色々な恐怖(:菫)
View.ヴァイオレット
髪型をアンバーにクラウンブレイドにしてもらい、帽子をかぶり、クリームヒルトが作った伊達の黒淵眼鏡をかけると思ったより周囲には私とバレないようで、顔見知り程度だが話したこともあった同級生に宣伝として「来てくださいね!」と面と向かって言われても私だと気付かれなかった。
変装した後は鏡を見て大丈夫かと初めは不安であったが、声を出してもバレないのだから意味はあるようだ。
それならばと多少の不安はあったが、クリームヒルトが関わっており、お化け屋敷ならば自然と抱き着けるのではないかという若干の下心もあり、お化け屋敷に行ってみようかと思い案内されてお化け屋敷に来たのだが。
「お化け屋敷に入る前に誓約書にサインをお願いします」
入る前によく分からないモノを手渡された。ちなみに渡した受付の女生徒もクラスメイトだったが、私だと気付かれていない。若干複雑だ。
私はお化け屋敷というものは噂位でしか聞いたことが無いが、このようなモノを書く必要があるのだろうか。内容は要約すると“なにがあっても自己責任で。魔法の使用は厳禁”というモノだ。
「うわー……昔あったな、こういうの。それにお化け屋敷か……やっぱり」
私と同じように眼鏡をかけたクロ殿はこういったものを知っているのか、誓約書を読んで少し不安そうにしていた。あとやっぱりとはどういう意味なのだろうか。
私も不安はあるが、ここまで来て入らないというのも来た意味が無い。今ならば殿下や彼女もこの後の劇の準備でいない上に、変装もばれていない段階なので入るチャンスは今くらいだ。
ペアで入るモノらしいので、二人きりになれるチャンスでもある。今ならば身体的接触で距離を縮めることも……よし、行ける!
「入ろう、ロク殿」
「ええっと……分かりました、イオさん」
偽名で呼び合い、誓約書にサインをする。
バーントとアンバーは不安そうにしていたが、怖気づいてもいられない。せっかくの夫婦初めての旅行に近い事をやっているのだ。少しでも良い思い出を作りた――
「ひっ、う、うぅ……あ、足元から少女が、上からペンギンが……!」
「う、うぐぅ……なによアレ、なんで浮いてんのよ、なんで男の子が急成長するのよ……! それに花が、手が……!」
――いのだが、途中棄権の通路から出て来たペアを見て若干不安になった。
内容は意味不明で、怖い事は間違いないようで女性は男性の腕に抱き着いてはいるが、とても楽しいモノには見えなかった。
「……大丈夫ですか、お嬢様?」
「……大丈夫だろう。所詮は生徒が作ったモノだ」
「先程確認したのですが、現在の完走率は1%未満とのことです」
「……大丈夫だろう」
◆
大丈夫じゃなかった。
私は怖いモノに関してはある程度の耐性を得ている。小さな怨霊程度なら祓えるし、それよりも生き物の方が遥かに怖い。
怖いとは言え、お化け屋敷など結局は学園生のモノで、生徒会の許可を得ている以上はそれほどでもないだろうと高を括っていた少し前の自分を反省したい。
「あの、イオさん。気のせいかもしれませんが天井高くありませんか? 俺が学園を出た後に改装工事とかしました?」
「していないはずだ。あと私達が入ったのは教室だったはずだった……よな?」
「ええ、ですけどなんか修練所より広くありません、ここ?」
まずは教室に入ったはずなのに、中の広さが50m四方の修練所レベルに広かった。そして全体的に暗く、火の玉やクリームヒルトが着ていた仮装のようなものが浮いている。
この時点で色々おかしくないだろうか、このお化け屋敷。と思いつつ、とりあえずスタートすると。いきなり少女と出会った。
「血を下さい。貴方の真っ赤な血を」
「ごめんなさい、無理です」
「内臓を下さい。貴方の真っ赤な内臓を」
「ごめんなさい、無理です」
「下さい。下さい。下さい、下さい、ください、くださいくださいくださいくださいくださいくださいくださいくださいくださいください」
