第十話
なんだかんだ言いながら無事に田植えは終わり、あとは収穫を待つだけの状態になったが、そこでとうとう夢の配信元である隊長が熱を出して寝込んでしまった。
「あ~~……そろそろや思うたわ」
飛行班長の報告に「とうとう来たか」と思った。今回の発熱は絶対に知恵熱だ。連日の夢の世界でのドラゴンの飛行訓練と農作業に、さすがの隊長の頭もオーバーヒートしたに違いない。
「なんでだよ。せっかく収穫を楽しみにしていたのに沖田のやつ、この時期に風邪ひくとか」
「いやあ、風邪ちゃう思うで……」
普段の隊長の性格からして頑張って付き合ってくれたほうだと思う。そして頑張った結果が今回の知恵熱だ。
「まさか俺のせいとでも言いたいのか?」
「いや班長のせいだけやのうて、わいら全員のせいかと」
「俺達が調子に乗って、あれこれリクエストをしまくりましたからねえ」
葛城が申し訳なさそうな顔をした。
「誰かにうつす心配はないとのことだったが、大事をとって今日と明日の二日間は休んでもらうことにした」
飛行班長がそう付け加える。とりあえず悪質な病気でないことははっきりしているようだ。まあ本人からしたら、今夜は農作業をせずにすんでホッとしているだろう。
「ほな今夜の稲刈りは延長やな」
「そんなわけないだろ」
「え? なんでや?」
隊長が復帰するまで待つのが当然なのでは?と思ったんだが、青井の考えは違うらしい。
「せっかく楽しみにしていた稲刈りだぞ?」
「いやいや、隊長、熱だして寝込んでるやん? さすがに今夜は無理や思うで」
「誰が沖田の夢に集合すると言ったんだ」
イヤな予感がするで……と呟く前に青井がとんでもないことを口にした。
「今夜は臨時でお前の夢で集合だ」
「は?! わい?! わいの夢なん?!」
「だってそうだろ。米と言えばおにぎりで、おにぎりと言えば影山だからな」
「一体どんな連想ゲームなん……」
そりゃあ、おにぎりと言えば影山ってのは否定しない。だが、何故そこで集合場所が俺の夢になるのはさっぱり理解できない。
「班長の夢でええんちゃうん」
「自慢じゃないが、俺はめったに夢を見ない熟睡タイプなんだ」
「それ、単に覚えてへんだけでは?」
「とにかく今夜は影山の夢で稲刈りな! 影山に拒否権は無い。これは総括班長命令だから!」
「なんつーパワハラ」
+++
「だからってさ、なんなんだよ、これ」
俺の横に立って周辺を見渡していた青井が不機嫌そうな声をあげた。
「え? なにか問題でも?」
「おおありじゃないか、よく見ろよ、あれ!!」
俺が返事をすると、腹立たし気に指をさす。
「なんだよ、あれ!! それからこっちも!!」
青井がさした指の先には、山や森があった。ただ隊長の夢の時とは違い、なぜか山が緑ではなく白いおにぎりの形になっている。そして近くにそびえ立つ木々も何故か細長いおにぎりだ。しかも海苔もきっちりと巻かれている。
「班長がおにぎりおにぎり連呼するからやん」
「いくらおにぎりが好きだからってやりすぎだろ、こんなのメルヘンの世界じゃないか。しかも草原がピンク色って、これ、デンプだろ」
「そんなこと言うたかて知らんがな。だいたいあの細長いのもピンク色なんも、絶対に班長とこの嫁さんのせいやで? ナット型のおにぎりとかカラフルな創作おにぎりとか、作っては俺に見せてたやん」
まあ救いなのは田んぼが無事ということだ。少なくともここから見た限りでは普通の稲刈り前の田んぼに見える。
「ピンク色の稲穂になってへんだけ良かったやん」
「お前が言うな」
そしていつものように飛来するドラゴン達。そのドラゴン達も、いつもと少し違って目がクリクリしている。
「なんだかアニメちっくになってる」
「なんでもかんでもリアルに思い浮かべられる隊長てすごいわ。そりゃ熱が出るはずやで」
「もうちょっと真面目に夢を見ろよ」
「むちゃ言うたらあかんで」
目の形状が違うだけでずいぶんと印象が変わるものだと感心する。ただし鼻から火が出ているので、その点だけは変わらず注意が必要なようだ。
「稲刈りのトラクター、動きながら変な音を出す仕様じゃないだろうな」
「さあどうやろな。みっくんが持ってる働く車シリーズのオモチャ、ピロピロ音を出しながら動くのが多いで?」
「ダメだ、イヤな予感しかしない……人力で刈り取り作業をするしかないか」
「別にええやん、ピロピロな音が出てても」
「よくない」
「ほな隊長が復帰するまで稲刈りを延期するとか?」
俺の提案に青井が難しい顔をして考え込む。夢の世界のことなんだから、そこまで真剣になって考えなくても?と思わなくはないんだが、そこが青井の青井たる所以というやつなんだろう。
「いや、今日は絶対に稲刈りをする。米を炊いておにぎりを作るのは沖田が復帰してからだ」
「もう決めてかかってるし……」
「ここで炊いたら変なおにぎりができそうだからな。やっぱり沖田の夢のほうが安心安全だってことがわかった」
隊長が信頼されているのはええことなんやろうが、なんや解せへんで……




