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教育方針について


「失礼、ソルフェリノ兄様。今、なんと?」


 予想外の台詞に呆気にとられた俺達に対し、ヴァイオレットさんは咳払いをするとソルフェリノ義兄さんに言葉を問い返した。本来であれば言われた事を聞き返すなど失礼な事だが、今回ばかりは仕様が無いと思う。


「妻と喧嘩をした。すまないがしばらく住まわせてくれ」


 それに対して聞き間違いであって欲しかった言葉は、一字一句違わず再び答えられた。

 ……えっと、これはどういう事だろう。元からこういう御方で――あ、ヴァイオレットさんが紅茶に優雅に口をつけてはいるが、理解不能そうな「え、どういう事?」みたいになっている。バーントさんも直立不動ではあるが、「え、どういう事?」みたいになっている。どちらも表情を崩していないが、普段から見ていると違うのが分かる。


「…………」


 それに対しシロガネさんは澄んだ表情で特に変わりなく佇んでいた。こちらはあまり知らないというのもあるので、どういう感情かは読みにくいが……なんとなく、「いつもの事ですね」的な感じがする。……この予想は当たって欲しいような外れて欲しいような微妙な所である。


「ええと、ムラサキ義姉様と喧嘩をなされた、と」

「そうだ」

「それでソルフェリノ兄様は……」

「こうして住んでいる屋敷を出て、ここに来ている」

「……何故喧嘩をされたのです?」


 ここで「なんでシキに来たのか?」ではなく、喧嘩理由を聞いて来る辺り、ヴァイオレットさんは気を使っているのだろうか。それとも混乱しているのだろうか。


「そのためにはまず、バレンタイン家の教育について語らなければならないな」

「はぁ。……え、我が一族の教育?」


 ん、どういう事だろう。

 バレンタイン家の教育といえば、個人的には好ましくなくとも言いたい事は理解出来る様な代物だとは軽く知っているが……


「ハッキリ言おう、バレンタイン家の教育を私はだいっっっっきらいだ」

「はい?」


 はい?


「上に立つ者として、王族に連なるモノとして、相応しくあるよう厳しく育てているというのは理解している。公爵家という上に立つ者として必要な物はヒトとしての情ではなく、情を排除したミスしない管理者だ」

「は、はぁ。確かにそういった物でしたが……」

「それでいて他者に隙を見せるな、自分以外を信用するな。いつ如何なる時も油断してはならない。という教えだ」

「はい。ですからお風呂や着替えも自分一人でやれ、ですからね」

「そうだ。……そのお陰で身の回りの事は一通り自分で出来るようになったのは感謝するが」


 そういえばそうだったな。ヴァイオレットさんが来る前はそれらを補助する必要があるかと思い、カナリアを呼ぶかアプリコットを呼ぶかで迷ったものだ。結局ヴァイオレットさんが気が付けばシキに来て、自分の事は自分ですると言ってくれたお陰で大分助かったのを覚えている。


「ヒトを管理する管理者の癖にヒトを信用するな、だ。文字通り他者を物として扱う教育方針だ。……本当にふざけている。しかし私は性格と能力的に合っていたのだろうな。バレンタイン家次兄として相応しく振舞えていた」

「ええ、私から見たソルフェリノ兄様は、私が参考にするほどバレンタイン家の一員で――」

「だが正直言うと可愛い女の子ともっと遊びたかった」

「ええー……」


 彼は考えが見えない、と感じたが、こういった意味での考えが見えないだとは思わないし、とても困る。


「……だが、私は父と母に逆らうのが恐ろしく、従い、上に立つ者として周囲を管理し、生きて来た」

「ソルフェリノ兄様……」

「そういう表情をするな、ヴァイオレット。私はお前が染まっていくのを知っていて無視してきた兄だ。同情をされるような事はない」


 ……しかしこうして発言と表情を聞く限りでは、ソルフェリノ義兄さんはバレンタイン家の洗脳のような教育を受けていながら「この教育はおかしい」と自己を保ちつつ、今まで振舞えていた。それは彼が人を物として扱えないという、管理者としては必要でも人としては真っ当な精神性を有していたという事だ。

 妹を見捨てて自己保身に走る弱さは有ろうとも、その弱さは自己を保つために必要な事であるのならば仕様がない事とも言えるだろう。そして今こうしてそれを話してくれているのは、彼が様々な柵に苦しむ一人の男という事を証明しており、俺はそれを好ましく思う。


――だが、どこまで本音だ?