「行きましょう、本当に取られ――」
「ニ ガ サ ナ イ」
「マジで行きましょう」
白い服を着た小さな少女が壊れた操り人形かの様に同じ言葉を繰り返したかと思うと、少女は空中に浮き、包丁を取り出して首を一回転させ、笑いながら私達を追いかけて来た。
追われる恐怖というのは思いの外怖いのだが、この程度なら大丈夫ではある。
クロ殿は思ったよりも怖がってはいたので少々可愛いと思いつつ、手を取って引っ張ってくれたので、目的がある程度達成できた嬉しさと手を握って貰えたことによる気恥ずかしさで私の胸は一杯だった。
……この時点では。
「イオさん! フグが成長してタコになりました、襲い掛かってきます!」
「どういう意味だ!?」
「ペンギンが上空から降り立ちタップダンスを!」
「どういう事だ! 上手いな!」
「男の子が急成長して合成魔物になって求婚してきました!」
「しかし私宛じゃなく、ロク殿にみたいだ」
「えっ!?」
「ねぇイオさん、今俺達の目の前で男性が首を切り、その首を手に持ってこちらに向かって来ていますけどトリックですよね? 俺には見破れませんでしたが、トリックだと言ってください」
「…………」
「なんで黙るんです!」
「ロク殿、いつから腕が四本になったのだ?」
「えっ? …………うわっ、なんだこれ気持ち悪!?」
「イオさん、いつから俺の身長抜いたんでしたっけ?」
「えっ? …………えっ、なにこの身体!?」
次々と襲い掛かってくる仕掛けに、嬉しさなどよりも恐怖の方が勝って来た。
理解不能というものは思ったよりも怖いということを知った。というか仕掛けで説明できないモノも多い気がする。
だが、他にも空中発光する男生徒や身体が溶けだす女生徒、地面から唐突にミイラ男が這い出てきて皮膚を奪おうとしてきたりといった数々の仕掛けをリタイヤせずに乗り越えていき、そろそろ完走かと思い始めて来た。流石に何故か広くなったとはいえ、充分な距離を歩いただろう。
「あ、ついに出口かもしれません! ほら、扉と花が!」
クロ殿の視線の先には、まるで完走を祝うかのように白い花が咲き乱れ、花弁が舞い散り、さらには出口らしき扉がある。
ああ、良かった。ついに完走か――
〈アハ、アハハハハハハハハハハハ〉
「えっ」
――と思った途端、笑い声と共に扉が溶け、花が溶け、形を変えていく。
白い花弁はそのまま白い別の物――まるで子供の腕かの様に形を変え、隣同士の腕に近付き、手を叩きだす。
〈バチバチバチ!〉
〈バチバチバチバチバチ!!〉
〈バチバチバチバチバチバチバチ!!!〉
「プレラーーーティーー!!」
「クロ殿、早く、早く行こう!!」
拍手喝采。喝采。喝采。
子供の笑い声。笑い声。笑い声。
駄目だ、このままでは色々とトラウマになる。だがこのまま途中棄権というのも情けない。
よく分からない声をあげるクロ殿の腕にしがみ付き、腰が抜けそうなのを必死に抑え先に行こうとする。クロ殿に身体的接触を図るという目的は達したのだが、とてもではないが喜ぶ余裕はない。
クロ殿も早く行きたいのか、少々早歩きで出口を目指そうとする。
「――ォォ」
すると次に私達の前に現れたのは――全身にボロボロの鉄鎧の装備を着て、顔を全て覆う兜の目の位置から、まるで此方を補足したかのようにピカッ、と瞳が赤く光る。
くそっ、今度はなにをする気だ!
「カップル……カップル……? カップル! 畜生、別れやがれ!」
「急に俗的な妨害に出てきやがった!」
◆
「おお、完走したんだね、おめでとう!」
「…………クリームヒルト、一つだけ聞かせてくれ」
「ん、どうしたのかな?」
「このお化け屋敷の内容を考えたのは……誰だ?」
「んー大体は月組全員で出し合ったものだけど、実現させたのは主に私とメアリーちゃんの錬金魔法かな」
……おのれ、錬金魔法が妬ましい。
 




