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湧いて来る感情


「さて、お昼からも頑張るか」


 教会での祈りと打ち合わせの後、外でヴァイオレットさんが作ってくれたお弁当……愛妻弁当を食べ終え、食欲とは別のなにかも満たされ、午後からの活力も沸いてきた。

 帰ったらとても美味しかったと感想を言わなければならないなと思いつつ、午後からの仕事をしようと立ち上がった時、


「おお、そうだったぜ。だが俺は何度でも諦めない男だぜハッハー!」


 笑い声が軽快な、悪友と呼ぶべきか微妙な男の声が聞こえた。

 相変わらず誰か誘ってんなと思いつつ、無理矢理する事はないが相手が相手なら止めないとなと思い、声がした方向を見ると、話しかけていたのはまさかのスカイさんであり、傍にはグレイとアプリコットも居た。


「おいコラお客様に迷惑かけんじゃねぇこの色情魔」

「アウチ!」


 グレイがアプリコットを庇うように立っていて、アプリコットがなんか頬が赤いようなと気になる事はあったが、ともかくお客様でありお見合いの前で気が張っているだろうスカイさんにこれ以上の迷惑をかけない方が良いだろうと思い、止める事にした。


「すみません、スカイ。うちの馬鹿が迷惑をかけたようで」


 カーキーの後ろ襟を掴んでぶら下げつつ、スカイさんに謝罪をする。唐突な登場かつ俺が片手でカーキーをぶら下げた事に皆は驚いてはいたが、俺が「おかえり」と挨拶を交わすと、何処か楽しそうな表情で「ただいま」と返してくれた。


「それにカーキーさんは無理矢理はしませんから、ある意味安心な男性ではありますし」


 スカイさんは気にしなくて良いとは言ってくれたが、ただでさえ何処かの領主のせいで男性関係は慎重になっている可能性もあるんだ。気の使い過ぎも良くはないが、その厚意に甘える訳にもいかない。


「そうは言いますが、お見合い前の女性を惑わす様な――」


 甘える訳にはいかないと思いつつ、ふと息子達の存在に気をとられていたせいで気付かなかった、あまりにも存在感のある女性が目に入った。


――シュバルツさんが浮いている!?


 いや、落ち着け俺。確かに外で裸体を晒している浮いた美しい女性ではあるが、彼女はシュバルツさんではない。

 髪や瞳の色だって違うし、シュバルツさんは「普段は隠されているからこそ意味があるのだよ!」と普段は露出を控える女性だ。だから彼女はシュバルツさんではない。いや、その情報でシュバルツさんと違うというのはどうかと思うし、彼女も結構脱ぐんだが。


――うわぁ、本当に服着れないんだなぁ……


 とはいえシュバルツさんは今の彼女のように、ふわふわ浮いてマントを羽織ってローブのようにして、チラチラと見える様な形では露出はしない。見せるなら「私に恥ずかしい所なんてない、だから隠さない!」とか言って堂々と見せる。

 そしてマントの方も、彼女自身が浮いているとはいえ不自然な形で舞っている。なんと言うか布が彼女を避けるようにして反発している、という感じだ。服が着れないという情報は本当のようだ。


――なんか凄いなぁ……


 今朝はヴァイオレットさんに惑わされる事はないと言った俺ではある。

 実際俺は世間では世界一美しいと評判の女性が誘惑して来ようと、俺は惑わされる事はないと言い切るだろう。


「……貴女が件のトウメイさんですか。その、美しいとは思いますが、あまり晒されると色々と困りますので……」


 だが、それはそれとして、本当にふわふわ浮いた全裸の女性を見ると動揺もする。

 しかも姿を消す事無く、堂々と晒してやがる。先程思い出した情報のように本人の意志で晒している訳ではないようではあるらしいのだが、実際目の当たりにすると思う所もある。

