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次兄の来訪理由


「ヴァイオレット。言葉が遅れたが、結婚おめでとう。兄として妹が立派に領主として振舞えている事を喜ばしく思うぞ」

「……ありがとうございます」

「そしてはじめまして、だな、クロ・ハートフィールド子爵。私の義弟」


 洗練された、とでも評するべきか。

 その立ち居振る舞いは、確かにヴァイオレットさんが受けていたという“上に立つ者”としての教育が行き届いた結果、身に着けた洗練さである事が伺える。

 ヴァイオレットさんの所作も綺麗であるが、ソルフェリノ義兄さんの所作も綺麗であり、()()()()()。まるで綺麗という事が当たり前かの様な存在感だ。

 最初に挨拶をしてきたシロガネさんを見た時に、彼は他の従者と比べると従者として立派過ぎて主人を立てられないのではないか、と思う程ではあったが……


――なるほど、あれで主人を立てられるような振る舞いであった、という事か。


 そう思えるほどには、ソルフェリノ義兄さんの存在は別格として成り立っていた。

 ソルフェリノ・バレンタイン。

 身長は百八十代中盤。ヴァイオレットさんよりはやや色素の明るい菫色の髪で、瞳の色は違って黒色。ヴァイオレットさんの兄で、三人兄妹の内の彼は真ん中ではあるが、年齢は少し離れて二十三。ムラサキという名の奥さんが居て、子供も一人いるようだ。

 そして「感情を読みにくい」というのが、彼を知っているヴァイオレットさんやバーントさんとアンバーさんの感想。

 ある時までは起伏は薄くとも感情が分かりやすいと思うそうなのだが、長い間接していると“内”と“外”の感情が違う事に気付く。今まで感じて来た内なる感情は“見せられていた内なる感情だった”と気付くという、そんな男性だそうである。


「まずは突然の来訪について謝罪させて頂きたい。申し訳なかった」


 そんなソルフェリノ義兄さんは、軽めの挨拶の後まず謝罪をした。謝罪の仕草は軽めのモノではあるが、それは充分にこちらの予想外と言える行動。向こうの従者は反応を見せずに佇んでいるが、こちらは間違いなく一瞬の動揺をさせるような行動であった。


「謝罪の言葉、しかと受けさせて頂きました、ソルフェリノ御義兄様(おにいさま)。本来であれば、貴方様に相応しき対応を以ってお迎えに参りたかったのですが、此度は遠路はるばる斯様な地、そして我が屋敷へ御足労頂きありがとうございます。そして申し訳ございませんでした」

「いや、謝罪は不要だ。むしろ領主に立派な屋敷と庭を以って出迎えてくれた事を感謝したいと思っている」

「そう言って頂けれると嬉しい限りです」


 まだ俺はソルフェリノ義兄さんという相手を知らずに済んでいたおかげか、ヴァイオレットさんの前で格好をつけたかったのか、比較的冷静に対応を出来た。

 そして相手よりも大きめに謝罪の仕草をしながら、俺は相手について一つ思う。


――厄介なタイプの貴族だ。


 貴族でも厄介なタイプには色々ある。

 自身の身分の高さを鼻にかけ、下の相手に横柄な態度を取るタイプ。これはプライドが高いので一度嫌われるとかなり面倒なのだが、欲望を満たすご機嫌伺いには露骨に機嫌が良くなる。

 もう一つは目的のためにプライドを捨てられるタイプ。利益のためにあらゆるものを道具とする。今世の父と同じタイプ(父だと身分)であり、これは前述のタイプに取り入って交渉するような、商人タイプ。このタイプは欲しい利益が分かれば敵であっても共同を張れるようなタイプだ。

 ……他にも色々とあるが、今回のソルフェリノ義兄さんのタイプは厄介だ。


「では立ち話もなんですから、どうぞこちらへ。お連れの方々もどうぞ。荷物などはそちらの女性に……と、アンバーさんとはお知り合いでしたね」

「そうだな。あまり私は会話をしなかったが、シロガネは一時的に教育をしたのだったか」

「はい。彼らを雇い入れた際に少しだけ指導を。あちらの者達とも多少は交流があるかと」

「そうか。では彼女達は指示を受けておけ。粗相のないように。私はまず彼らと話をする必要があるからな」


 ソルフェリノ義兄さんは指示をすると、言われた従者達は礼をして了承の意を示していた。……粗相のないように、か。


「では、改めて。こちらへどうぞ」


 俺がそう言うと、俺とヴァイオレットさんは先導をして。バーントさんは俺達の傍らに。俺達と一緒にこっそりと出迎えに来ていたオールさんは彼らの後ろについて、屋敷に入っていった。


