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前は向いても不安はある(:菫)


View.ヴァイオレット



 好きだった人が劇の主演と聞いた時、思いの外動揺した。


 今は吹っ切れたとは言え、ヴァーミリオン殿下の事を好きだったのは事実であり、無かった事にはしてはならない。

 無かった事にすれば今好きなクロ殿やグレイにも失礼であるし、ただの逃げになるからだ。

 けれども()()殿下が劇に出る。しかも彼女と共に主演というのはやはり困惑する。

 私の知る限りでは殿下は劇などの芸術の類は見る方が性に合っていると言っており、出演するような性格ではなかった。代わりと言うように闘技場での試合に優勝することによって己が威光を示し、学園祭での務めを果たす事で周囲からの劇への参加を勧めも飄々と躱すだろう。

 そう、思っていた。

 そんな殿下が主演を務めるということは、出演したいと自ら願う程の事があったという事だ。例えば供に出たい者が居る、といった譲れない感情があったという事だ。


「……メアリー、か」


 仮にも公爵家と幼少の時から結んでいた婚約を破棄してまで殿下が求めた女性。

 私が妬み、恨み、強く当たり暴走した挙句に完膚なきまでに敗れた平民の女性。

 私と違い、後ろ盾が無いにも関わらず多くの生徒や教員に慕われた女性。

 ……私の事を一度も好いた事が無かった殿下が、好きだと公言した女性。

 他にもアッシュやシャトルーズ、エクルなども己が行動で魅了している。

 そんな彼女が主演になるから殿下も自ら主演を希望したという事なのだろうか。……事実は分からないが、可能性としては一番高いだろう。間違いなく彼女が今回の殿下主演の一番の要因だろう。

 だが、それは良い。羨ましくてよくはないと思う気持ちもあるが、それは良い。

 殿下や彼女に出会ったら私はまだ取り乱すこともあろうが、今の私にはクロ殿やグレイ達が居る。ロボさんに言われて吹っ切れたので前を向くことは出来る。

 しかし彼女に関して今の私が一番心配することがある。


「クロ殿やグレイも、もしかしたら彼女に……」


 そう、一番の不安はクロ殿達が彼女に魅了されないかという点だ。

 私の方が前を向くことが出来ていて、好きという感情に臆病にならずともクロ殿達が彼女に魅了されてしまい私に愛想を尽かしたら私は多分、というか絶対に他者不信に陥る。

 髪を全部切って旅に出かけ、なにも食べずに朽ちていく道を選ぶかもしれない。

 だが……だが! 十分に有りえるのだ。

 もし彼女が殿下に近付いても魅力的でなければ私はあそこまで取り乱さなかったし、殿下達も惹かれなかっただろう。

 今思い返すと彼女の行動は殿下達の心の奥を見抜いていたかのような行動が多かった気がする。もし彼女がクロ殿やグレイ、挙句にはシアンさんやアプリコット、バーントやアンバー達にも心の内側を暴いてしまったら……


「――ん、――――さん?」


 彼女に惹かれるクロ殿……あ、駄目だ、涙が出てきそうになる。

 落ち着け私。いくら有り得る未来だからとはいえまだ事実ではないんだ。

 事実にならないようまずは積極的に身体的接触でも図り私への意識を向けさせるように仕向けるべきだろうか。アンバーも以前露出の他に「お嬢様の柔らかいモノを当てとけば男性なんて堕ちますよ」と言っていた。お陰で異性との接触は出来るだけやめようと心に決めた。

 いや、それでは只の不品行(フシダラ)ではないか?

 確かにそのような身体的接触を図る者は何度か見た事がある。彼女も殿下達に多少触れる事はあったが、抱き着きまではしたのだろうか。隠れてはしていそうだが……少なくとも妄りに身体を接触させるという事はしていなかった。

 そうだ、思い出した。確かアッシュに平手打ちをしたという話があったな。私も平手打ちをすれば良いのか!


「――ットさん? おーい?」


 ……落ち着こう。暴力とはそもそもして良いものじゃない。

 行為だけ真似して中身を伴わない行動など愚の骨頂ではないか。まずは落ち着いて行動しなくてはならない。今あるモノを壊さないようにしなくては。

 とはいえ現状に甘えて代わり映えしないというのも愛想をつかされるかもしれない。小さな事から変えていくのも良いだろう。そう、例えば――


「髪型を変えてみるか……」

「突然どうされました」

「――はっ、クロ殿!? いつからそこに!」

「割と前から。考え込んでいたみたいですけど、もう出発の時間なので準備をしないと」

「もうそんな時間か」


 しまった。考え込み過ぎて時間が来てしまったようだ。

 今日は(くだん)の劇に招待されてしまっているため、挨拶に行かなくてはならないのであった。……だが今更ではあるが私達は何故学園祭の劇やパーティーに招待されたのであろうか。殿下が私を招待するとも思えないし、彼女が出した訳でもないだろう。

 バレンタイン家で招待されたとしても、あの父や母が私を呼ぶとは思えない。理由をつけて断るだろう。兄達は……辛うじて有り得るかという程度か。

 バレンタイン家がこうしてバーントとアンバーを送ってまで行くように命じたのだ。王族名義の招待なんて……いや、今更考えても仕方ないか。


「それでは、行くか」

「はい、行きましょうか」


 私はクロ殿の隣に立ち、グレイやバーントとアンバーが待っている場所へと一緒に歩いていく。ちなみにシアンさんは既に劇の準備に出かけており、アプリコットは別行動だ。両者共色々と心配はあるが、大きな問題は起こそうとはしないと約束はしたし、大丈夫だろう。


