達でなにか案内しましょうか?』
『ふむ、では一緒に釣りをしに行かないか?』
『はい?』
『良いのなら私は昨日仲良くなった者……いや、話をした者達に声をかけて来るから、準備をしていてくれ』
『え。……え?』
という、事になり。気が付けばこの大所帯で釣りをする事になったのである。
移動はロボに任せて、この大所帯でも皆が釣りが出来る比較的近いスポットに来て現在に至る訳だが……
「急に釣りをする事になりましたねぇ、ヴァイオレットさん」
「なったな、クロ殿」
「……ふ、空が青いし川も綺麗だなぁ」
「……綺麗だな、クロ殿」
……よし、振り返り終わり。
来たからには大自然を満喫しつつ、釣りを満喫するとしよう。出来れば釣りをするのならグレイやアプリコットを含めた家族でしたかったが、それは今度二人が帰って来た時にでもするとしよう。多分今日のことを話したら自分もしたいと言い出しそうだからな、二人共。
「ちなみにヴァイオレットさん、釣りの経験は?」
「シキに来るまで土もモンスターでない生魚も触った事が無いくらいだ。クロ殿は?」
「前世の友人兼社長が“ちょっと船を買ったから釣り行こうぜ!”とか言って、付き合わされて一度だけはありますが」
「日本はそう簡単に船を買えるものなのか?」
「いえ、免許とか許可証とかお金とか考えるとこの国より遥かに面倒です。けどアイツは“なんかやってみたかったから”でやりやがったんです」
「……クロ殿のその友人というのは、断片を聞くだけでも凄い存在だと分かるな」
ちなみに免許を取ったり許可証を得たりする間アイツは会社を空けてやがったので穴埋めは俺がしていた。一応忙しくない時期ではあったので大丈夫ではあったのだが、釣りをする前に「ふざけんなコンチクショウが!」ヘッドロックをしたのは良い思い出である。
「まぁ、急ではありましたけど、釣り自体は楽しかったのを覚えていますよ。この世界……国では機会が無かったのでありませんが」
「ほう、そうなのか。クロ殿であれば兄弟とやっているものと思ったが……」
「釣りではなく、今のクチナシ義姉さんのように素潜りで取ったりはあるんですがね」
「そちらの方が難しいように思えるのは私だけか……?」
なお、釣りに誘い多くの人達を口説き落としたクチナシ義姉さんは、現在動きやすい水具を身に纏い持ち前の身体能力で魚を手掴みしている。……カラスバやクリと取りに行った時は流石に俺も道具を使っていたのだが、何故あの人は素手で魚を取れているのだろうか。というかあの人が釣りに誘ったのに、なんで釣りをしてないんだあの人。
「では、俺達もやりましょうか。他の奴らみたいではなく、あの子供達みたいに和気あいあいとしましょう」
「そうだな。私達は私達のペースでのんびりするとしよう。……ふふ」
「どうしました?」
「最近忙しかったからな。こうしてクロ殿とのんびりと釣りをするなど、贅沢だと思っただけだ」
「そうですね。では贅沢に、のんびりと楽しく釣りをして、思い出作りをするとしましょう」
「うむ、のんびりとな」
◆
「4匹目フィッーシュ! よし、結構でかいのが釣れましたよヴァイオレットさん!」
「ふ、甘いなクロ殿。こちらは既に5匹目だ!」
「なんですと!? くっ、こうしてはいられません。勝つためにはどんどんと研究してもっと釣らねばなりません!」
そして俺達は思い切り釣りを満喫していた。
のんびりしていたのは最初だけで、互いに一匹釣れた後はあれよあれよという間にテンションが高くなりご覧の通りである。ヴァイオレットさんもテンションが高くなっている辺り、釣りを大変気に入ったようである。
「おっと、しかしもうそろそろお昼の時間だクロ殿」
「おっと、そのようですね」
「やはりここはバーントかアンバーに捌いて貰うべきだろうか。そしてマリネにするのはどうだろう」
「ふ、分かってませんねヴァイオレットさん――こういうのは塩を振って火で焼いてかぶりつくのが乙という物なんですよ!」
「そうなのかクロ殿?」
「ええ、上品さも大切ですが、それが川釣りの醍醐味だと前世の国で読んだ漫画にあったような気がします」
「曖昧だな」
「ちなみにそれを友人は船の上のでやろうとして大変な目に合いました」
「……もしや一度だけというのはそれが原因だったりするのか?」
「そうですね」
その時起きた事が原因で海上の警察官的存在に割と本気で怒られたりもした。……まぁ船の上でやろうとしていた事自体には大事に至らなかったのだが、駆け付けて来てみれば船の上で夫婦でSMプレイしたり、「危機を感じる男の香りに包まれている!」とか興奮して新しい下着のデザインを書いていたり、釣った魚の血を見て興奮していたりすれば怒りたくもなるだろう。
「それはそれとして、早速焼きましょうか!」
「うむ! ではまずは薪の準備――」
「既に用意をしてあります!」
「おお、では【火下級魔法】!」
「ふふ、燃えろ……魚を焼くためにもっと大きく……!」
「よし、では魚を焼くぞ!」
「イエスマム! どんどん串にさして焼いてくぜふぅ!」
よし、昔は昔だ。なんか思い返すと前世の会社もシキとそう変わらんなと改めて思いはしたが、今は夫婦で釣った魚を焼いて楽しむ事が重要だ。なんだかテンションが高いうちに楽しみきるぞ!
「ねぇエメラルドお姉ちゃん。クロお兄ちゃん達今まで以上にテンション高いけど、なにか変な物でも食べたのかな?」
「純粋で毒舌だなブラウン。単純に楽しんでいるだけだから心配はいらんだろうよ」
「それなら良いけど……」
「ああ、良いんだ。……ところでブラウン、お前はなにをしている?」
「フォーンお姉ちゃんが独りでは魚が上手く釣れないって言うから、一緒につりざお持ってあげてるの!」
「……そうか。良い子だなブラウンは。そしてフォーン」
「……なにかな?」
「手を出せば犯罪だからな」
「わ、分かってるから!」
「?」