――考えが見えにくい。


 歩きながら、軽めの挨拶をしてのソルフェリノ義兄さんへの感想を考える。

 爵位が低い成り上がりの俺に対しても謝罪をする。バレンタイン家を貶めたであろうヴァイオレットさんに対しても、敵意も侮蔑の感情も向けずに対応する。

 こういった、感情を無視して対応するような……相手を知ろうとすると、“誰”と話しているのかが曖昧になる存在は厄介だ。なにが正解かが分からなくなる。こんな相手と比べると、先日の商人がどれだけ可愛かったかがよく分かる。なにせこの御方は二枚舌なのか三枚舌なのか。一枚舌だけれど割けた舌(スプリットタン)なのかも分からないのだから。

 ……なるほど、ヴァイオレットさんやバーントさんとアンバーさんが言った通りだ。前世でも居たが、手応えを()()()()()()()()()タイプの、厄介な相手(きぞく)である。


「では、ソルフェリノ御義兄様、そちらへどうぞ」

「気遣い感謝する」

「お連れの方も楽になさってください」

「ありがとうございます、クロ様」


 話がある、というのでまず応接室に案内をする。この部屋に入ったのは、俺達側は俺とヴァイオレットさん、バーントさん。そして相手方はソルフェリノ義兄さんとシロガネさんのお二人。その他の方々は部屋の前で待機などをしている。

 ……信頼のおける相手だけを傍に置くような重要な話なのか、こちらの立場を考慮して慮っただけなのか。どちらにしろ人数的にはこちらの方が有利ではあるが……


――嫌でもこっちが不利だと分かるなぁ……


 存在感が本当に違う。数では有利でも、身に纏う雰囲気(オーラ)のせいでこちらが下なのだと嫌でも実感させられてしまう。

 量ではなく、質が違うと言うべきか。彼ら二人の重厚さは、彼らが連れた十数名の従者達より大きくて――ああいや、質で言えばヴァイオレットさんが最高値だからそうでもないな。

 彼女は今いつもより言葉数は少なく、いつもと違う貴族の側面が大きい凛とした態度であるが、この場の中では最高値の素晴らしさを誇る存在感(THE☆オーラ)だ。ヴァイオレットさんが傍に居るだけでもうこっちが有利だ。全然下じゃ無かったな!


「さて、まずは此度の来訪の理由を話させて貰おう」


 精神的優位を獲得した所で、ソルフェリノ義兄さんはまず俺達に向かって話しを始める。

 ……うん、精神的優位を確保しても、彼の言葉は割と怖いな。けどヴァイオレットさんに格好つけるために平気に対応しよう。


「はい、なんでしょうか。重要な案件と聞いておりますが」

「そうだ」

「私達で協力出来る事ならば、微力ながら協力いたしますが……」

「そうして頂けると助かる。……私ではどうにもならない案件だからな」


 ……これはまた、意外と言うかなんというか。

 俺はあまり彼を知らないので、この言葉が珍しい言葉なのかどうかは俺だけでは判断つかないが……


「……ソルフェリノ兄様が、どうにもならない、ですか? そのような難しい……いえ、複雑な案件など、私達に力になれるのでしょうか」

「ヴァイオレット。私とて出来ない事はある。それを理解しているからこそ、上に立つ事が出来る。バレンタイン家でもそう教わっただろう」

「それは、そうですが……」


 ……ヴァイオレットさんの動揺を隠せない言葉遣いと表情や、バーントさんが表情を一瞬保てずにいた所を見ると、やはり珍しい事のようだ。

 しかしその珍しい事をしてまで、俺達に頼って来る理由はなんだろうか。

 もし父や兄を出し抜いてバレンタイン家の当主の地位を得ようとするならば、弱い所を見せずに頼んでくるだろうし……いや、敢えて弱い所を見せて親しみを持たせる、という可能性もあるか。


「……ソルフェリノ兄様。話の腰を折り申し訳ございません。そのどうしようもない案件、というのをお聞かせ願えないでしょうか」

「……分かっている」


 どちらにしろ、話を聞かねば判断はつかない。

 正か偽が。善か悪か。嘘か誠か。協力出来るのか出来ないのか。

 なんであれ彼ほどの存在が、自分だけでは解決できないという重要な案件は、複雑かつ難儀な事だろう。家族である以上は解決に出来れば協力はしたいが……一番大切な家族を脅かすのなら、内容によってはやはり敵としてみなさなくてはならない。


「私がシキ、妹と義弟が治めているに来た理由、それは」


 そしてその判断の重要な最初の言葉は、今、紡がれようとしている――


「妻と喧嘩をした。すまないがしばらく住まわせてくれ」


 …………。

 ……。

 ……、ん?


『なんて?』


 俺とヴァイオレットさんは、たっぷり間をおいて同時に同じ反応をした。


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― 新着の感想 ―
[一言] なんでさ
[一言] なんて? どうやらここにも夫婦仲に問題を抱えた人が居たようだ。 王妃、王子妃につづきお義兄さんまで……。
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