「ヴァイオレットさん、一ついいですか」

「どうした?」

「……髪型を変えるのは構いませんが、エグイ縦ロールだけはやめてくださいね。毛先の縦ロールとかなら良いですけど」


 クロ殿は縦ロールになにかトラウマでもあるのだろうか。







 宿泊所から歩いて十数分。

 私は久々と思える、学園祭という事で装飾が施された学園に足を踏み入れていた。


「おい、あれって……」

「ええ、間違いないわ……」


 久々の学園は、酷く居心地が悪い場所であった。

 学園に近付くにつれ私を知っている者、私が行った所業を知る者が多くなっていく。

 決闘(アレ)から四ヶ月も過ぎたが、まだ四ヶ月でもある。噂も七十五日とは言うが、当事者である私が学園に来ても過去の事として流されるには、新規の生徒が入った訳でもないのでまだ期間が足りないのだろう。

 さらには私達が学園祭に呼ばれているというのはどうやら広まっているらしい。


『本当に来たのか』『恥を知らないのか』『殿下達にした事を忘れたのか』『王族を敵にして良くぬけぬけと』『隣の男性は噂の夫か?』『あんな女と可哀そうに』『だが夫の方も良い噂は聞かないらしい』『ならお似合いの夫婦だな』『惨めに這い蹲ればいいのに』『学園の地に入るなよ』『あの従者達も大変だな』『少年に至っては甚振っているんじゃないか』『有り得るな』『虐めと威圧しか出来ない女だ』


 ――ああ、五月蠅い(怖い)

 ワザと聞こえるように言う者も。隠れて噂をしているつもりの者も総じて五月蠅い(怖い)

 私がした事は私だけが正しいと思い込んでいて、学園内では結果的にクリームヒルトを除けば味方は居なくなった。

 中には私がしていないモノも私のせいにされているかもしれないが、事実として私の立場は学園内でこのように蔑まれてもおかしくはない。

 別にこうした負の言葉や視線はバレンタイン家に居る時から現在のように不特定から受けていたので慣れていない訳ではないのだが。


「すまない、クロ殿、グレイ。それにバーントとアンバー。早く行こう」


 だが、一緒に歩くクロ殿達にまで蔑みの被害が及ぶのは嫌だ。私に対しての罵倒がクロ殿達に行くのは、私だけが罵られるよりも何倍も嫌だ。……早くこの場を抜けなくては。

 そう思いつつ、クロ殿達の方に視線を向けると、


「……ヴァイオレットさん、アレはお知合いですか?」


 何故か信じられないモノを見るかのような表情で、ある一点を見ていた。周囲の声など聞こえていない程にその視線の先のモノを注視しているように見える。

 知り合い? というと殿下達かバレンタイン家の者だろうか。しかしわざわざクロ殿が知り合いと評するということは、クリームヒルト……いや、だとすると疑問形なのは謎だ。

 私はクロ殿達が見ている視線の方に顔を向けてみると、そこには。


「オォ ――ヴァ ――ィィ イ オレ ェェェット、――ゃぁぁん」


 なんか、居た。

 クロ殿とグレイが私の一歩前に出て、バーントとアンバーはそのさらに前に出て私を守ろうと身構えていた。

 先程まで噂をしていた周囲の学生や来場者もソレを見ては後退り、私に向かってくるソレを混乱しながら見ている。

 ソレは身長三メートル程度、横幅一メートル五十程度。

 全体的に黒く、シキの黒魔術師(オーキッド)のように輪郭がはっきりせず、布を被って足元がフワフワとしており、聞くだけで呪われそうな掠れた声で私の名前らしきものを呼んでいた。

 なんだ、なんだというんだ。

 ついに私は学園での行為が許されるものではないと判断され、深淵から悪魔でも呼び寄せられたとでも言うつもりか。


「いぃぃ らっし ゃぁぁい、よぉぉく 来ぃいたぁ ねぇぇ」


 さらには何故か歓迎もされた。

 よく来た、という事は既にここはソレの領域(テリトリー)という事か。生憎とただでやられるつもりはない。私はまだまだ生き続けたいので、ソレの領域だろうと打ち勝って見せる。

 そしてフワフワとしたソレの目(?)が光り、下弦の月かのように歪む。不気味だ。

 さらには手らしきものがヌッと出てくる。手には紙が持たれており、私達に渡そうとする。不気味だ。

 バーントが警戒しつつ、受け取ることなくその紙に視線を向け、書かれている内容を読み上げるとそこに書かれていたのは次のような文章であった。


「“本当の恐怖がここにある! 恐怖のお化け屋敷、1-()(ルナ)組にて開催中! 完走出来たら賞品もあるよ♪”……とのことです」

『………………』


 …………成程。

 (ルナ)組と言えば私も居たクラスだ。

 そしてあの子も居て、宣伝の為に私なんかにわざわざ渡してくれるようなこと言えば……


「クリームヒルト、久しぶりだな」

「久 しぃぃいぶり」

「うん、悪いがきちんと話してもらえると助かる」


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