愛を名に負う。
今日も世界を浄化してしまった……と教室を出て行こうとしたその時、不意に背後から声を掛けられる。
「それ、どーするの? 」
振り返ると、そこには、クラスは同じだが一言も交わしたことの無い女子が立っていた。名前は……さこ……なんだったか……?いや、そんな事は今はどうだっていい。この状況、一言で言えば超ピンチ、である。
理由1、犯行現場を押さえられた。理由2、女子と教室で二人きり。ろくに女子と話してこなかったからこそ分かる事がある。自分は世間の女性とコミュニケーションがとれない。最後に話した中で覚えてるのは幼稚園のとき、演劇でセリフを交わして以来である。理由1は保留、危惧されるべきは2の方だ。
「あ、えっと、さ、さこ……りん?」
名前がどうしても思い出せず、唐突に○○りんと口に出してしまったが。さこりんって何だ? アダ名にしても、第一そこまで親しい仲ではないし、無理がある。
「え、何キモい。アダ名付けられること有ったっけ?」
キモい!! 躊躇無くその言葉を使うの止めて! 結構頻繁に使ってるの聞こえてるけど本当に傷付くからねその言葉。
「で、なんだよ」と平常心を保ってクールに返す。
「あ、そうそう。寺下クン、これ描いたの君でしょ? 」
ああ。そうだな。あと、てらしたじゃなくて、てらもとだからね。しかし、いきなり核心をついてくるな。
「そうだとしたら? 」大人しく誰にも言わないように懇願しておけば良いものの、変なプライドが邪魔して、いかにもキザになってしまった。
「は? そういう面倒臭いとこだよ~? 友達居ないの」
「ングッ……」(やめろ! やめて! やめて下さい! )
「良いのかなぁそんな態度とっちゃって……? クラスの皆に言いふらしちゃっても良いんだけどなぁ~? あ~残念だなぁ~。 寺下くんの青春はここで終わっちゃうのか~」
さこナントカ、こいつはクラスのカーストは中の上辺りの人間だが、成績は優秀とまで行かないながら良好、スポーツ万能。普通に容姿も端麗で男子の中でも人気はトップに近い。発言力はかなりのものだろう。と既に分析済みである。いい性格してやがるぜこのアマ……!
「で、何だよ。何が望みだ? 」
「理解が早くて助かるよ~。とりあえずやって欲しい事が有るんだ~。」
ここは腹を括って何でも聞こう。掃除当番変わるし日直の仕事もやってやる。土下座? 靴舐め? 夏休みの宿題は……勘弁してくれ。ともかく、そうでもしないと自分の教室での地位が危うい。
「この相合傘、もう1つ頼めるかな? 名前は言うからさ」
「は……? 」
相合傘1号の右隣に、少し小さめに相合傘2号を描き上げた。そして名を聞き、しっかり書き込んで完成だ。我ながらいい出来栄えであるが、若干1号よりも形が整っているところが気に食わない。
「これで良いか?」
「結構結構~」
こんな事でいいのか? 何が目的なんだ?
「なんでこんな事させるのか分からないって顔してるね~? 」
読まれた……!
「まぁ、教えてあげてもいっか」
「別に聞いてないん
と言いかけると、遮るように、と言うよりはなから聞いてないように
「君と同じだよ。私ね、友達にカレシが出来たって聞いてたんだけど、その子、何かある度にそのカレシの事で愚痴ってくるんだ」
と彼女は言った。君と同じ。その言葉が何故か深く胸に染みる。彼女はどこまで考えているのか、もしかすると、自分と同じ事を考えているのではないか。そう考えを巡らせていると
「ま、ホントの愛なんてただの幻想なんだろうね~」
その時確信した。彼女は自分と同じである。愛を信じていないが、その存在に期待している。そんなもどかしく、鬱陶しい存在を払い除けようとしている。無意識の内に、親近感という、自分にとっては新鮮なものが湧いてくるのを感じた。
「そう言えば、さこりんって教室で呼ばないでね? キモいから。普通に佐東風でいいから。」
そう言って彼女は足早に教室を出ていった。
交渉して対等な立場に立ったとは言え、彼女と鉢合わせするリスクを避けるため、それから10分ほど時間をずらしてから教室を出るとき、教室の後ろの方に張り出されているクラス名簿を横目に確認した。今までこんなもの、見る気にもならなかったが、不意に彼女の名を探してしまっていた。名簿の前を通り過ぎるわずかな時間、見つけられなければそのまま帰っていたが、「佐」の字が目に入った。
佐東風――――「愛」
見つけられたのは自分が異常だったからか、偶然に過ぎないのか。愛を名に負うのは、か弱い女子高生にとって、そうでなくとも、重荷ではないのか。様々な憶測がよぎったが、俺は、もう関わるつもりはないという理由で全て一蹴した。
少し文字数が多いのは会話パートが多いため多分空行とかやたら入れたせいです。多分。てへぺろぉぉおい!