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知らぬ所でも物語は起きている


「メアリー・スーさんをどう思っているか、ですね」

「はい」

「では改めて答えさせていただきます。……ただ、当事者や今はシャトルーズ卿とお話しされているヴァイオレットさんには話さないでいただけますか?」

「ええ、勿論」

「一言で言うならば自由な方、ですね」

「自由?」

「ええ。メアリーさんは自由です。多くの選択を選ぶことが出来る強さがある」

「確かに、彼女は自由と言えますね。常識を変えてくれる強さがある」

「はい。ただ……」

「ただ?」

「私にとっては、少し怖いです」







 名勝負というのは一人では生まれない。

 そんな当たり前を改めて認識させる試合であった。

 結果だけ言えばヴァーミリオン殿下の優勝。だが、見た者にとっては月並みな言葉だが、どちらも優勝と言って差し支えのない勝負であった。大技のぶつかり合いが起き、その際に運が偶々良かったのが殿下の方であったという話。緊迫した名勝負は、今後の学園でも語り継がれていくだろう。……そう思わずにはいられない試合であった。

 

 一年の優勝者はヴァーミリオン殿下。

 二年の優勝者はエクル・フォーサイス。

 三年の優勝者はもう少しで決まる。

 俺は外部も含める特別(エクストラ)試合(トーナメント)に参加する者として控室にアプリコットと共に来て、他の参加者から少し離れた場所に座っていた。


「微妙な面持ちだな、クロさん」


 控室で現在の試合を映し出す魔法の画面を見ていると、俺の隣に座るアプリコットが魔女の帽子のスベリ部分に人差し指を当ててクルクルと回しながら、世間話をするかのような軽い形で俺との会話を始めた。

 俺もそれに対して気負いなく返答をする。


「さて、な。殿下とメアリーさんの相手をしなければならない可能性を思うと少し憂鬱なだけだ」

「両者がこの御前試合(クルセード)までに体力が回復すれば、だな」

「……そうだな」


 殿下とメアリーさんの勝負は名勝負だった。だが、互いの熱い言葉によって白熱(ヒートアップ)していった試合は、事前準備で耐久性がとても高い護身符を超過する程の威力の魔法のぶつかり合いによって締められた。ようは勝負後は二人共体力の限界が来て倒れたのだ。

 診療の結果両者の身体には特に問題が無いので、二年生と三年生の予定通りに進められてはいる。が、大事を取って休んでいるそうだ(クリームヒルトさんから聞いた)。


「しかし熱い御前試合(クルセード)だった。上手く聞き取れはしなかったが、お互いの思う所をぶつけ合った試合に思えた」


 アプリコットは回していた帽子を回す勢いで上にあげ、杖でキャッチしながらそのような感想を言う。

 お互いの思う所……つまりそれは、殿下とメアリーさんの試合中の会話だ。

 あの乙女ゲーム(カサス)で言う所の主人公と殿下における重要な会話。殿下の本人も無自覚であった心の奥底に眠る鬱憤を払うために重要な会話だ。


「本気を出さない殿下に対して、常に本気だと殿下は答えて、そしてメアリーさんは“そうじゃない”と否定した後に“私は貴方を尊敬している。私は貴方の下じゃない。対等な存在として、私は歩みたい。だから――本気で行くよ”……って感じの会話だよ。あの会話は」

「クロさんは聞こえていたのか? 我は歓声や魔法などで叫んでいる位しか分からなかったが」

「まぁな」


 俺だって観客席では全ては聞き取れなかった。

 あの会話は本来当事者にとっては重要で、他者にはなにが起きているのか聞き取れ(分から)ない会話だ。

 だけど俺はその会話を知っている。古い記憶でもあの乙女ゲーム(カサス)での殿下について思い出す時に、この言葉の印象が残るほどには。


「だが、王族に対して堂々とそのような事を言えるとは胆の据わった女性だ。……下手したら極刑だぞ?」

「メアリーさんも、いきなり殿下を"第三の心眼”と書いて"サード・アイ”と呼ぶお前に言われたくないだろうな」

「違うぞ、"真実の瞳”と書くのだ」

「どちらにしろ問題だな」


 しかしアプリコットの疑問は尤もだ。いくら同じクラスで学園生の立場とは言え、平民が王族にそのような事を言ったら問題だ。そもそも、王族という相手にそう思う事すら不敬に値するのだから。


「問題ないよ。殿下は彼女を愛しているからな。好きな相手に多少言われた程度じゃ文句は言わないだろう」


 殿下がメアリーさんを好いているというのは事実だが、正しくは殿下も何処かで感じ取っていた事を言語化されたためにお咎め無しなのだろうが。

 メアリーさんのように才能に溢れているにもかかわらず、その事実に目を逸らして他者が壊れない程度の才覚までに能力を抑えている殿下を目覚めさせるための言葉。……本来であれば、主人公(ヒロイン)が使う言葉。


「……クロさん。貴方はメアリー・スーとは違うであろう?」

「ん、どういう意味だ?」

「いや、な。ふと気になったのだ」


 アプリコットは杖の先にかかっている帽子を被り、少し前の事を思い出すかのように俺に尋ねて来た。だけどどういう意味だろうか。今の会話の何処からどの質問が湧いて出たのだろう?


「確かにクロさんは毒を進んで食べては痙攣に興奮を覚えないし、ベージュさん夫妻のように愛を語る時殺しあわないし、ロボさんのように機械(アーティファクト)に身体を身に包み爆発を起こさない。彼女らと比べると普通だ」


 うん、そいつらと比べても俺が際立つ変態性を持っていたら多分危ないと思う。


「メアリー・スーのようなあらゆる面の天稟に溢れる訳でもない。だが、確かにクロさんはメアリー・スーと――共通点があると思った事があった。……言語化は難しいが、何故かそう思えた」


 それはもしかして……メアリーさんと俺がこの世界の予備知識を知っている転生者だと何処かで感じ取ったのだろうか。いや、メアリーさんがそうだとは確定した訳では無いが。


「違うよ」

「む、あっさりと否定するのだな」

「ああ、生憎とメアリーさんのような振る舞いを出来るほど俺は出来た人間じゃないからな」


 だけどその問いには否定しなくてはならない。

 例え同じ転生者だとしても、俺は彼女のように才能に溢れていないし、多くの者を救おうとはしていない。同じにされては彼女に失礼だろう。


「ふ、そうか。とはいえクロさんは我の恩人でもある。あまり卑下されても困るぞ」

「そうか――お、そろそろ始まるな。準備しなくちゃいけないな」

「そのようだな」


 会話をしていると、三年生の決勝戦が終了した。

 三年生達は魔力回復治療の為に試合は少し後に回されるため、外部参加者の俺達や一、二年生の試合が優先して行われる。場内整備が終われば俺達の試合が始まるだろう。


「お互いに勝ち進めるといいな」

「おや、クロさん。別に負けても良いと言ってはいなかったか?」

「まぁそうなんだけど……ちょっと負けたくない、と思う事が出来てな」

「……そうか。勝負の時は手加減はしないぞ?」

「ああ。その時はよろしくな」


 アプリコットは拳を差し出したので俺もそこに拳を当て、お互いの健闘を祈った。


真実の瞳-サード・アイ-

・多分人間の目には映らないモノを可視化する眼。適当に言っているだけでヴァーミリオンにそのような能力は無い。

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