 そしてヴェールさんが言っていた時と違い、マントは羽織れているようなので全裸ではないようだ。とはいえそのマントが逆にチラッと見える感じがして、煽ってくる感じがするが……うん、ヴァイス君もそうだが、我が最愛の息子であるグレイの性癖も歪まないか心配だ。


「え」

「え?」


 そんな心配をしつつ、俺はトウメイさんであろう女性に注意をすると、何所となくクリームヒルトに似た特徴の瞳を持つトウメイさんは、目を丸くして俺を見た。なんだか信じられないモノを見るかのような目である。


「……え。見えるの、君。今の私が」

「はい? 見えますよ? なにを言って……」

「? クロ、トウメイとはなんなんだぜ? 晒すってなにを晒しているんだぜ?」

「……え?」


 え、どういう事?

 見えるもなにも、堂々と晒しているではないか。

 なんだかつい先ほども見たような外見を有する、美しい女性がマントを羽織って浮いている。

 男性であれば情欲を煽るような綺麗な肌とかが見えているから、見えているのという問いは妙な話であり、だがカーキーが変な事を言っているし――え、もしかしてこれって……


「俺、欲求不満で幻覚を……!?」

「クロさん、落ち着け。グレイの前で変な事言うでない」


 馬鹿な、俺は惑わされないと言っておきながら、こんな幻覚を見る程に欲求不満であったのか!? 望んでいたというのか!?

 スラッとしたモデル体型で、世界のトップモデルと遜色がない骨格と肌をした綺麗な女性の裸を夢想したというのか!?


「おお、熱心に見られている……ふ、見えるのは驚きだが、私の美しさの前では仕様がない事だ。見たければもっと見れば良いぞ!」

「トウメイさん。もしやとは思うが、今はクロさんに身体を堂々と晒しているのであろうか?」

「む。やはり君達には見えていないのか……そうだとも、恥ずかしいが、見破るという特別な事をする上に、熱心に見てくるというのなら応えても良いと思ったのだ。なにせ欲情しているようだからな!」

「あー……トウメイさん。残念であるが、熱心には見ても、クロさんは欲情は……ある意味しているとは思うが、想像している欲情はしておらぬと思うぞ?」

「え?」


 確かにヴァイオレットさんより胸が小さいから服は作りやすそうだし、彼女を見ていると新たな服の創作意欲は湧く。俺は服のオリジナルデザインに関しては鬼と言われた先生が優しく諭してくるほど微妙なデザインしか書けないが、それでも湧くときは湧くんだ。

 均整の取れた無駄のない身体、そして透明感などという具体的説明の難しい美しさを持つ彼女を見ていると色んなデザインが思い浮かび、彼女をより美しくする服を作りたくなり、そしてヴァイオレットさんに着せたくなってくる。

 他の女性を見て作る服をヴァイオレットさんが喜ぶか? と問われれば俺はこう言い返す。彼女の美しさという概念を見ていると、世界最高の美しさを持つヴァイオレットさんの美しさをより際立たせる服が思い浮かぶのだと! なにせ俺にとっての美しさかつ魅力的な概念的な女性であるからな!


「うん、なんだろう。彼と会うのは初めてだし、あまり情欲の目で見られた事無い私ではあるけど、なんか違うという事は分かるな」

「であろう?」

「よく分かりませんが、父上がこういった様子の時は大抵暴走されていますね。シアン様曰く、“クロもシキの領主なんだね”というやつです」

「だがこれこそクロらしさだと俺は思うぜ! そんな所も好きだから俺はクロを夜に誘うんだが、いつまで経っても受けてくれないんだぜハッハー!」

「……クロお兄ちゃんとカーキーさん……」

「スカイさん、妙な事を考えてはおらぬか?」

「妙な事ではありますが……うん、無いですね。クロはヴァイオレットとイチャついていれば良いんです。間に挟まるのは許されません」

「吹っ切れはしたが、過激派になるではないぞ、スカイさん。同意見ではあるが」


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