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もう一つの理由


「クロ様、ヴァイオレット様。失礼してもよろしいでしょうか」

「シロガネさん? はい、どうぞ」


 俺がちょっとばかり貴族の権力の強さに気を引き締め、よく考えれば自分も貴族だけどそんな感じしないな、とか思っていると、シロガネさんの声がノックの後に応接室の外から聞こえて来た。


「失礼します」


 俺の応答を聞いてから無駄のない動きで応接室に入って来るシロガネさん。……一応周囲に話を聞かれないように気を使ってはいたのだが、彼の気配を感じられなかった。まさか聞かれたりしていないよな?


「なにか御用でしょうか?」

「はい、改めてになりますがこの屋敷に関して確認をしたい事がありまして。お時間大丈夫でしょうか?」

「はい、大丈夫ですよ。なんでしょう」


 聞かれていたかはともかく、シロガネさんの話にはキチンと対応しておこう。

 シロガネさん。フルネームはシロガネ・スチュアート。

 ソルフェリノ義兄さんと同じ年齢の乳兄弟。

 彼への感想は一言で言うならば“静”。なんというか、彼から行動をしたり、話したりしないと存在がとても静かなのである。

 フォーンさんのような影が薄いのではなく、居るという事は認識出来るし、急に話しても驚く事は無いのだが、シロガネさん自身が動かないとこちらは彼をあまり意識をしない。それほどまで周囲に溶け込んでいる。

 それでいて彼を意識すれば確かな存在感を感じられるような、そんな不思議な存在だ。


「――確認いたしました。ありがとうございます。それとクロ様。私はクロ様と比べ卑賎な身。敬語は不要です」

「ええっと……私にとって敬語の方が楽なのです。それに貴方方はお客様ですので……申し訳ございません。出来る限りはそうしますが……」

「これは失礼な事を言いました。申し訳ございません」

「あ、いえ。こちらこそ」


 俺の言葉に深々と頭を下げるシロガネさん。……なんというか公爵家の従者とかって、「礼はともかく、頭を下げるのは主人だけだ!」みたいな風に頭を下げる事はあまり無いと思っていたので、ちょっと意外である。


――複雑な生まれだから、そういう性格なんだろうか。


 シロガネさんはちょっと複雑な生まれである。

 従者ではあるが、ヴァイオレットさんとも血が繋がっているそうだ。確かウィスタリア公爵の従兄が従者に手を出した末に出来た子が彼なのだとか。

 そんな扱いの難しい子だったのだが、ウィスタリア公爵はなにを思ったのか引き取り、従者として育て上げたそうだ。

 一家の継承権は無く不義の子のレッテルを貼られ、又従兄弟であるソルフェリノ義兄さんの従者として、育つ。……複雑な環境にある以上は風当たりが強い時はあったであろうから、彼の処世術なのかもしれない。


――……いや、これは下種の勘繰りだな。これ以上は止めておこう。


 彼は彼の意志をもって俺達に頭を下げている。そこは部外者である俺がとやかく考えるべき事ではないだろう。


「あの、すみませんシロガネさん。こちらも質問よろしいでしょうか?」

「なんでしょう?」


 よし、考えを切り替えよう。今は彼の前世の漫画とかである「お前の事を見返してやりたかったんだ!」的な事を言って主を裏切りそうな過去の話は置いておくとして、聞きたい事を聞いてみるとしよう。


「今回のシキ来訪の理由なのですが……本当に喧嘩をしたから家出した、という事なのでしょうか」

「クロ殿、それは……」


 とはいえ、ヴァイオレットさんが心配そうな表情をしているように、この質問の答えが返って来るとは思えない。

 主が居ない中での主への質問であるし、従者であればまず答える事は無いだろう。あるいは言葉を曖昧にして濁すかをすると思う。一応なにか反応を得られるのではないかと思い聞きはしたが……彼の場合、期待した反応は得られそうにないな。


「はい。ソルフェリノ様は奥様と教育方針でお揉めになり、喧嘩の果てにシキに来ております」


 濁さず答えちゃったよ。良いのか、ソルフェリノ義兄さんの乳兄弟で唯一の信頼出来る親友よ。


「ええと、聞いておいてなんですが、答えられて良いので?」

「ソルフェリノ様がお話した事ですし、クロ様達はどうやら疑念を抱いておられる御様子。であれば従者としてハッキリとさせねばと思い、答えました」


 ……その理屈なら答えてもおかしくは無い……か?

 いや、こうして真っ直ぐ答えられると「他に答えは無い」という風に言われている事になる。ようは「だからその質問はこれ以上しないように」という事だ。牽制、という意味ではこれ以上に無い回答かもしれない。


「あ、それとお話していなかったのですが、実はもう一つシキに来た理由があるんですが」

「え。ええと……」

「……それは話して貰えるのか、シロガネ?」

「はい、主は内緒にされていましたが、聞かれたからには答えるべきだと思い、勝手に話させて頂きます」


 いや、どうなんだこれは。シロガネさんもさっぱり読めん!


「……話して良いので?」

「良いのですよクロ様」

「ソルフェリノ兄様の親友とはいえ、勝手に話すと兄様が罰を与えるのでは……」

「ご心配無用です、ヴァイオレット様。……いえ、むしろ居ないからこそ話しておくべきだと思うのです。――もう一つのシキ来訪の理由を」


 ま、まさか本当にシキ来訪の理由に別の理由があるとは。

 しかもそれをついさっきソルフェリノ義兄さんから「唯一心を許せる友」とか言われていたシロガネさんによって、勝手に言われるとは。……本当に鬱憤が溜まっていて主を裏切るタイプの従者だったりするのだろうか。

 というか本当に聞いて良いのだろうか。これを聞いた事によって「秘密を聞いたな? よし、消す」みたいにならないよな? ……ならないよね?

 ……よし、折角だから聞いておこう。そして内容の如何によっては、オーキッドに頼んで亜空間である煉獄へと逃げ込むとしよう。


「もう一つの来訪理由は――」


 俺達はシロガネさんの重要機密に黙って集中して聞こうとし。


「……私の婚約者探しです」

『…………』


 その内容に、思わず黙り込んだ。


「婚約者探し?」

「はい。私、この年齢まで婚約者が居ないので、いい加減誰か良い相手を探せ、と。なにせもう二十三なので、いい加減に見つけろ、とソルフェリノ様が」


 ……まぁこの世界、冒険者とかでもない限り十代で結婚が基本だもんな。

 何処かの第一王子や第二王女が特殊であるが故に忘れてはいたが。


「だとしても、何故シキで探されるので?」

「統治している場所から遠いのと、個性的な女性が多いとの事で、色々と個性の強い女性を相手して女性に慣れる事から始めろ、とソルフェリノ様が」


 それ逆に女性恐怖症にならない? 大丈夫?

 ともかく……えっと、つまり、なんだ。シロガネさんのこの様子からして、気が進まない事を命令されたから、愚痴を言いたかったとかそんな感じなんだろうか。……シロガネさんも前情報と違って、ソルフェリノ義兄さん同様愉快で楽しい性格へと変わったのかもしれない。


「……アンバーさんとかどうです? シロガネさんの一つ年上で、今フリーですよ?」

「かつて指導にあたった者として、弟子に近い存在に手を出す訳にはいきません」


 なんか何処かで息子嫁候補がくしゃみをした気がした。


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