怒り(:銀)
View.シルバ
「シルバ!」
誰かが僕の名を呼んだ。声の感じから男性というのは分かるのだが、誰かは分からない。
でも気にしなくて良いだろう。分からないのなら、僕にとって重要でないという事だ。
「素晴らしいぞ、シルバ・セイフライド!」
敵が僕の名を呼んだ。同級生には無い、何所となく色香を感じる女の声。
僕から大好きな女性を奪おうとする、憎き女。
「クチナシ・バレンタイン!!」
以前も憎んだ女が同じ家名だったとような気がすると思いながら、僕は先程まで痛覚すら感じない程にダメージを受けていた腹部から声を出し、憎き女の名を叫ぶ。叫ぶと同時に抑えていた魔力を放出し、
回復してくれていた/邪魔をしていた、
精霊を僕の領域から追い出した。彼女が強いのは知っているが、僕の領域に居ると反発し合って弱体化するからだ。弱体化した状態では、僕の目的を達成できない。
「――お前を殺す!」
「――そうか、出来なければお前を殺す!」
死を克服するためには、死を殺すしかない。
それしか道は無い。
――この女に勝負で勝つのは難しくない。
先程感じた通り、この女の戦闘方法は最大威力の乱れ打ちだ。戦略も戦法もあったものじゃない単純な攻め。そんな相手を封じる方法なんていくらでもあるだろう。単純ゆえに先を読む事もカウンターだって出来る。僕の好きな女性や、この女と似た髪色をしたよく笑う同級生なんかであれば、多くの戦法でこの女に有利を取れるだろう。
しかしその単純さを補う純粋な殺意と技巧がこの攻撃にはある。下手な読みも誘導もこちらの命取りとなる代物だ。中途半端な色気を出せば次の瞬間に死神の鎌がこちらの首に掛かるだろう。
――しゃらくさい。
そんなものは普通の人間が考える代物な考えだ。僕は所詮化物と言われてきたんだ。その評価通りに、化物らしく、呪われた力で、真正面から死に向かえば良い。
「っ、――良いぞ!」
なにも無しに当たれば頭が柘榴のように吹き飛びそうなクチナシの右の拳に対し、右の拳をぶつけた。本来であれば鉄をも壊す呪われた魔力の攻撃を受けてもなお、クチナシの拳は一部の皮膚が避け血が噴き出る程度であった。
「それでこそ祝福を受けた男だ――もっと私に見せてみろ!」
「血が出てなお笑うのか」
「今まで対等に戦える存在など、夫以外に居なかったモノでな、楽しいんだよ!」
ああ、そうだろう。クチナシの攻撃は他の者が行なう攻撃と違う純度の高い“死”が存在している。“殺意”ではなく“死”だ。こうしている間も、怪我した右腕を含めた手足で死の一撃を連発している。そんなものを他者にぶつければ相手はまともに動けまい。
「さぁ、もっと楽しもうではないか、同じ祝福を受けた者同士な!」
「おめでたい女だな」
互いの攻撃が触れ合い、衝撃が拡散する。
衝撃は暴風となりて、周囲のあらゆるものを吹き飛ばす。
互いの攻撃が衝突し、大音響が鳴り響く。
音響は崩壊を巻き起こす。
床は周囲を沈ませ、並んだ柱は近い場所から崩壊していき、いくらやっても傷もつかなかった壁は大きな亀裂が入った。
僕の呪いの魔力は地面をえぐり取る。
クチナシの純粋な武力は地面を崩壊させる。
百近い衝突を繰り返すころには、僕達の周囲の地面は地面の用途を為していなかった。
「素晴らしい」
それでもなおクチナシはまるで整備された地面に立つかのように戦っていた。
この女はまさに練度が違う。僕の好きな女性や、良く笑う同級生や、同級生の兄と同じような、年齢には似合わない武を誇っている。
「ああ、本当に素晴らしい。やはりお前はそうで無くてはならない。自身を抑え、祝福を呪いとし上手く、巧く、旨く力を使う……など馬鹿らしい。譲れぬ思いを爆発させて立つ今こそ、この瞬間こそ生を実感できる瞬間だとは思わないか! お前も今、力を使い最高の状態で暴れる事が自分らしいと言えるだろう!」
「なにが言いたい」
「もっと怒れ! お前は呪われた存在ではなく、特別な存在なのだと。お前の力を排斥する者どもこそが愚かだと、傲慢に生きろと言っている!」
間違っているのは世界の方で、自分の魔力は悪いモノではなく、僕はしたいようにすれば良い。と、クチナシは言いたいのか。
なるほど。――ああ、なるほど。
「気が合うな。僕もそうしようと思っていた所だ」
「それで良い! だから手始めに、私を殺してみせろ!」
言われなくともそのつもりだ。
先程から僕の心の奥底、腹の中からその感情が沸き上がって来る。
殺す。殺す。――コロス。
「――来い!」
クチナシは変わらず最強の攻撃を繰り出してくる。
僕はそれ以上の力で攻撃を返す。
――……なんか、おかしいな。
なにがおかしいのかは分からない。
クチナシは僕に殺されたがっているように見えるし。
先程僕の名を呼んだ男性がどうなったか気になるし。
そもそも僕の好きな女性の名前とはなんだったっけ。
――ああ、それと。
僕の事を子供のように心配する、母親のようなあのヒトの名前はなんだったけ。
「ちったぁヒトの迷惑も考えろやこの馬鹿共がぁあああ!!!」
そして、僕の呪いで黒く変色した腕がクチナシに届く寸前に、割って入ったのは――
「いい加減にしろ、私を無視して進めてんじゃねぇ!」
――先程僕の名を呼んだ長身長髪の男による、魔力もなにも無いし、武の極みでも無いただの一撃であった。
「シキに行ってから一緒に行った学園生は変になるし、感染するかのように奇行する生徒は増えるし、親友二人は分けの分からん成長をするし、生徒会も色々濃い空間になっていくし、学園長は進んで混沌化させるし、そんな変態共の対応は全部私にふりかかって来るし――いい加減私への負担を増やすのをやめろやこの馬鹿共が!!!!」
……なんだかよく分からないが、とりあえず怒っているのは分かった。




