黒のとある仕事_8(:黄金)
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――…………なんと言うべきだろうか。
謝罪。それは驚くほどあっさりと受け入れられ、私は許された。
当然全てのわだかまりが消えた訳では無い。私に対して思う所もあるだろうし、夫の事をクロ様は許してはいない。けれど私がしでかした事に関しては許されたのだ。
『元よりオール様を責める気はありません。貴女様は此度の謝罪をされるために、お一人でシキまで来られました。私にとってはそれだけで充分ですよ』
と、見返りの要求も無しに、私を許したのだ。
貴族であれば地位、土地、金、交流、性。いずれかを求めてもおかしくないが、許されるために金品を求める事なく、便宜を図るように言う事も無かった。
私を辱めたり身体を求める事もなく(ちょっと残念だ)、私がした行動こそが謝罪として求めていたのだと、クロ様は言っているようであった。
お人好し、と言えばお人好しなのだろう。ただなんとなくだが、私が表面上だけの謝罪を行った場合は、クロ様は表面上だけで許していた気がする。私が誠心誠意謝ったから、それに応えて許した、と言うような感じだ。
――子供みたい。
正確には大人の価値観を持った子供、と言うべきだろうか。
打算も策略も分かった上で利用できるモノは利用するが、善意などの好ましく思った感情には悪意では返さない。そんな目の前の事が良い事だから素直に喜ぶ子供みたいな男、という印象である。
これだけだと私のクロ様への印象は“貴族らしくないお人好し”程度の男だ。とてもではないが夫が愛した理由は分からないし、納得も出来ないし、参考にも出来ない。
「という訳で行きますよアンバーさん!」
「……はぁ」
という事で私は現在、部屋を抜け出してクロ様を観察しよう部屋を抜け出していた。「なにかあればアンバーさんに」と言っていたので、アンバーさん付き添いの脱出である。
「あの、よろしいのでしょうか」
「なにがです」
「御主人様と御令室様はオール様と和解されました。ですがこれは……」
「その厚意を無碍にする行動、と仰いたいのですね?」
「……失礼ながら、そうなります」
当然と言えば当然の疑問だ。相手を侮蔑していると取られてもおかしくはない。
だが、それでも私は抜け出して確かめたいのだ。
「私はクロ様の事をもっと知りたいのです。例え怒られようとも、この欲求は止められません……!」
「御主人様は怒ると怖いですよ?」
「知ってます。身を持って味わっていますので。あと体調は回復はしましたが、怖いお医者さんの言う事を無視しての行動ですので、割と内心はダブルでビクビクしております」
「……されているのですね」
うん、されている。
私は色んな所でクールとか冷酷とか言われているが、正直言うとそこまで精神は強くない。単に内心を表情に出すのが得意ではないだけで、内心ではビクビクとしている事は多かったりする。偶々私は両親の遺伝子を継いで美貌に恵まれはしただけであり、そうでなければクールビューティとか帝国の誉れ高き黄水晶とか言われてないだろう。あと後者は正直言うならやめて欲しい。私の誉れは大分前に死んでいると思う。
「ともかく、三家ともにバレずに任務を遂行しましょう……!」
「……はい」
謝罪の後のクロ様達は、このシキでオースティン侯爵家とシニストラ子爵家がお見合いをしているそうなのでその対応に向かわれた。どうやら夕食の場の提供の他にも予定があるらしく、その確認をするそうだ。
これは幸いと仕事をしているクロ様の様子を観察しようと、アンバーさんを説き伏せてここに来ている訳ではあるが……
「しかしこの緊張感、子供の頃を思い出しますね……」
「昔もこのような事を?」
「はい。ちょっと大人向けの本を離れの横の地面に埋めていたのですが、バレないようにそこに行って読んでいまして。その事を思い出します」
「……そうなのですね」
大人向けと言ってもちょっとそれっぽい描写があるだけで、今から思えば大した内容ではなかったのだが、幼少の私には大人に思ったのである。
「ですがある時部屋を出た時に婆やに捕まりまして」
「バレて本を取り上げられたのですか?」
「いえ、どうやら私が夜な夜なスコップ片手に出る事を不安視したようで。“お嬢様、毎晩抜け出してなにをされているのです!”と心配されました」
「……その後どうなったのです?」
「バレるのを恐れた私は“あら、ごきげんよう婆や”と優雅に振舞って部屋に戻り、翌朝何事も無かったように振舞う事で事なきを得ました」
「……得られたんですか?」
「ええ、得られました」
「得られたんですね……」
その後精神的な心配をされて精神面のお医者さんの問診を受ける事にはなったが、本は守られたので大丈夫だった。
ともかくそれ以降は監視が厳しくなったのでそういった事はしなくなったが、今回の事はあの時の事を思い出す。
「ふふ、この緊張……癖になりますね……!」
「……楽しまれているようでなによりです」
む、なんだかあまり表情を表に出さないアンバーさんが「この方イメージと違うなぁ……」というような表情をされている。
まぁそう思うのも無理はないだろう。なにせ私はあの王城での件以降色々と吹っ切れている。やれることはやっておかないと……!
「というわけで、クロ様の仕事を見に行きますよー、おー!」
「……おー」
「あ、その前に、ヴァイオレット様は今何処に居るか分かりますか?」
「御令室様ですか? 確かグレイ様とアプリコット様……お坊ちゃまとお嬢様と共に、夕食の準備をされている頃かと」
「ヴァイオレット様が自ら料理の準備を?」
「はい、息子と娘と一緒に料理をする機会を逃せない、と仰ってました」
……本当に変わったなぁ、ヴァイオレット様。彼女は料理など貴族がわざわざするモノでないとか言うタイプであったのに。
やはりクロ様の影響か。そうであればその辺りも詳しく知りたいものである。
「ですが、御令室様の場所を聞かれてどうされるのです?」
「それはもちろん――」
◆
「ヴァイオレット様。貴女の旦那様の仕事ぶりを観察したいと思います。その事を事前にお伝えしようと思い参りました」
「……はい?」
「決してクロ様を狙おうという事ではなく、あくまでも彼を知りたいだけなのですが、誤解無きように事前に伝えさせて頂きました。どうか、よろしくお願いいたします」
クロ様を知るにあたり、誤解を生まないようにまずは妻であるヴァイオレット様には伝えておかないと。報告・連絡・相談は重要ですからね!
「……アンバー?」
「……申し訳ございません」
「……そうか」
そしてヴァイオレット様はアンバーさんになにか聞きたそうに見て、内容を言わずにただ謝ったアンバーさんに対して何故かヴァイオレット様は納得されていた。なにを感じ取ったのだろう。
しかし本当にヴァイオレット様は息子さんと娘さんと一緒に料理をしているようだ。……私もこういう風に子供達とする時が来るかな。来ても良いように料理の勉強はしておこう。
備考 オールの子供達
「親の辱められる姿とか見せたくないし、謝罪で許されなかった場合に怒りの矛先が向かないようにしないと……」と首都に置いて来ている。それと個人として来たのもあるので割とテンションは高めのオールである。外聞を捨てた素の状態とも言う。




