対峙する敵(:朱)
View.ヴァーミリオン
夢魔族の女に対する憂さ晴らし、もとい、会話はそこそこに。この空間――宮殿のような建物を移動し始めた。
この宮殿ではなにが起こるか分からない。突然の攻撃や、空間系の魔法で分断を避けるため出来る限り互いを気にしつつ固まって動いていた。
「でも、ワタシの拘束解いて良かったの?」
「お前を連行した状態では動き辛いからな。ただ、」
「妙な動きをしたら問答無用で攻撃でしょ。さっきの魔術を見て逆らおうとは思わないわよ」
「なら良いが」
動く際に拘束した状態で夢魔族の女を連れるのは動きが鈍るため、危険ではあるが拘束を解除して連れ歩く事にした。夢魔族の女もこの状況で下手な動きをするのは愚策だと理解しているのか、大人しく協力するようである。
「もしこの空間が出られない代わりに無害だったら爛れた生活を送りたいなぁ」
……少々不安な言葉もあったが、今は追及する時間も惜しい。それにこの女は俺達の前に現れた時のように空中に浮く事が出来る。その特性か特徴だかを活かして、
俺達に出来ない面からこの空間を調べて貰うとしよう。
「では、行くぞ。油断をしないように。エクルは特にな」
「分かっているよ」
俺の呼びかけに対し、エクルはいつもの様子であるかのように返事をする。
油断、というよりはこの空間に来てからのエクルの様子が、さらに余裕が無くなっているのでその事に対する注意ではある。エクルもそれを心配されているのは理解しているので大丈夫だと振舞っているようではあるが……
「(メアリー)」
「(分かっています)」
今のエクルはいつどのようなミスをしてもおかしくない状況といえる。
しかしさらに追及してもさらに追い込むだけであるので、メアリーに互いに注意をしようと目くばせで言い合った。
「少しでも気になった事があれば互いに言い合おう。……それに、他の生徒会メンバーが居る可能性がある」
他の襲撃者は捕縛した班のメンバーが連行していったはずだ。同じようにこの場所に来ていたとしたら、同じようにこの空間に来ている可能性が高い。その場合は合流という選択肢を目指すのも一つの手だろう。あらゆる可能性を考え、試していくとしよう。
しかし簡単に物事が運ぶとは思えない。途中で妨害はあるだろし、あるいはなにもないまま数時間走らせて体力が尽きた所を狙われる、という可能性も大いにある。どちらにせよ臨機応変に、相手の思い通りにならぬように進んでいくとしよう。
「――進むぞ」
と、意気込んで進んだ俺達であったのだが。
「……なにかの部屋に着いたな」
「着きましたね」
「着いたねぇ」
軽めに走って数分。特に妨害も無く俺達はとある空間に出て来ていた。
無限に続くかと思ったのにも関わらず、突然見えて来たこの場所に戸惑いはしたが、なにかあるのではと思いつつこの部屋を見渡す。
「これはアレですね。部屋の中央に入った途端に上からボスが現れるタイプの部屋です!」
「あー、なんとなく分かりますね。弟がやってたゲームでもありましたよ。何処からやって来てるんだ、的な。でもそうなると大抵機械とか化物系ですよね」
「はい、人型とか敵幹部だと中央で待ち構えたりしますよね。機械や化物も中央で鎮座している事はありますが」
「近付いたら起動するやつですよね。キュピン! って目が光ったり」
「です!」
「……ねぇ、ワタシの子孫。彼女らはなにを言っているの?」
「知らん。そういうものだと思っておいた方が良い」
メアリーとエクルの所感はともかく、なにかが起きそうな場所と言うのは分かる。あるいはなにかがあった場所、と言っても良いかもしれないが。
わざわざこのような空間を用意するくらいだ。ここに閉じ込めた誰かが仕掛けて来る場所としては充分な部屋であろう。
「メアリー、エクル。おふざけはその程度にしておけ」
なので、相手がどう来るか分からないので、天井が見えない上を見ながら「上から来る!」と見ている二人を注意した。この二人の場合はふざけた事は言っても警戒は怠る事は無いのだが、釘を刺さねば何処までもふざけ倒すのも確かなので注意はしなければならな――っ!
「ごめんなさい、ヴァーミリオン君。流石におふざけがすぎましたね――ヴァーミリオン君?」
「すまないね。まぁ私達が心配するようなモンスターは居ないようだから――か、ら……」
「どうかしましたか、エクルさ――誰ですか!?」
先程まで俺は、この理解不能な空間においてもメアリーのいつもの意味は分からないが何処かホッとする、陽気な言葉に心の安らぎを得ていた。
しかし今の俺の気分は最悪である。
理由は明白、今までにないほどの強大な敵に対する危機感が、生存本能を刺激していた。
「待っていたぞ、お前達」
強大。
聖槍と聖鎧を身に纏った母上に相対した時も。
夢魔法で全世界を覆った母さんが戦う時を見た時も。
ここまでの感想を抱く事は無かった。
「部外者もいるようだが歓迎しようではないか」
毅然と振舞え。
いつものように、王族として、ヴァーミリオン第三王子として。
そうでなければ目の前のこの男は俺達に対して失望し、全てを壊しにかかり――叩き潰される。
その確信が今の俺には――
「ライラック・バレンタイン……?」
ライラック公爵子息という“敵”に対峙した俺は得ていた。
おまけ ふと思うヴァーミリオン君
――今更だが、強大な敵を思い浮かべるのに、モンスターよりも産みの母と育ての母を真っ先に思い浮かべるとはどうなんだろう。……あれ、俺って戦闘でも日常の精神面でも、母達がトラウマになっているのか……? ……よし、気にするな、俺!




