握手は友好の証ではあるけれど
予想外の組み合わせにどうしようかと悩む。
実力的に言えばメアリーさんにはまず勝てない。
油断とか隙とかつけば可能性はあるが、今まで見た魔法の実力を見れば文字通り天と地の差であり、正面から戦う必要があるこの試合においては勝つことは困難だ。それに勝ったとしても俺の戦い方は魔法をあまり使わない肉弾戦だ。……女の子を殴る蹴るして勝つなんて顰蹙を買うこと間違いなしだろう。絵面的にもヤバい。
「さて、どうしようか」
とは言え、他の戦い方も出来ない。
魔法で正面から戦えば間違いなく負ける。顰蹙を買おうと俺は肉弾戦で戦うしかあるまい。
……それに、先に負けた方が――
「クロさんの相手はメアリーちゃんなんですね」
「うおっ!」
どうしようかと悩んでいると、クリームヒルトさんが背伸びをして俺の持っている対戦表を覗き込んでいた。
唐突だったので慌て、反応を見てクリームヒルトさんに謝られたので俺も慌てて申し訳ないと謝った。見ると騒いでいたのは終わったようで、俺は渡されていた対戦表の紙をそれぞれに渡す。
「我の相手は………………アイツか。せっかくならば違う相手と戦いたかったが……仕方あるまい」
「あはは……私の相手ヴァーミリオン殿下だ。ま、良いか。手加減される事望んでいないだろうし、爆弾をぶつけよう」
「…………」
俺も他の組み合わせも見ると、アプリコットはシャトルーズ。クリームヒルトさんは殿下と対戦する事になっていた。シルバ君は……知らない外部参加者が相手だな。
「貴方のお名前……ハートフィールド、というのですね」
「ええ、まぁ」
組み合わせの紙を見ていると、シルバ君が紙を見ながら先程までの明るい声ではない、抑揚の少ない声で俺の名前を確認してきた。俺の家名を改めて言ったという事は、ハートフィールドという家名に聞き覚えがあるのだろう。
ハートフィールド家は男爵家とは言え特に目立った功績をあげていない貴族だ。もし聞いたことがあるとしたら、俺の悪評か――ヴァイオレットさん関連だろう。
……俺の異名の事じゃないよな? 変態変質者とかを聞いた事があるとかじゃないよな?
「シルバ君、クロさんは――」
様子を見てなにかを感じ取ったのか、クリームヒルトさんがシルバ君が続けて言葉を発しようとする前になにかを説明しようとする。恐らく俺を庇うなにかを言うつもりなのだろう。
申し訳ないと思いつつ、初めはその厚意に甘えようとして――
「へぇ、貴方がハートフィールド男爵だったんだ。想像していた方とは違うね」
そこに、ある意味あまり会いたくないお方が現れた。
俺はまだ直接面識のない、俺より身長が高くスラっとしている眼鏡をかけた爽やか系イケメンの四分の一森妖精族。身分的には上の伯爵家の御子息だが、身分が下の者相手でも分け隔てなく接する。
……どうしようか、ただでさえシルバ君という予想外の方向に変貌していた(?)子が相手なだけでも骨が折れるのに、未知数な上に明確にこちらを知っていて話しかけて来た相手だ。対応を誤っては――
「エクル! お前はまた勝手に――ハートフィールド? それにネフライト達と……よく分からない魔女か」
誤っては、ならないのに。さらに面倒なお方……ヴァーミリオン殿下が現れた。
なにコレ、イベント? 攻略対象が集まって主人公の対戦相手である悪名高き俺を断罪する系イベントが勃発したのだろうか。
いや、待て落ち着こう。
俺はまだ悪い事はしていないはずだ。ヴァーミリオン殿下のクソ兄には犯罪まがいの事をやってのけたが彼らにはまだなにも――あ、ここに居るメンバーが主演の劇のチラシ燃やして捨てたな。うん、断罪されるのだろうか。
「やはりお前がクロ・ハートフィールド……! 多くの女性と関係を持ち、強欲に地位と金を求め、一人で七つの大罪を象徴し首都では指名手配をされているという!」
シルバ君が若干黒いオーラを纏いながら、俺に敵意を剥き出しで声を荒げていた。
そういえば俺そんな扱いだったな。
普通に過ごせてたから忘れていたけど、首都では一応観察対象兼捕縛対象だし。
「挙句にはメアリーさんまで自分の女にしようという!」
それはない。
悪いが魅力的なお方が妻に居るのでそういう事をする気はサラサラ無いです。
「シルバ君、その言い方は――!」
「まぁまぁ落ち着いて、シルバくん、クリームヒルトくん」
クリームヒルトさんが俺を罵倒するシルバ君に対し、諫めようと声を荒げようとするが、それよりも早くエクルが両者の顔の前に人差し指を立て、静かにするようにという仕草を取る。
「声を荒げては駄目だ。言いたいことがあっても、一方的ではなく会話が大切だ。問うにしても、まず互いを知らないとね」
……まさかエクルもどこかの兄妹みたいに香りと音に反応して興奮したりしないよな? だから音に反応して静かにするように言っている訳じゃないよな? ……落ちつこう、あの兄妹は特殊事項だ。一緒にしては森妖精族の風評被害も甚だしいだろう。
「では改めてはじまして、ヴァーミリオン殿下はもう知っているようだから私が挨拶をさせてもらおう。私の名前はエクル・フォーサイス。家は伯爵家だが、私自身がなにか成し遂げた訳ないからね。身分に関しては気にしなくていい」
脱色などではない、天然の白い髪を靡かせながら、エクル・フォーサイスは男爵家の俺なんかにも握手を求めて来た。
……気にしなくていいとは言うが、相手が要求した以上は俺もそれなりの応対しなくてはならない。なので俺も自己紹介をし、握手に応じた。その際に敬語を外しても良いとは言われたが、俺はこちらの方が気楽だからと愛想笑いで適当に受け流す。
「クロくん。キミに問いたい事があるのだけれど、良いかい?」
エクルは一言二言交わすと、手を握ったまま、表情は挨拶用の笑顔を浮かべつつ問いかけてくる。
俺は疑問顔を浮かべつつ、大丈夫という意思を首肯で示すとエクルはそのままの表情で問いかけをした。
「キミは、この決闘で以前のカーマイン殿下が対戦相手の時のように相手を執拗に殴ろうとするつもりかな」
――さて、この質問はどう回答するべきだろうか。




