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提案


「家名が無い?」

「ああ」


 闘技場に参加する説明を受け、道具を渡される順番待ちをしている間に俺達はシャトルーズと会話をしていた。殿下の方は説明の前に何処かへ行ってしまった。


「色々あって我は家族と呼べる者が居ないのでな。その際に家名を捨てたのだ」

「では申請書類に(ファースト)(ネーム)だけ書かれていたのも不備ではなく、あの後にアプリコット・ハートフィールドと書いたのも偽証ではなく……」

「そう、養子などではないが一応庇護(カバー)されているモノでな。先程のような場面の際にはハートフィールドで通させてもらっている。まぁ家名まで必要とは思わなかったのは我の不手際だが」


 事情があってアプリコットは実親は居ない。

 グレイと同じように養子という形をとろうともしたが、アプリコットはこれを断り独り暮らしをしている。生計の方は偶に賞金のかかったモンスターを狩ったり、手製の魔道具などを売って暮らしている。一応は成人はしていないので家名の方は俺の家のハートフィールドを名乗らせてはいるけれど。


「しかし、あの男爵の執事息子も養子と聞いているが……失礼だが、ハートフィールド家はなにも言わないのか? 今は違うだろうが、未婚の父で養子などを多くとればあまり外聞は良くないだろう」


 シャトルーズの疑問は尤もだ。

 爵位を買うことが出来たり、前世とは違ってモンスター討伐などの武勲による爵位贈与があるため男爵家以下はわりとごたついては居るが、貴族というものは生まれや血を重視する。才能故に爵位を貰っても、いわゆる血統主義者は貴族には多い。

 モンスター討伐などによる昇進もあるけれど、同時に……殉職もある、ので養子という形をとるのは珍しくは無いが、良い顔をされないのも確かだ。


「ええ、正直親とか兄弟は良い顔していませんよ。勝手をするなとはよく怒られています。只でさえ俺は問題起こしてばかりの親不孝者な子ですし」

「貴族としての誇りは無い、と?」

「今の立場で出来る事をやった結果です。やった結果貴族らしくなかったとしても、グレイやアプリコットを放り出す方が嫌ですから」

「……“(イヤ)”、か」


 俺の言葉にシャトルーズどう思ったのかは分からない。

 感情に任せて動く愚者か、貴族としての誇りを持たぬ恥さらしか。学園生時代の友のように好意的に受け止めて貰えればいいが、期待のし過ぎも良くは無い。

 今更外聞を気にしなくてはならない程首都で取り繕う必要はないが、せめてアプリコットを家名が無いという事で見下さなければ良いとだけ思う。


「……なんと言うべきか、アイツやネフライトと似ているな、男爵」

「アイツ、ですか?」

「ああ、すまない。ええと……」

「もしやメアリー・スーの事か? 我も一度しか会っていないが」

「ああ、そうだ。よく分かったな、レ――ハ――アプリコット」

「……まぁ、徐々に呼び方は慣れろ。そしてメアリー・スーに関してだが、どうせ好意を抱く者の名前を呼ぶのが恥ずかしいのだろう?」


 思春期か。ああ、いいや思春期なのだろうけど、まさかそんなはずが――


「くっ、何故分かる……!」


 シャトルーズはアプリコットの言葉に驚愕したかのように目を見開いていた。

 マジかこの男。そういえばシキに居た頃も「アイツを守るため」とか「アイツを……!」と言って名前を呼んでいなかったな。まさかあれもテレで呼んでいなかったのか? ヘタレか。……あの乙女ゲーム(カサス)でもそうだったっけ?

