心の栄養を摂りに行く一日_6(:透明)
View.クリア
「恋力というものは、独りでは決して得られぬ素晴らしい感情だとは理解したよ」
「イエス! ……あ、ところでさ。聞きたい事があるんだけど今時間ある?」
「む? そうだな、この後夕食があるから、長くならないなら平気だが」
「ありがと。じゃあちょっと時間を頂戴」
恋力という力の本質に近しい事をヴァイオレットに理解してもらった所で、私はふとききたい事を思い出した……というよりは出来たので、忙しいであろうヴァイオレットの時間を貰う事にした。そして私はこの状況で生まれた質問をヴァイオレットに問いかける。
「ヴァイオレットにとってさ、クリア――神様って、どういう印象を持ってる?」
と、いう事を聞いてみた。
本当なら聞くべきでない事だとは分かっているし、普段の私であれば聞かない事なのだが……先程までの思考と、正体に気付いているシアン達のような熱心な信徒ではないが私を神と崇める宗教を信仰しているヴァイオレットという存在が、この質問をしたのかもしれない。
「ふむ? 変わった事を聞くが――ああ、確かトウメイは遥か昔……クリア教が今のような形をしていなかった時代の者だったか」
「はは、まぁね。だから色々気になるんだよ」
まぁ私が死んだ事により出来た宗教だからね。影はあったかもしれないが、形は無かっただろうね。……いや、死んでないけどさ。
「そうなると神話の方も――」
「あ、それは知ってる。色々言いたい事はあったけど、大方は知ってるよ」
「言いたい事?」
「なんでもない」
「?」
神話の方はいわゆる私がかつてやった事を、物語や聖書とやらで語っている奴の事だが……なんというか、「え、私こんなことしたの?」や、「え、私こんなことしたの!?」というような色々言いたい事があったりした。
一応思い当たる節はあっても、あんな風に語られるのは面映ゆいというものである。なにせ私は赴くままに戦っていただけなのだから、あんな風に書かれるのはなんというか……なんと、言うか……うん、それも含めて聞いてみたい。彼女らにとって、神話で語られる【クリア神様】はどういう印象なのか。
「私のような未熟者が語れるような御方ではない。恐れ多く、偉大な御方だからな」
それはある意味予想通りの言葉であったかもしれないが、それでも少しでも印象聞きたいと聞こうとしたが。
「だが、聞かれたからには答えるとしよう。あくまでも私の印象だがな」
その前にヴァイオレットは答えると言い、恐らく仕事の資料であろう手に持っていた紙の束を右わきに抱えて改めて向き直った。
「え、聞いておいてなんだけど……良いの?」
「なにかを知りたいと思う相手がいて、私が答えられる事に対して断るつもりはないよ。ただ先程の言葉は前置きとして言っておかねばならないと思っただけだ」
つまり先程の言葉のように断る者もいるから“この時代においては”妄りに聞くべき内容ではないと説明した上で、この時代に来て日も浅い私の力になりたい、という事か。……まだ十年ちょっとしか生きていないし、普段のクロ君への恋力溢れるほんわかぶりを見ていると忘れるが、彼女は私と違った戦いのための人生を歩んで来たんだろうなと改めて認識した。普段のクロ君への態度を見ると忘れるけどね。
「なにか今失礼な事をわざわざ二回言わなかったか?」
「ははは、気のせい気のせい」
「そうか」
普段から得ている恋力供給のことはともかく、彼女なら答えてくれるかもしれないね。
「ともかく私にとってのクリア神様は……」
彼女にとっての【クリア神様】を聞く事で私と――彼女の違いが、分かるかもしれない。
「クリア神様は、私にとっての英雄だよ」
……英雄?
「それはどういう……?」
「言葉のままだよ。私達の時代でクリア神様を知らぬ者はいない。聖書、神話を題材にした演劇、数々の武勇伝。貴族平民問わず子供の頃から必ず耳にするし、目にする」
今来ている旅の一座も、昔と同じならフィナーレは最期の戦いをモチーフにした芸のはず。と、ヴァイオレットは昔を懐かしむ様に言いつつ言葉を続けた。
「どれもこの時代では有名で、私にとっては子供ながらに憧れた存在だ」
「憧れの……存在。それほどまでに?」
「そうだ。同じ女性の身で戦いに身を置き、文字通り世界を救って、今は老若男女問わず慣れ親しんでいる存在だよ」
「彼女にとってはただ戦いに身を任せただけで、世界を救ったのはただの結果だとしても?」
「だとしてもそうだな。私では想像するしかないが、クリア神様にとって神話の戦いがどのような感想を抱いたかなど知る由もないが……どうであれ、クリア神様は私にとって、昔から憧れる英雄だよ」
英雄。
……私にとって戦いは日常であり、ただ人々を助けたいと願った結果私にとって多くを救える方法が戦うという手段であったにすぎない。
あとからどう語られるかなど考えずに、今を生きるために、今を守って未来につなげるために、ただ戦っただけだ。
だから神様などと崇め奉られる事に悪い気はしなくとも、何所となく他人事のように思っていた所があったと思う。けれど……
「そっか。英雄、か」
後世というのは不思議な時代だ。
クロ君達のように別世界という訳でも無いのに、まるで別世界のように感じる様な時代だ。私の扱いなんかを見ると特にそう思う。
私の人生はただ戦いに身を投じただけの人生で、後からの評価なんて特に気にしてはいなかったけど――
――この私が、英雄になっちゃったか。
そう評価されるのは面映ゆいし、神様と評されるよりは評価が下がっているかもしれないが――この少女にそう称されるのは、神様と評されるよりも悪くない。不思議と、そう思うのであった。




