とある出会い(:白銀)
View.シロガネ
「……?」
「どうした、クロ殿?」
「いえ、なにか気配を感じたような気がしまして。……一応確認だけしておきますね」
と、イケない。気配遮断を途切れさせたつもりはないのだが、動揺のせいかクロ様に気付かれたようだ。ここは師匠直伝(※されてない)の気配遮断移動を使用し、見つかる前に去るとしよう。サササササッ。
「…………。気のせいだったようですね。どうやら神経質になっているようです」
……危なかった。
なんとかクロ様の視界と感覚の外に逃げられたが、クロ様部屋から顔を覗かせた瞬間に周囲を鋭く索敵していた。その索敵は獲物を狩る獣のそれであり、同時に見つかけたら相手に身構えられないようにするものであった。ようは仮に見つけたのが敵であれば、敵が対応する前にクロ様が敵を捕縛するだろう、と思える代物だった。本当に領主やっている素人なのだろうか。
――見つからなかった事だし、今日はこの位にしておくか。
気のせいだとは思われているようだが、この後警戒態勢を強めるように命令を出さないとは限らない。今日の所は大人しく部屋に戻り、明日にでも備えるとしよう。
今回の私の情報収集は不発に終わった……うん、なにも得ずに終わった。そういう事にしておこう。ともかく、不発に終わったが、今後は今日の事を参考に、これからの行動を考えていくとしよう。
「ふふ、クロ殿も神経質になるんだな」
「そりゃなりますよ。なにせ公爵家の義理の兄が来ているんですから」
「クロ殿はもっと大胆不敵に、どしっと構えているモノだと思っていたよ」
「それだと良いんですがね。ですが、俺は愛する妻と息子達。そして我が家に関わる人達のために頑張ろうとするとどうしても心配性かつ神経質になるんです。あとは……」
「あとは?」
「もしも誰かが近くに居たら、ヴァイオレットさんに愛を囁くのが恥ずかしくなります」
「そこは近くに居る者にも聞かせてやる、くらいで良いのではないか?」
「それも良いですが、俺は貴女にだけ聞かせたいので」
「なるほど、確かに私も独り占めしたいな。……では、クロ殿」
「なんでしょう?」
「誰も居ないと分かった所で、早速独り占めさせて貰えるか?」
「ええ、もちろん」
……あれ? 私の行動、なんか夫婦のイチャイチャに使われてない?
私が外にいたからクロ様が外を確認する事になって、結果居ないと判断されて、それをイチャイチャに繋げられてない?
…………。うん、とりあえず。
――ヴァイオレット様、あんな台詞言うんだなぁ……
もしかしたら兄であるソルフェリノ様も、ムラサキ様と似たような会話をしているのかもしれない。そんな風に思うのであった。
――……ないか。
……ないな。
何故このタイミングで喧嘩をした理由は分からないが、ムラサキ様が外で振舞っている状態のソルフェリノ様が好きであり、バレンタイン家のようになりたくないというソルフェリノ様の言葉を受け入れられずに教育方針でもめた、というのは事実だ。
ようはムラサキ様が好きなのは“ソルフェリノ・バレンタイン”であるので、あのようなヴァイオレット様の状態には二人きりであろうとならないだろう。変な事を考えないようにしよう。ついでに先程のヴァイオレット様の事は記憶から消すとしよう。あのような情報は彼らだけのモノであり、余人が立ち入るべきではない。
……まぁ私が見た時点で立ち入ってはいるが……私がなにも言わなければ立ち入った事にはならないだろう。
――……というか、結婚ってあんな感じなのだろうか。
ソルフェリノ様の結婚生活を間近に見てきた私ではあるが、あのような感じではなく、どちらかというと家族という契約を交わした仲、という感じであった。ムラサキ様はソルフェリノ様を好いているとはいえ、貴族同士の結婚、ようは政略結婚に近いものであったから当然とも言える。
