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因縁は唐突に


「『私達はこれからを見据えて生きていきましょう――』」


 周囲には祈るポーズをとるシアンを含むシスター達がおり。スポットライトに当てられた俺達が先程で会った時のような煌びやかな騎士衣装のヴァーミリオン殿下とメアリーさんが台詞を言うと、ライトが徐々に暗くなり、やがて暗闇となっていく。

 それが最後のシーンの暗転だと観客が気付いた時には、劇場内は割れんばかりの大喝采が響き渡り、自然とスタンディングオベーションへと移行する。特等(VIP)席も全員が立ち上がって拍手をするので、俺達も立ち上がり拍手をする。

 事実として素晴らしい内容だったのだから、褒め称えるのは別に構わない。メアリーさん達の演技だけではなく、脚本も演出も負けない程度には良く、あまり演劇に興味が無い俺でも楽しめた。ただヴァイオレットさんが主役だったらもっと楽しめたと思う。

 グレイやバーントさんとアンバーさんも、初めは殿下やメアリーさんが出て来た辺りは表情を険しくしていたが、周囲に流されるのではなく拍手する価値があると思っているのか複雑な表情で拍手をしていた。


「……良い、演劇だったな」


 俺の隣で同じように立ちながら、微妙な表情でヴァイオレットさんがゆっくりではあるが拍手をする。ヴァイオレットさんとしては良い演劇だとしても複雑な感情が入り乱れているだろう。

 元婚約者に自身を追い出した相手、そして決闘の際に明確に敵に回った相手が主演(に近い)だった。純粋に楽しめることは無いだろう。


「……クロ殿、それで、彼女はどう思った?」


 彼女、というのはメアリーさんの事だろう。

 演劇中のメアリーさんは間違いなく素晴らしい存在であった。殿下達も含められているとはいえ、観客達も多く――殆どの観客が魅了されているように見える。

 始める前にも不安そうにしていたが、その様子を改めて見て怖さが大部分を占めた感情で感想を聞いているのだろう。認められるのは当然だと何処かで思っていても、改めて言葉にされるのはつらいといった所なのだろう。


「学園生とは思えない演技力でしたね。この後はその道からも引く手数多じゃないでしょうか」

「……そうだな」


 魅了されたかどうかと問われれば、確かに魅了された。

 先程も思ったが、心情的には複雑だったけど充分に楽しめる内容であったし、メアリーさんも美しい女性だとは思う。だけどそれ以上にヴァイオレットさんが魅力的であるので、別に彼女の方に愛情が向くとかはない。それに……


「ただ、思う事があるとすれば」

「すれば?」


 演劇を見てきて思う事があるとすれば、やはりメインと呼べる攻略対象(ヒーロー)の五人が登壇したというのと。合わせるかのように彼女らのクラスの出し物が“お化け屋敷”であった事。

 つまりそれは――


「彼女も随分と茨な道を歩むのだな、と思っただけです」

「……?」


 つまりそれは、最も困難な(トゥルー)(エンド)を歩むという事なのだから。







 劇も終わり、あの場に留まっていると殿下達が来る可能性があったので本日の招待の義務は果たしたのもあり早々に退散した。

 そして再び変装をして学外に出ようとすると、劇場の外でアプリコットと出会った。どうやら調味料を買いに市場に出ていたが、街中で宣伝されていた劇に興味が湧き、俺達が見ているというのも思い出して立見席で見ていたようだ(流石に見る時は帽子は外していた模様)。


「確かに我も演技(ペルソナ)の上手い佳い女性だとは思ったが、それだけだぞ?」

「……そうか」


 そこでヴァイオレットさんが感想を聞いたので、一通りの俺が思った事と大体同じ感想を述べた後、メアリーさんについての所感を言った。

 俺やグレイ、バーントさんとアンバーさんにも聞いたが、そんなにも不安なのだろうか。メアリーさんが魅力的なのは認めるけど、メアリーさんよりヴァイオレットさんが魅力的だとは思うのだが。もっと自信を持っても良いとは思うけど――まぁ過去と先程の劇を鑑みれば当然の不安かもしれないけど。

 そしてヴァイオレットさんはその感想に小さくだが俯いた。気を使って貰っていると思っているのだろうか。

 するとアプリコットはそれを見て呆れた様に溜息を吐き、持っていた杖でヴァイオレットさんの頭を小突いた。


「ヴァイオレットさん、かつての宿敵に我らが夢中になるのではないかと不安になるだろうが、少しは落ち着くのだ」

「落ち着く?」

「ああ、そうだ。我が弟子もクロさんもバーントさんとアンバーも、感想を聞いた所で気を使っていると思ったのだろう?」

「そんなことは――」


 ない、と恐らく続けようとした所で、今度は杖をヴァイオレットさんの口の手前に置き、黙るように杖で告げた。


「大方、我達が魅了されないかが不安で、前を向くことが出来、好きという感情に臆病にならずとも、殿下(ロード)に心の奥を見抜いてきたメアリーに我達の心の内側を暴いて惚れてしまったら、なんて思っていたのだろう? だが……だが充分に有り得るのだ! とか自問していそうだ」

「ピンポイント過ぎて怖いぞ」


 当たっているのか。

 というかそんな事考えていたのかヴァイオレットさん。アプリコットといいシアンといいよく気付くことが出来るな。同じ女性としての分かる所がある感じなのだろうか。あるいは女の感とやらなのだろうか。


「心配しなくても、我達は貴女のこと、を……」


 アプリコットが次の言葉を言おうとすると、ふとなにかに気が付いたかのように言葉を止め、視線を俺達の後ろに硬直させる。まるでそれは誰かを見つけたようで――


「こんにちは」


 そして後ろから、声をかけられた。

 その声は俺は今日になるまで聞いたことは無く。だが聞き間違えることは無い通った女性の声で。


「突然の声掛けでごめんなさい」


 ヴァイオレットさんの元婚約者であった殿下よりも、敵だったアッシュ達よりも、命を狙ったシュバルツさんやリバーズよりも、遥かに出会うのが予測不能(危険)な相手。

 振り返ると、そこには先程見た時の聖女のような衣装ではなく、平民用の(白い)学生服で、俺達の変装のように帽子を被っている女性が立っていた。

 金色の長い綺麗な髪が靡き、笑顔を作る魅力的かつ読めない赤色の目がこちらを見ている。


「お久しぶりですね、ヴァイオレット」


 メアリー・スーが、そこには居た。


 ――うん、身近で見ても、やっぱりヴァイオレットさんの方が良いな。


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― 新着の感想 ―
[一言] クロはお前ちゃんと思ってるだけじゃなくて奥さんに言いなさいよ
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