 ヴァイオレットさん達曰く、ソルフェリノ義兄さんは“考えが読めない存在”だ。こうして話しているのも俺達に弱さをアピールし、味方に引き込むための演技かもしれない。

 【弱さを見える】。それは相手にとって畏怖を無くし、親しみを持たせる手段としては常套手段だ。俺はまだ油断する事無く、表面上は同情のように接近しつつ、“どちら”なのかを判断しなければならない。


「と、親も兄にも逆らえず、妹も見捨てた弱い私はそのように生きて来た。……しかし、私が教えに染まらず、孤独でなかったのは唯一心の支えになる相手がいたからだ」

「それはもしや……」

「ああ、ここに居るシロガネだ。誰よりも近しい距離で一緒に育ち、心を許せる従者であり無二の親友だ。学園に一緒に入った時、“お前だけが心の支えとなる親友だ”と告げる程にな」

「ソルフェリノ兄様、そのように彼の事を……」

「ですが告げられた私は“いえ、私はソルフェリノ様の友でもなんでもなく、従者であり、それ以上でもそれ以下でもありません”と答えました」

「そしてショックを受けた私は二日間部屋で泣いた」

「それを言った日の次とその次が休日で良かったですね」

「ソルフェリノ兄様……」


 いや、どっちだ! くそ、さっぱり分からん!


「まぁシロガネとは学園生活を通じて分かり合えたから、それで良いんだ」

「はい、私も主人がまさかこんなに情けない男であるとは思いませんでしたが、それはそれとして立派な方ではあったので、こうして親友兼従者として仕えております」


 ……本当にどっちだ……!?


「あの、ところでソルフェリノ兄様。この話と喧嘩の件になんの関係が……?」


 そういえばそうだった。話は大分それたし、彼の本質がさっぱり分からなくなったので忘れかけていたが、ソルフェリノ義兄さんが妻と喧嘩した理由について話を聞いていたんだった。


「その事だが……私の妻は、私に惚れているんだ」

「はぁ、そうですね。ムラサキ義姉様は奥ゆかしく、あまり話さない御方でしたが、兄様に対する愛情は感じられました」

「そうだ。……ムラサキは、バレンタイン家の次兄として振舞っていた私に、惚れていたんだ」


 あ、なんとなくこの先の話が分かった気がする、


「もしや、ソルフェリノ兄様は今のような、シロガネに見せていたような感じでムラサキ義姉様に接しようとした。そうしたら色々と言われた、と」

「そうだ。なにを馬鹿な事を、と」

「恐らく息子が育って来て、バレンタイン家の教育方針で育てたくない、と思い始め、自分の内情を告白した、と」

「そうだ。……育てる立場になり、私のようになって欲しくないと思った」

「……。もしかしてですが、それでシキに……ええと、妹である私を頼りに、その……家出を?」

「そうだ」


 そうだ、じゃねぇよ。

 教育方針の違いとか、完全に夫婦間で解決して欲しい問題じゃないか。俺達になにを頼ると言うんだ。


「あれ、ですがムラサキ義姉様も日にちをズラして、こちらに来ると仰っていませんでしたか?」

「そうだ。だから来るまでに説得方法を一緒に考えてくれないか妹、そして義弟よ!」

『帰れ!』


備考 ソルフェリノ「だが正直言うと可愛い女の子ともっと遊びたかった」

この場合の遊びたかったは女遊びという訳では無く、同級生と一緒に依頼をこなしたり美味しい物を食べ合いたかった、という意味である。


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