しかしクロ様とヴァイオレット様はなんというか……好き合っている仲の夫婦、というように思える。貴族とは違う、平民同士の婚姻関係に近いだろうか? 平民も利益で結婚する事はあるだろうが、それに近い気がする。
――あんな風な結婚なら、私も……
ド腐れ父は母の事を顔と身体が好みなだけであって、愛してはいない。
拾ってくれた叔父でもあるウィスタリア公爵様の家族も、なんというか歯車を回しているだけの関係性、という感じであった。
そしてソルフェリノ様の関係で出会った貴族達も、好き同士の者も居たには居たが、金や地位が無くなれば愛も無くなるような貴族の方が多かった。
ようは結婚に良いイメージが無く、これなら私は結婚なんてしなくて良いと思っていたのだが、あのような結婚生活なら――
――いや、私には分不相応な夢か。
私にとっての一番はソルフェリノ様であり、どう言い訳しても私は不誠実な男になる。そんな男が、あのような「この世で相手を一番愛している」というような関係性を望むなど不届きというものだ。
……やはり今回の一件、私の婚約者探しの目的は達成されそうにない。
ソルフェリノ様には悪いが、私には資格が――
「危ないですー!!」
「へ――」
資格が無いと思いつつ、自分があてがわれた部屋に戻ろうと移動している最中。
唐突な声の方を振り向いた瞬間に、謎の女性が私に向かって突進――というか、思いっきり倒れこもうとして来た。
滑って転ぼうとしている。という表現が似合うような、というかこれから転倒という言葉を見たり聞いたりする度に思い出しそうなほどの見事な転倒である。正確には倒れ込もうと両手を上げてしている最中ではあるのだが、既にその時点でそれはもう芸術的な転倒と言えるような転倒であった。
「おっ――と」
芸術的な転倒を成り立たせたいとも思う程ではあったが、流石に黙って倒れるのを見過ごせるほど私は非情ではない。
そう思った私は相手……女性にしては背が高い女性の、あまりデリケートな部分には触らない様に意識しつつ、転ぼうとする勢いを利用しながら転ばないように支えて相手の体勢を整えさせた。
「大丈夫ですか?」
「へ、あれ? あ、はい、大丈夫です……」
整えて相手が自分で立てる事を確認した後、私は妄りに相手に触れてはいけないと思い手を離す。
――と、しまったな。この時間に此処に居た言い訳を考えないとな。
そして手を離した後、自分の不手際に頭を痛める。
紳士として間違った行動はしなかったが、ソルフェリノ様の従者としては誤った行為をしてしまった。彼女は誰かは知らないが、この屋敷でアンバーと同じ従者の服を着ているのでハートフィールド家の関係者だろう。であれば私が今日この時間に此処に居た事が知られてしまう。この事はまさに私の不徳の致すところという他ない。
――油断した。ソルフェリノ様に迷惑を……
これは私が変な事を考えて行動してしまった故に起きた出来事だ。私が責任を持ち、最後まで影響が出ないように全力を尽くすしかない。
……場合によっては私が全てを投げうってでも、迷惑をかけないようにしないと。
「あ、ありがとうございます。ご迷惑をおかけする所でした」
……それでも、彼女に怪我が無かっただけでも良しとするか。
ここは彼女がどういう相手なのかを判断し、クロ様達に怪しまれないように会話を誘導をしなければ――
「――――」
「? どうかしましたか? ……はっ、まさか今の衝撃で何処かお怪我を!?」
――しなければ、ならないのだが。
彼女がどういった相手なのかを観察しようとして、会話をしようにも黙り込んでしまい。
黙る私を見て、心配そうに覗き込んでくる彼女を見て、今までにない体の不調を覚えた。
――心臓の鼓動が激しい。
彼女を見た瞬間に私の心臓の鼓動がうるさいくらい聞こえ。
言葉を口に出そうとも上手く呂律が回らない。
二十三年間生きて来て、今まで感じた事の無い不調を私の身体は訴えていた。
そう、これは――
――不整脈!
そうだ、そうに違いない!




