ローピングロデオドライブ(:菫)
View.ヴァイオレット
私より少し高い身長。
柔らかそうな白い肌。
全身は芯が通ったかのように綺麗に立ち。同時に女性らしい柔らかい曲線も有している。
凛々しさを感じながら、何処か守りたくなるような存在。
「……久し、いな。……スー」
彼女は過去の私の所業がまるで無かったかのように、久しぶりに会う旧友に話しかけるようにそこに立っていた。
「メアリーと呼んでください。貴女は私をそう呼んだことありませんから」
私が学園に居た頃と変わらない、帽子越しで少々表情が見え辛くても分かる、妖艶でありながら無邪気という言葉も当てはまる微笑みで、私を見据えていた。微笑む表情からは決闘の時と同じように、私への敵意など存在していない。あるのは変わらずこちらを心配するかのような善意のみだ。
そして周囲に居るクロ殿達が単なる偶々近くに居た者ではなく、私の同行者ないしは知り合いだと気付くと、慌てたかのような表情になり、
「ごめんなさい、ご歓談中に。懐かしい顔を見たので、つい声をかけてしまいまして」
と、言いつつ綺麗な礼をする。
「はじめまして、メアリー・スーと申します。彼女と元同じクラスの学友にて、先程の劇にて分不相応ながらも主演を務めさせていただきました。以後、お見知りおきを」
貴族の礼のような仰々しさは無く、周囲を行きかう者が気にも留めないような自然さで、私達には敬意を持っていると分かる礼。雑音が多い中でも彼女の声は綺麗に耳まで届くこの状況は、まるで彼女の世界と私達の空間だけ切り取られたかのようだ。
「メアリー・スー……様」
今まで彼女の登場に止まっていたクロ殿達であったが、名前を聞いていち早く動き守ろうと私の前に出ようとしたのはグレイだった。クロ殿達も多少のリアクションはしたのだが、例え彼女が過去に敵対したとはいえ、結果を見れば私が悪く、彼女は今ただ挨拶しかしていないので“守ろうとする”こと自体が得策ではない。
グレイはアプリコットに動かないように止められ、代わりに一歩前に出たのはクロ殿だった。
「これははじめまして。ご丁寧にありがとうございます。私はヴァイオレットさんの夫のクロ・ハートフィールドと申します。先程は素晴らしい演劇でしたよ」
「ありがとうございます。そのように言って貰えるのならば私達も練習したかいがありました」
クロ殿はいつもの客人に対する接し方と同じように、にこやかに彼女に対して接していた。
彼女に対しては敵意は見えない。隠しているのか、抱いていないのかは分からない。
「貴方がお噂のクロさんなのですね」
「はは、あまり良い噂ではないでしょう?」
「……? あ、申し訳ありません。私が知っているのは貴方がヴァイオレットの夫という事だけで、貴方の仔細までは……」
「ああ、そうでしたか。これは失礼」
「いえ、こちらこそ失礼しました。噂話を出されても困りますよね」
対して彼女はクロ殿に対しても、殿下を見惚れさせている時と同じように、微笑み、不思議そうにし、慌て、にこやかに、時に慈愛の表情を浮かべて敵対する意思をまるで見せない。
だが全て受け入れるようで、彼女は意志の強い女性だ。間違っていると思った事は正そうとする強さを持っている事を、私は知っている。
「ああ、そしてこちらが――」
クロ殿はグレイ達と彼女の間程度に身体の正面をズラし、グレイ達の紹介をしようとして。
「クロ死スベシ、ヒャッホーーウ!!」
「にょぺっ!?」
『!!?』
「…………」
そして高速で突進するナニかに、クロ殿は真横から襲われた。
唐突な出来事に私達はなにが起きたか理解できず、吹っ飛んでいくクロ殿とナニかに眺め、状況を把握すると、
『クロ殿(様)(さん)!?』
私達は一斉にクロ殿の名前を呼び、メアリー・スー以外は慌てて駆け寄った。
なんだ、なにが起きた。テロリストか。悪魔か。邪神か。鉄砲玉か。神風特攻か。いや、落ち着け私。クロ殿がチラッと言っていて自分でも意味が分からない単語を思い浮かべているぞ。
ともかくなにが起きたかを把握しなくてはならない。
飛び込んできた(?)者は女性の声を発していた。なんだか聞いたことがある声だった気がする。つまりは誰かがクロ殿とぶつかったという事だ。まずは誰がぶつかったかと、互いの怪我に着いて把握しなければならない。
突然な出来事に周囲もざわついている中、私達はクロ殿と女性に近付く。
女性は動きやすそうな、どちらかと言うと男性向けのズボンのようなものに、冬場であるにも関わらずノースリーブの服を着ていて。紺色の髪に水色の瞳の――
「シアン、テメェなにしやがる!?」
――シアンさんだった。
修道服ではないので一瞬誰だか分からなかったが、紛う事無きシアンさんであった。
「あ、痛だだだだだだ! クロ、クロ! 脳、脳が潰れちゃう! 只でさえ悪い私の頭が更に悪くなっちゃう!」
「そう思うのなら突撃してくんな!」
身体能力に関してはシキの中でも優れているクロ殿が反応しきれないスピードで突撃という、ある意味大怪我をしていないか心配しなくてはならない勢いであったのに、クロ殿は元気そうにシアンさんの顔を掴みアイアンクローをしていた。
……とりあえず理由はともあれ、シアンさんが危険なことをしたという事は確かなので、しばらくは止めないでおこう。
◆
「……とてもではないですが、彼が例の結末にある男性とは思えませんね。それに彼女の性格も気になります。随分と変わったようですが……愛こそ貧しさから豊かへの架け橋、という所でしょうかね。ふふ、さぁ、どうしましょうか。幸福の為に、ええ、幸福の為に。私はどうすれば良いのでしょうねぇ」




