と或る転生した男女のお話
私、神崎真央! 17歳! 草木も花も森羅万象が恥じらう乙女な女子高生!
好きな事は友達との長電話で、好物は駅前の抹茶わさびパフェ!
そんな"THE・女子高生"な私だけど、実はここだけの秘密があるんです。
それは、私が異世界の勇者の生まれ変わりって事。その時の記憶は、隅から隅に至るまでしっかりと魂に刻まれている事。
血を血で洗い、数多の屍を踏み越え、出会った人と同じ数だけ死んで殺して消えて行く、真っ暗な世界で生きてた私。
でもそんな日々とはもうサヨナラバイバイ、今はこの平和な人生を謳歌するの。だって私、女の子だもん!
それに……
「勇くん! おはよー!」
目線の先の見慣れた男子に、駆け寄りながら話しかける。彼こそ正しく、愛しの君。
「……ん、おはよ」
そう。私には勇くんって言う、こんなにカッコイイ彼氏が出来たんだから! ああ、眠そうな顔も寝癖の付いた髪も素敵……。
「あの……じっと見られると照れるんですけど……」
照れて顔が赤くなってる所も素敵! こんな素敵な彼氏がいるって、なんて幸せなのかしら。私……。
でも、私は知っている。彼は私に黙っている秘密が一つある事を。
私が隠している事と同じくらい、大事な秘密。
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僕の名前は白石勇。男、ただの人間。但し男子高校生と言う、零に近い付加価値がある。
特技と好物は特に無い。
ただ、人には言えない……いや、言った所で意味の無い隠し事ならある。
そう──僕は、いや、俺は此処では無い異なる位相に君臨せし魔王──
……言ってて恥ずかしくなってきた。事実だし記憶もあるんだけど、色んな意味で頭が痛い。
最近巷で流行りの所謂"異世界転生"ってヤツだ。前世が魔王の、ね。
とは言え特殊な力なんて少ししか持って来れてないし、隠しているのでバレる事は無い。
でもま、生きてる内に打ち明ける相手なんて出て来ないだろうし、喋る気も無い。
そもそも、『僕は魔王でした』って言って誰が信じるんだよ。精神を疑われるのがオチだ。
だから僕は人並みに、この人生を愉しもうと思ってる。
それに……
「勇くん! おはよっ!」
何時もの様に、背後から駆け寄って来る足音と共に耳に入る、騒がしい声。
「……ああ、おはよう」
可愛い彼女もいる事だしね。
それも、とびっきりに曰く付きの。
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私は勇者だった。
それは生まれる前から宿命だった忌まわしき柵。
何が光の御子だ。私は私だ。宿命付けられた人生なんて、劇と変わらない。生きる価値の無い塵同然じゃないか。
……ってのは最近過去を振り返ってみて考えた事で、当時の私はそれ程大層な考えは無かった。
ただ、ただもうちょっとだけ、普通の女の子に憧れてた。
神よ、もし次があるのなら。その時は、その時こそは私の我儘をお許しください──
最期の言葉は確か、そんな感じ。
そうして私は普通のJKに生まれ変わったのだ。
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俺は魔王だった。
魔王ってのは即ち、"魔の者の頂点に君臨する王"の事。要するに、絶対的君臨者。
勝って倒して食らって殺して斃して滅ぼして殺戮して、一番上に立った奴が魔王。ちなみに名乗って勝ったもん勝ち。
んで、魔王版受験レースに勝ち抜いて魔王を名乗ってたある日。
これから何人も来る中で、最初に俺の前までやって来た人間がこう言ってきたのだ。「お前の様な邪悪な存在を野放しにする訳にはいかない」と。
これだから人間ってのは強欲過ぎていけない。
俺はただ、気紛れに頂点に立っただけの犠牲者だと言うのに。
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「ねえ勇くん、今日は何して遊ぼっか」
放課後の帰り道、私は何時もの様にこの後の予定を尋ねる。もし要望があるなら、私はそれに応える。
「特に無いかな」
手にした文庫小説を読みながら、こちらを一瞥もせずに素っ気無い返事を返す私の彼氏。
「もーっ、いつもそれ! たまには何か無いの!?」
「何か、って言われてもなぁ……」
あ、やっとこっち見た。普段のコンタクト姿もいいだけど、眼鏡掛けてる理知的な顔も好き……って、そうじゃないそうじゃない。
「こうして毎日毎日放課後何かしてれば、そりゃやりたい意欲も無くなってくるよ」
う゛。手痛い反論を喰らってしまった。
まあ、勇くんの言葉にも一理ある。私だって、カレーは好きでも毎日食べる事になったら困る。そういう事だろう、多分。
「それもそうだね……ごめんなさい……」
そうして反省してると、隣から小さく溜息の声と、本を閉じる音が聞こえる。
「分かった分かった。じゃあ、ゲーセンにでも行くか?」
来た。
「ほんと!? じゃあ私、ガイノレ使うね!」
「……待ち戦法は勘弁してくれ」
勇くんは優しいから、結局こうやっていつも私の我儘に応えてくれる。
これが私達の日常。
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「人間一人殺すのに、ここまで手間取ろうとはな……」
炎で包まれし戦場に浮かぶ影が一つ。いや、二つ。
「まだ、死んでない……っての!」
減らず口を叩きながら、満身創痍の身体も叩き起こす。死に体であるにも関わらず、身体は動いた。
「そんな襤褸切れのような身体で何が出来る。いい加減、戦う事を止めて楽になったらどうだ……!」