 というか俺とメアリーさん、そしてクリームヒルトさんと似ているとはどういう意味だろう。両者共貴族という訳でもないし、あんな美少女達と外見が似ている訳もない。


「好きだから照れるというのは否定はせんが、愛しき女性の名くらい呼んでやれ。嫌いじゃないかと勘違いされるぞ」


 おや、意外だ。アプリコットの事だから情けないとか言って否定するものと思ったけど、否定はしないのか。アプリコットはあまり恋愛関係の話を聞かないので興味が薄いと思っていたが、そこの所の感情は汲むのか。薄いからこそ否定しないだけかもしれないが。


「しかし、どうすればいいんだ。確かに名前で呼んでくれとは言われるが、呼ぼうとすると肺が震え、言葉が詰まる。強者に会ってもこのような事は無かったのに……!」

「一度軽く呼んでしまえ。さすれば道は開かれるであろう。言葉(アニミズム)を放出することから一歩踏み出せるだろう」

「そういうものか。メ――……レディ・メ――よし、一度深呼吸をしよう」

「お前は名前に関する宿業(カルマ)でも背負っているのか?」

「俺が背負っているのは真実の(トゥルー)(ラバー)だけだ」

「やかましいわ」


 殿下が仲が良いのではと言っていたが、確かにこの両者はある意味仲が良いのかもしれない。シャトルーズこういうグイグイ来るタイプの女性が苦手だけれど、嫌いという訳では無い感じなのだろう。

 思い返すとクリームヒルトさんも向こうから来るタイプだったから親しそうに話していたのだろう。そうなるとメアリーさんも――


「へぇ、シャル君が女の子とあんな風に話すなんて珍しいですね」


 ――メアリーさんも、進んで領域に入ってくるタイプだから、上手くいっているのかもしれない。


「そうなのですか? 私はクリームヒルトさんやそこにいるアプリコットみたいに話しているシャトルーズ卿しか見た事が無いので、よく分かりませんね」

「珍しいですよ。基本的に女の子に対しては多くを語りませんから」

「それは貴女にもそうなのですか、スーさん?」

「私には会って二ヵ月位経ったらよく話してくれるようになりましたね。あと、私の事はメアリーとお呼びください。呼び捨てで構いませんし、敬語も不要ですよ」


 ああ、本当に厄介だ。彼女は目立つ存在なのにも関わらず、今の今まで俺は気付かなかったし、アプリコットとシャトルーズも会話に夢中で彼女が来た事にも気づいていない。

 周囲も――それぞれが別の事に意識が割かれており、こちらに向く視線は無い。まるでここだけが切り取られた空間のようだ。


「敬語と敬称に関してはご容赦ください。私はこういう風に話す方が気が楽なモノで」

「確かにヴァイオレットと話す時もそうでしたね。対外的ではなく、普段からですか?」

「ええ、彼女は公爵家の方でしたからね。初めに敬う形をとっていたのですが、そうしていたら取るタイミングを見失いまして」

「ふふ、珍しい御方ですね。男爵家で領主ならば、どちらかと言うと普段は敬語で話さないイメージがあったんですが」

「……色々な貴族も居ますから」

「そうですね、失礼しました」


 さて、メアリーさんはなにが目的で今俺に話しかけて来たのか。

 探りを入れに来たのか、純粋に見かけたから話しかけて来たのか。

 シアン曰く“悪意が無い”との事だが、無いからと言って害が及ばない訳では無い。メアリーさんはどういう存在か分からない以上は、珍しいという言葉すらこちらを伺うための言葉に聞こえてきて怪しく思えてしまう。


「クロさん」

「はい?」


 しかし変に身構えるのも得策ではないだろう。

 転生者なら仲間と思うかもしれないし、今の立場を追いやるかもしれない敵と見るかもしれない。

 転生者ではないのならばこの警戒心はただの挙動不審で失礼な行動だ。

 メアリーさんが今の立場を築くという事はそう簡単な事ではない。ならば前者にしろ後者にしろ平常心を保たなければ。


「一つ提案があるのですが、聞いてくださいますか?」

「提案?」

「ええ」


 メアリーさんは悪戯をするかのような、そして何処か怪しく微笑む。殿下かシルバ君辺りが見ていたらあらぬ疑念を吹っ掛けられそうだ。

 ……悪意が無いとシアンは表現していたが、皆無という訳でもない。その小悪魔的な表情を見て、


「――――――――」


 “提案”を聞いて、警戒心は間違いではないと理解した。


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