満身創痍で死に体の身体なのは、向こうとて同じであった。でも、この殺し合いは終わらない。
まだ立ち上がれる、まだ剣を振るえる、まだ戦える。ならば、どうしてこの幕から降りる事が出来よう。いや、出来るはずも、するはずも無い。
「ここで私が折れたら、誰が世界に光を取り戻す! 私が死んだら、誰がお前を殺す! 私は勇者だ、正義だ、人の希望だ!」
まだ脚は動く。まだ腕は上がる。この命果てるまで、魂は燃え続けるのだ。
「ならば俺は世界に翳る闇だと、貴様はそう宣うか! 貴様等人間の都合で悪だと断じ、俺を亡き者にするのが正義か! それが人々を照らす勇者の行いか! そんな正義、ただの独善的悪だ!!」
その言葉は正しい。だけど、その話を私は肯く事が出来ない。
「弱き人々の代弁者が私だ! 私は人々の光に成らねばならない! だからお前を殺す! だから大衆の正義になる! だから私はお前にとっての悪になる!!」
こんな言葉がある。正義の反対は悪でなく、別の正義である、と。
「よくぞ言った! なら、俺も貴様にとっての悪となろう!! そして貴様を殺し、この世界を闇へと突き落とす!!!」
「それは成らない! 勇者在る限り、人は絶望に染まらない!! だからお前を殺して、私は世界を光照らす希望となる!!!」
正義と正義をぶつけ合う口上戦はやがて、再び血花躍り散らす戦いに。
これは、遥か昔の遠い記憶。
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彼には、隠している秘密がある。
彼女は、秘密にしている過去がある。
それは勇者だった私も同じで、それと同じくらい重要な事。
魔王だった僕と同じで、同じくらい重要で他愛も無い事。
私は、彼があの時殺し合ったあの魔王だと知っている。
僕は、彼女がここではない世界で勇者だったのを知っている。
彼は知らない、私がその秘密に気付いてる事を。
彼女は知らない、僕がその秘密に気付いてる事を。
でも、そんな二人だから柵の無いこの世界で出会えた。
本来相容れないからこそ、僕はこの世界で彼女に惹かれた。
だけどきっと、これを教えたら彼は戸惑うだろう。
もしこれを伝えれば、きっと彼女は斬りかかって来るだろう。
だからこれは、もう少し私の内にしまっておこう。
絶対有り得ない二人の関係を、もう少し味わってから。
前世が勇者と魔王のカップルなんて幻想は、まだ始まったばかり。
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「……オイ。死んだか?」
俺の唯一の弱点、心臓をたった今貫いて動かなくなった加害者様に尋ねる。
「……お前が死ぬまでは、死ねない」
「そうかい」
既に虫の息だというのに、返事が出来るその精神力は流石と言えよう。
でも長くない。加速度的に死に向かってる、俺と同じ。
「……なあ、俺はもう直ぐ死ぬ。どうだ? 魔王を殺した感想は」
死ぬのを待つのに暇だったので、話し相手になってもらうとしよう。幸い、死ぬのはこっちに合わせてくれるらしいし。
「…………こんなにも嬉しい事は無い。勇者の、本懐を……遂げられたのだから」
「へえ。じゃあどうしてそんな顔してるんだ?」
笑み一つ無く語るその言葉には、説得力がまるで感じられなかった。
「……それは……その」
「え? 何だって? 聞こえない」
何だか遣り取りが旧友みたくなっていたけれど、昨日の敵は今日の友ってやつだ。
「……せめて、女らしく……色恋の一つや二つ、想いを馳せて……みたかった。普通の娘みたく、普通に……暮らしてみたかった。その程度の心残りが……ある」
「へえ。勇者様も存外、人の子だったって訳だ」
「何だ……悪いか?」
「全然?」
最期に垣間見えた人間らしさに、俺は少しだけ笑ってた。これだから人間は面白い。
「じゃあ、祈るんだな。次の生で自由を手にできるように、さ」
「そうだな……神も、きっと……お許しくださる、だろう……」
天を見上げる。そこには晴れ晴れとした、太陽が昇っていた。
「……そろそろか。おめでとう、光の勇者様。君の勝ちだよ」
「さようなら、闇の魔王。……次は、戦うのは、勘弁かな……」
絶命したのは、同時だった。
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「ねえねえ勇くん。私達って、運命の赤い糸で繋がってるよね!」
「何がどう繋がってるのか分からないけど、最近の運命は安いぞ?」
「安くないよ! ほら、私達って双子でも何でもないのにさ。同じ日の、ほぼ同じ時間に生まれた訳じゃん?」
「まあ……表面上はそうだな。胎内とか考慮したら、変わるかもしれないけど」
「もー! ロマンが無いなあ」
「現実的で悪かったな。で、それが運命?」
「そうだけど、私考えたの。そこまで同じなら、前世もきっと同じ最期だったんじゃないかって」
「へえ、心中か。嫌な運命だね」
「暗い方向に持ってかないの! ほら、例えば前世は敵対国の恋人同士だったりとか、それならロマンティックじゃない?」
「さながらロミオとジュリエットか。でもアレ、後追いだろ?」
「細かい事は気にしない! 後は、そうだなぁ……例えば……」
「前世で魔王と勇者でした。とか?」
「…………それは、ロマンティックだね!」
「そうだな。まるで、御伽噺みたいでロマンティックだ」
唐突に受信した勇者と魔王のCPっていいよねって電波で書きました。異世界恋愛かハイファンで死ぬ程迷った。
なんか途中ポエムっぽくなってるけどあんま気にしない方向でオナシャス。
あ、魔王の方は人型のイケメンとかそんな感じで脳内補完しといてください。